第22話 怒り
「うへへへへへへ、ちょいとちょいとだけじゃ」
てんぷらは手をうねうねさせつつ涎が垂れ緩む顔をナァシフォに近付けていく。何の裏も感じさせない完全にスケベオヤジの顔である。
「こんなところに一人でいると無性に女の肌が恋しくなってのう~。だからとって乱暴はせん。ちょいとその可愛いお胸を揉ませて貰えればいいんじゃ」
「いいんじゃ、じゃねええよ」
「えっ」
ガイガは驚いて振り返ったてんぷらの喉を鷲掴みしそのまま持ち上げていく。てんぷらは必死に俺の腕を引き剥がそうと足掻くがその腕は万力のごとくピクリとも動かない。
「どんな魂胆があるかと泳がせてみたらただのスケベオヤジだったとは拍子抜けだが、俺の女に手を出した以上覚悟は出来ているよな」
ガイガは冗談でも言っているかのような笑顔を浮かべてはいるが、メキメキと聞こえてはいけない音を立てて指がてんぷらの喉に食い込んでいく。
「うっごごっごごっごっご」
てんぷらは顔を真赤にして足をバタバタっさせるがガイガの腕は全く動かない。虚しくバタバタさせる足。暴れたところでガイガは揺らがない。それでもバタバタさせる足。ガイガは必死に足掻くその姿を見て手を緩める気はないようだ。更に指が食い込みバタバタと足が更に暴れる。その先からしゅっと刃が飛び出た。そしてそのままガイガの胸目掛けて蹴り上げる。
「ちっ」
ガイガは怒りで周りが見えなくなるようなことはなかった。直ぐ様てんぷらを放り投げる。
「げほごほぐは、酷いことをする」
「キザハシと知って毒を盛ったんだ言い訳は出来ないな」
「毒とは酷い。本当に疲れが取れる薬ですよ。ちょ~っと眠くなるだけで。折角疲れを癒やしてあげようとしたのに、人の好意を無下にするのは無粋ですよ。いや、そもそも飲んだふりをした事自体があなたが私を最初から疑っていた証拠。協力関係に唾する背信行為」
てんぷらはそれっぽく無茶苦茶なことを捲し立ててこの一件を煙に巻こうとする。
「よく回る口だが、お茶はちゃんと飲んだぞ。確かに味は悪くなかった」
「なっ、貴方にとって毒でも何でもないと。それなら私がした行為は何の問題が無いではないですか」
一瞬驚いた顔を見せたてんぷらだが一瞬でしたり顔で述べる。
「俺一人ならそれで流してやっても良かったが、人の女に手を出したんだ殺されても文句は言えないよな」
てんぷらは床に這い蹲りながらも必死にとんでも論法で有耶無耶にしようとするがガイガは一蹴する。
「未遂で殺されたら未練で化けますな」
這い蹲っていたてんぷらはいきなりバッタの如くガイガ目掛けて飛び跳ねた。そしてガイガに向かって突き出した両手の袖口から直刀が飛び出る。
見事な奇襲このままならガイガは串刺しになると思われたが、ガイガは読んでいたかの如く体を回して避けると同時にてんぷらを蹴鞠のように蹴り上げる。
「うげっ」
天井に蹴り上げられたてんぷらだがクルッと回って天井に足を付けると反動を利用して飛び跳ねガイガ目掛けて急降下襲撃。
「速いっ」
今度はガイガもカウンターをする余裕はなかったようで大きく飛び跳ねて避ける。
「まだまだ」
てんぷらは足を止めること無く屋内であることを利用して天井や棚を足場にノミのように縦横無尽に飛び跳ねガイガを翻弄する。
開けた場所では使えないが狭い屋内や木々が生える魔界なら有効な技である。魔界で生きるマカイビトが編み出した武術だろうか。侵入者との戦闘を予め考慮していたようで棚とかな補強してあるようでてんぷらが足場に利用してもぐらつくことはない。
「あちきの動き捕えらますかな」
「此方から動く必要があるのか?」
