第19話 友釣り

「はあ~負けたよ」

 若者の無鉄砲さを甘く見ていた。

「はい。大人しく諦めてください」

 ナァシフォはニコニコと餌を待つ子犬のような笑顔で言う。

 分かっているのか? 俺だって別に出し惜しみとか意地悪をして策を提示しなかった訳じゃない。正直乙女の貞操を賭けるほどの策ではない。

 まあいい、策を聞けばその実行の困難さにナァシフォも諦めるかも知れない。

「非常に細い糸だが方法は一つだけある」

「それは?」

 ナァシフォは餌を目の前にした子犬のような目になる。

「ナァシフォは釣りはするか?」

「はい、ときどき。じいには怒られますけどね」

 ナァシフォはお預けを食らった子犬のような顔になるが、それでも前フリだと分かっているので答えてくる。

「なら友釣りは知っているか?」

「まっまさか!!!」

 これで察するとはやはり頭の回転は早い。なのになんてあんな馬鹿なことを・・・。頭はいいが賢くは無いということか。イーセの滅亡が避けようがないことを誰よりも理解しているだけに追い詰められた思い詰めた末の暴挙なのか、若者の特権なのか。

「流石察しが良いな。

 オオクニヌシなんて御大層な名前だが野生動物と大して変わりはしない。別に彼奴等は協力して人類を滅ぼそうなんてしていない。熊なんかの野生動物と同じで縄張りを広げているだけだ」

 魔物がその気なら人類はとっくに滅亡していても可笑しくない。彼らはテリトリーである魔界を広げようとしているだけの野生動物と同じ。

 まあそれでも人類は滅亡一歩手前まで追い込まれているけどな。だからこそ変革が必要なんだ。俺はそれを人類が滅亡する前に見つけ出す。

「ならその大事な縄張りに自分と同格の別のヌシが入り込んだらどうなると思う?」

「ヌシ同士の縄張りを巡っての争いが起きる」

「その通りだ」

 賢い弟子を持った師とはこういう気分なのかも知れないな。

 格下なら従えるという選択肢もあるが同格ではそうはいかない。縄張りの主導権を争わずにはいられない。

「オオクニヌシにオオクニヌシをぶつけるんですね」

「そうだ。実にシンプルな策だが、実行するのは困難を極める策でもある」

 ナァシフォは先程までの子犬のような笑顔は消え去り深刻な顔付きになっている。この策を早速理解したようだ。地頭は本当にいい娘だよな。

「言わなくても察しているようだが。この策は下手をすればイーセは二柱のオオクニヌシに痕跡も残らず滅ぼされる可能性がある。寧ろその確率の方が高い。

 それでもやるか?」

「何もしなければどうせイーセは滅びます。だったら私はそれがどんなに小さい確率でもどんなに困難でもやり遂げてみせます」

 賭けるとは言わないのは為政者として立派だな。イーセが救われるのは必然でなければならない。

「覚悟が座ったいい目だ。それならイーセのみんなを説得出来るかもな」

「私達だけで行うんじゃないんですか?」

 ふっ、年相応の可愛らしいところもある。イーセを救う英雄にでも成れる夢でも見たようだ。

「馬鹿言うな。オオクニヌシ同士を戦わせて同士討ちになるまで期待するのは愚者の希望だよ」

「そっそんなこと」

 ナァシフォが顔を赤くして口を尖らせる。

「勝って弱ったオオクニヌシはイーセが討ち取る必要がある。その為には出来るだけ戦力を集めなくてはいけない、イーセの総力戦になるだろう。当然民を逃がすなんて余力は無くなるぞ。

