第31話


 デブの肩と銃口とテンションが、がっくりと落ちた。


「やっぱりこれ、変なのかなぁ……」

「へ、変なんかじゃねぇよ! なぁ!」

「そうだぜ! 妹さんが選んでくれたアバターじゃないか! もっと自信持てよ!」


 バトルアックスのリーダー格も援護に入る。


「ヒーローみたいでカッコいいって言っていた妹のセンスをお前が信じないで誰が信じるんだ!」

「う、うん……だけど……」

「妹ちゃん今度手術なんだろ? それまでに上位ランキングに入るって約束したんだろ!」

「そうだぜ! 妹さんに、イカした報告聞かせてやろうぜ!」

「兄ちゃん優勝したぜって言えば、手術も成功するさ! お前を優勝させるためなら、俺らはどんな協力も惜しまないぜ!」


 いや、いい話っぽいけどその方法がPKってどうなの?


「み、みんな……」


 デブの目に、涙が浮かぶ。

 え? なにこれなにこれ? ちょっとタンマタンマ。もしかしてこれ俺がやられる感じになってる?


 お前の妹さんには悪いけど、俺もパン耳地獄から抜け出したいんだよね。

 返り討ちにするべく、俺はマグナトロの握り方を微調整しつつ、必殺の奇襲タイミングをうかがった。


「幼稚園の時、誓ったじゃないか。俺らは一心同体! お前の妹ちゃんは俺らの妹!」

「一人の苦しみはみんなの苦しみ! 一人の喜びはみんなの喜び!」

「俺らの黄金の絆はじじいになっても変わらない! フォーエバーフレンドシップ!」


 リーダーが両手を上げた謎のポージングをキメると、チビとヒョロも同じポーズを決めた。

 デブも、腕で目元を拭うと同じポーズをキメて声を上げる。


「フォーエバーフレンドシップ!」

「よし、じゃあ俺らで協力して戦うぞ!」

「「「おう!」」」


 えぇえええ! なにこれ逆らいにくい! これ俺が勝っちゃダメな空気じゃん!

 と思った矢先。

 ちゅどーん!


「「「てっちゃああああああああん!」」」


 どこからか飛来した水弾がヒョロを直撃して、水蒸気爆発を起こした。

 続けて、チビの足元から水柱が上がって凍結。


「「よしりーん!」」


 最後に、水しぶきをまといながら空を滑ってきたバーバリアンが、通り過ぎざまにデブをゼロ距離水蒸気爆発でぶっ飛ばし、チェーンソーのように表面を循環させた水の斬馬剣を生成しながら、リーダーめがけて落下する。


「てめぇよくもみっちーをやりやがったな!」

「うちの幹明に何してくれてんのよゴルぁああああああああああああああ!」

「いんぎゃあああああああああああああああああああああああ!」


 リーチの長い斬馬剣の切っ先が、リーダーの股間を直撃した。


 リーダーの眼球が半分近く飛び出し、口を開けすぎて顎が外れ、バトルアックスを落とした。


 MRゲームは、痛みこそないものの、触覚は現実と区別がつかない程にリアルだ。

銃弾に撃たれれば、鉛弾が体内を通り抜ける感覚を味わうし、槍で体を貫通されれば、金属の冷たさを内蔵で感じることになる。


 そして、春香はチェーンソーのように表面を鋭利に超高速流動させている刀身で、リーダーの股間を貫いている。


 アバターの股間周辺のテクスチャが剥ぎ散らかされ、全体がレッドポイントになる。

 今、リーダーがどんな触覚情報を享受させられているか、考えたくもない。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 人のものとは思えない絶叫を残して、リーダーは大の字になって昏倒。

 ヒョロとデブは屋根から落ちて頭からコンクリートに激突してHPバーを消失。

 凍結しているチビも、氷柱が折れてコンクリートに落ちると粉々に砕けてHPバーを失う。


 四人はまとめて意識を失いゲームオーバー。

 四人の体の上に【DEAD】の文字が浮かぶ。

 四人の黄金の絆に黙とうを捧げた。


「ふぅっ、大丈夫だった幹明?」


 一仕事終えた肉体労働者のように爽やかな息を漏らして、春香は振り返りざまに笑顔を見せる。


「て、なんで内股になっているのよ?」

「お前って悪だよな、二重の意味で」

「何よ助けてあげたのに失礼しちゃう!」


 春香が拳を振り上げて、俺は両手で頭をかばった。


「だって、いくらなんでも『ゴルぁあああ』はないだろ。せっかく可愛いんだからもっとおしとやかにしようよ」

「…………ッッ」


 振り上げた拳を降ろして、春香は背中を向けてしまう。

 背中越しながら、なんだか少し身もだえているように見えなくもない。


 正直こうした姿は可愛いし、ずっとこの感じていてもらいたいもんだけど無理だろう。

 だって春香だし。


「よしっ」


 両手で自分の頬をぱしんと叩いてから、春香はくるりと振り返った。

 凛としつつも優しそうな、頼もしい表情だ。


「じゃあ幹明、みんなを探しがてら、一緒にエネミーを狩りましょ」

「ありがと。俺ハンティングは慣れていないから助かるよ」

「あー、そういえばあんたって一対一のデュエルばかりだっけ?」

「そうそう。射撃系の奴はハンティング好き多いけど、俺って武器がハルバードの近接戦闘系だろ? モンスターチックな相手に接近して戦うのちょっと抵抗があってさ」


 それで美咲のフェンリルにもドキッとしちゃったし。


「男のくせに情けないわねぇ」


 眉根を寄せつつ、まるで手のかかる可愛い弟に接するように、春香は笑みを浮かべた。


「いいわ、じゃあ今日はあたしがハンティングのレクチャーをしてあげる。元から月末試験のハンティング対策だしね」


「そうしてもらえると嬉しいよ」

「あれ? ならなんで最初から言わなかったの? ハンティング慣れていないって」


 俺は、ちょっと気まずそうに頭をかいた。


「いや、美奈穂とか美咲とか新顔に知られるのちょっと恥ずかしくて。春香と夏希にならいいんだけど」


 春香の笑みが深くなる。


「ま、まぁあたしらはそれなりの付き合いだしね」


 中三からだから一年ちょっとじゃない?

 とは、上機嫌な春香に言い出せなかった。


「じゃ、表通りに行きましょ。一体でも多くのエネミーを狩らないと」


 そう言って、春香は俺の手を取り駆けだした。

 俺も、ちょっと上機嫌になって、彼女と一緒に怪物たちがひしめく表通りへと踏み出した。

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