ガイガは動じること無く泰然と立っている。完全にカウンター狙いだ。ガイガが言った通りこのままだと飛び回っているだけではてんぷらが無駄に体力を消耗するだけで何もしないガイガが有利になっていく。
ガイガの挑発に乗ること無くてんぷらは無軌道に跳ね回りつつ虚を付き真正面よりガイガに襲い掛かる。それでもガイガはひょいっと避けるがやはりカウンターをする余裕は無いようで、てんぷらはそのまま通り過ぎていく。通り過ぎつつガイガの背後に回り込んだ瞬間いつの間にか取り出していた吹き矢を吹いた。
完全に死角、しかも予備動作も少なく静音性に長けた吹き矢の一撃はガイガに決まると思われた。
「甘いっ」
振り返ること無くガイガは吹き矢を掴み取るとクルッと回った遠心力を乗せててんぷらに投げ返した。
「なんであれに反応出来る!!?」
「遊びは終わりだ」
慌てて回避して体勢が崩れたてんぷらにむかって足刀を叩き込み、そのまま棚に叩き付け、そのまま押し込む。
「うえげっ」
しっかりと棚が固定されていたことが仇となりてんぷらは棚と足刀に挟まれ身動きが取れなくなってしまう。
「このまま虫の如く潰れろ」
ガイガはそのまま足に力を込めててんぷらにめり込ませていく。
「まいったまいった。オオクニヌシのことは教える」
「俺をキザハシと知って襲ってきた以上、その程度で許す訳には行かないな。俺もキザハシの看板背負っている以上、落とし前は付けさせて貰う」
キザハシの名前を出したのに襲われた以上結社が舐められない為にも報復は必死。こうした積み重ねでキザハシは舐められなく成り正当な取引が行われるようになる。ガイガがキザハシでシルバーまで上がったのは本人は不服だろうが魔道研究の功績では無くこういった実力行使の貢献が評価されたのが大きい。
「わっ分かった。私が知っていること何でも教える、だから許して」
うまく聞けばマカイビトが蓄えた知識を得ることが出来る。何か新しい発見があればキザハシにおいて暴力以外で貢献度が上がり武闘派魔道士というレッテルを返上できるかもしれない。ガイガにとって悪い話ではない。
「それなら考えてやらないこともないが、ナァシフォにしたことはそれで許してやれないな」
更に足をめり込ませていきてんぷらの内臓は口から出る寸前である。
「何でもする何でもするから」
「言ったな。何でもするな」
「する。何でもする。誓います」
てんぷらは両手を合わせてガイガを拝む。プライドもクソもない生き残るのに必死な態度である。生き汚い行為ではあるがガイガは嫌いではない。潔い死など所詮傲慢なオナニーである。
「誓ったな。裏切ればお前は魔界にすら居場所を失うぞ。ならオオクニヌシのところまで案内して貰おうか」
「ひゃっ、ほっ本気か」
てんぷらは死にそうな顔でガイガに確認する。オオクニヌシに迂闊に近寄ることは死を意味する。てんぷらが蒼白になるのも当然であり、だからガイガも本当の目的は伏せていた。
「冗談を言っているよ言うに見えるならお前の目はいらないな」
「いるいる。案内する。オオクニヌシのところまで案内します」
「良し。契約成立だ」
まるで今までの態度全てが演技だったかのように穏やかな笑顔でガイガは言うのであった。
そして自分の甘さに自嘲する。
本当にてんぷらに裏がないか確認するにはもっと泳がせる必要があった。だがてんぷらの手がナァシフォに伸びた時カッとなって手を出していた。
まだまだ修行が足らないと思いつつも、ナァシフォがいつの間にか自分にとって切り捨てられない存在になっていたことを自覚させられた一件でもあった。
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