 負ければ、文字通りイーセは土地も民も地上から消えることになる。

 それでもやるか?」

 先ほどと同じ問を先ほどとは比較にならない責任の重さを乗せて問い掛ける。

 ナァシフォは答えられるかな? ヘタれるなら早いほうがいい。それだけ避難を早く始められる。

「言ったはずです。人は土地から切り離されて生きてはいけません。私はイーセを守る為に命を懸けます」

 こりゃ姫様と言うより一所懸命サムライそのものだな。この娘を妻にする男は苦労するだろうな。

「ただ強制はしません。逃げたい者には逃げて貰います」

「甘いぞ。やるなら総力戦と言ったはずだ」

 保険なんて甘えを残して勝てるわけがない。背水の陣から生まれる必死。これなくして例え弱ったオオクニヌシとはいえ勝てはしない。

「幼い子供ややる気のない者などいても戦いの役に立ちはしません。寧ろ足手纏を切り捨ててます」

「詭弁を述べるなっ」

 俺の大気を震わす一喝にナァシフォは怯むどころか睨み返してくる。

「中途半端ではどっちも失敗するのは目に見えている。今のイーセはそんな甘えが許される状況ではない。

 逃げるか挑むかだ。どっちかを選べ。選べないのならこの話はなしだ。悪いがお前を縛り付けて王宮に送り届けてやる」

「私の旦那様は厳しいですね。甘えを許してくれない。

 すう~」

 ナァシフォは少しだけ笑うと深呼吸をして瞑想に入る。俺はただ黙ってナァシフォの答えを待つ。

「イーセの国主の一族として決断します。

 イーセには私の理想に殉じて貰います」

 苛烈だな。凛々しく美しい。まるで鍛え上げられた刀のような炎。

 迷いという不純物を無くし熱く苛烈に燃え上がる炎を纏いながら、真には人を包み込む優しい火が思っている。

 弱者切り捨ての過激なことを言っているようで、その心の底にあるのは弱者救済。イーセの国主一族なら避難先でもそれなりの生活は保証して貰えるだろうに、それを捨てあくまでイーセの為に殉じるというのか。

 おっかない嫁さんだ。

 無事事を成した後は一目散に逃げさせて貰おう。

「そうか。なら後は実行するだけだな。

 まずは近辺にいるオオクニヌシを探さそう。策に実現性を示した方がジューゴ様達を説得し易いだろう」

 いきなりこんな一か八かの策を提案してもまともな人間なら拒否する。説得する為には材料を少しでも多く揃える必要がある。

「なるほど、流石は年の功で老獪ですね」

 なんだろう。若い子にそう言われると自分が酷く年食った気分になる。俺はまだ大志ある青年よ。そこは切れ者とか言って欲しかった。

「南はまだ魔海に飲まれていません。探すなら北ですね」

 オオクニヌシは普段は普通の人間では足を踏み入れることすら出来ない魔界の深いところにいる。それが分かっていないナァシフォではないだろうにその目には希望しか見えていない。

「そうだな。こうなるんだったら食料とか道具とかイーセで補充しておきたかったが、そうもいかないな。食料は現地調達になるぞ」

 俺はちょっと意地悪に言う。

「分かっています。魔物だろうが食してみせます」

 本当に察しがいい娘だ。

「そんなに気負う必要はないぜ。食べてみれば意外とうまいぞ」

「そうなんですか?」

 ナァシフォは目を丸くして聞いてくる。

「ああ、お前が来なかったらハネムカデの肉を使って干し肉を作っていただろうな」

「そうなんですね。

 ガイガさん、夫婦として共に困難に挑みましょう」

 ナァシフォは俺の手を力強く握りながら言う。

「・・・なあそれもう辞めていいぞ。お前の覚悟は伝わった。もう降りたりはしないぜ。幸いお前がキスしたところは誰も見ていない」

「ふう~ガイガさんは私の覚悟が分かってないですね。

 私の誓いの唇はそんなに軽くないですよ。逃げたら地の果てまで追いかけます。浮気をしたら殺します」

「おっかねえな~、分かったよ」

 まあ、ナァシフォがどう言おうがイーセの上層部が魔道士を婿にするなど納得しないだろ。それに悪いが俺はまだ腰を落ち着ける訳には行かないんだ。

 じーーーーーーーーーーーー

「なんだよ」

「まあいいです。ガイガさんが私から離れられなくしてあげますから」

 こういう時のナァシフォは本当に女の顔をしている。あと数年後に会っていたら危なかったかもな。

「言うね小娘が。

 まあ、いい。冗談はここまでだ行くぞ」

「はい」

 俺とナァシフォはオオクニヌシを求め北に旅立つのであった。

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