第26話


「じゃーあぁ、コナタのどこが好きなのか、具体的に教えてよ」

「え?」

「ほらほらぁ、遠慮せずに、言っちゃいなよぉ。ん? んん?」


 肘でわき腹を小突きながら、桜月は、俺を手の平で転がすように追い詰めてきた。

 事実、壁際に二歩、三歩と後ずさって、背中が壁に着いた。


「明るくて元気で、物怖じしなくて、自分に正直な性格が好きだ」

「それからぁ?」


 彼女のたおやかな手の平が、顔のすぐ横の壁を叩いて逃げ道を塞ぐ。

 好きな女の子に壁ドンをされて、胸がキュンとしてしまう。


「桜色のポニーテールも、月色の瞳も、白い肌も凄い綺麗で、あと……」


 一瞬ためらってから、彼女自身が自慢げに意識していることなので、顔を熱くしながら、遠慮せずに言う。


「大きな胸とお尻と、くびれたウエストと、長い脚が好きです」


 つい、敬語になってしまう。


「キミは相変わらずのえっち君だなぁ」

「ぁぅ……」


 上から、桜月の顔が、ぐぐっと迫ってくる。

 いつの間にか、俺は屈んで、彼女よりも頭の位置が低くなっていた。


 月色の瞳に、俺の顔が映る。俺という異分子が彼女を汚しているようで気が引ける一方で、彼女が俺だけを見つめてくれることに、幸せを感じてしまう。


「でも、正直な子は好きだよ。コナタのカラダに興味がないフリをしてカッコつけている男より一〇〇倍は信頼できるよ」


「ッッ、あ、あと……桜月は、俺を、助けてくれたから」

「助けた? いつ?」


 さらに、ミリ単位でじりじりと顔の距離を詰めながら、桜月は危険な甘い吐息を漏らした。


 鼻腔から彼女の息を吸って、頭の中がふわふわしてくる。


「俺を、眷属にしてくれただろ? 昨日も言ったけど、俺は、お前に会うまで、本当に何もできなかったんだ。生まれつき魔力が無くて、水属性で、何もできない、何者にもなれない。ただ死んでいないだけで、生きている実感なんてなかった。でも、桜月のおかげで、俺は初めてこの世に生まれてきたような気がしたんだ」


 ちょっと興奮気味に、後半はまくしたてるように言葉が溢れ出す。

 すると、桜月はちょっと小首をかしげた。


「それって、恋愛感情じゃなくて、ただの恩人に対する好意じゃないの?」

「えっ!?」


 恋愛経験値ゼロの俺は、激しく動揺してしまった。


 ――どうなんだ!? そうなのか!? 桜月は俺の恩人で、滅茶苦茶感謝していて、でも桜月が女の子だから、感謝の気持ちと恋愛感情の区別ができていないのか!? そもそも恋ってなんだ? 愛ってなんだ!? 好きってなんだ!? 家族愛や友愛と、異性同士の好きは何が違うんだ!? 年齢イコール友達いない歴で家族愛を感じたこともない俺にはわからない!


 そうして俺が懊悩していると、桜月はおバカなペットでも見るような調子で噴き出し笑った。


「ぷははっ。キミはカワイイなぁ」


 カワイイと言われて、恥ずかしさと悔しさにしゅんとしてしまう。


「ふふふ、じゃあコナタから質問だ。コナタとの結婚生活を想像してみて」

「桜月との結婚!?」


 彼女の口から【結婚】というワードが飛び出したことそのものに興奮しながら、俺は想像力を働かせた。


 俺が仕事から帰ってきたら、エプロン姿の桜月が出迎えてくれて、『あなたお帰り』とか言ってくれて、ぎゅっと抱きしめて、一緒に夕食を食べて、その日、一日の出来事を話す。


 ――そうしたら、一緒にお風呂とベッドを――。


 そこで思考が爆発した。

 桜月のあられもない姿を妄想して、奥歯を噛んだ。


 知り合いの裸を想像したことに罪悪感を覚えながら顔を熱くしていると、桜月の様子に気が付いた。


 彼女は、嬉しそうにニッコリと笑った。


「コナタも好きだよ」

「!?」


 【結婚】に続いて、【好き】というワードが飛び出して、しかも、それが俺に向けられたものだという事実に、胸が多幸感で熱くなった。


 自然とまぶたが上がって、曇りガラスが晴れるように、世界が、そして桜月の美貌が鮮明に見える。


 ――桜月が、俺のことを好き。じゃあ……。

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