〈第11話〉『クロフォード家からの追放』〈前編〉
王立クロフォード学園―――3年一般授業棟
「一日の始まりが座学の魔法基礎学かよ……」
クロフォード学園の3英傑の1人、”剛腕”のレオス・エリオットが同科の取り巻きの友人数人と、気怠そうに言葉を漏らしながら3年Dクラスが使用する教室へ向かっていた。
クロフォード学園では各科の1~3年まで訓練所の使用が被らないよう日毎にローテーションが組まれている。
例えば3年生が一日使用する日程になっていれば、1.2年は一日座学の日程に、1.2年が半日交代で使用する日程では3年が一日座学の日になる。
この日の3年剣術科は午前が座学、午後からが剣術訓練という日程になっていた。
「レオス」
「ん?」
唐突に背後から名前を呼ばれ、教室に向かう足を止めレオスが声のした方へ友人達と振り向く。
振り向いた先にはレオスの姿を追ってきた3年剣術科教官のハーマン・リックウッドの姿があった。
「あれ?リックウッド教官。なんすか?訓練の段取りの話しっすか?」
立ち止まったレオスに、ハーマンが足早に近寄っていく。
「レオス、お前はしばらくの間1年の剣術科に出向いてやってくれ」
レオスに追いついたハーマンは、自分より頭半分程度身長の高いレオスを見上げ、用件を手短に伝える。
「俺が1年坊の剣術科に?なんでっすか?」
レオスは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、周囲の友人達と顔を見合わせる。
「アルドリット教官からの要望でな。今年の新入生で教官のご年齢では相手にしきれない奴がいるらしい。そこで、お前のことをしばらく借りたいとのことだ」
ハーマンはレオスの1年剣術科への出向に至った経緯を詳しく話す。
「それって、ティファニア・アッシュフィールドの事ですか?」
オーガストが相手をしきれないと聞いて、レオスは先日行われた
「学園始まって以来初の身体強化魔法を己に施せる高速の剣士......。アッシュフィールドとの訓練はお前にとっての成長にも必要だと思って、アルドリット教官の要望を受けた。だが、お前の意向で断ることもできる。......どうする?」
ハーマンはここまで言い終え、レオスの顔色を窺う。
「教官……」
レオスは顔を伏せ、何やら考える素振りを見せるが、すぐさま顔を上げる。
「そんな面白い事!断る訳ないでしょ!!」
「そうか。なら、教官室に行ってアルドリット教官に詳しいことは聞いてくれ」
レオスは嬉しそうに口角を上げ、1年魔術科最強を負かしたティファとの訓練ができることに、子供の様に目を輝かせ快くオーガストの要望を受け入れる。
⚔
王立クロフォード学園―――修練場
「はぁ~……」
いつもは1人走り込みを終えると、他生徒の走り込みが終わるまでの待ち時間にオーガストと軽い手合わせをするのだが、訓練が始まる前に呼び止められ「少し遅れる」との事だったので今は不在だ。
なので、うちは一人修練場の邪魔にならない場所で、腕組みをしつつ上の空で他の生徒の走り込みを眺めながら、今朝のエルザとのやり取りを思い出し溜息を着いていた。
(いかんな~……。ちょっと言い返されたら頭に血が昇る癖直さんとなぁ~……)
盛大な溜息をもう一度ついていると、後頭部をコツンと軽く小突かれる。
「イタッ!」
実際は大して痛くはなかったが、不意を突かれつい声を上げてしまった。
うちは後ろを振り返り、後頭部を小突いた人物を確認する。
「何をため息をついてぼ~ッとしている」
振り返るとオーガストとその後ろに筋骨隆々の体躯で、うちの身長の頭2つ分ほど身長がありそうな男子生徒が男子指定の水色の修練服を着て一緒に居た。
うちは後方の男子生徒を見上げる。
(誰?)と首を傾げつつ目線を修練服の襟元に動かし、刺繍してある学園章の色を確認する。
クロフォード学園の制服、修練服には学園の紋章が刺繍されているのだが、この刺繍されている色で学年が分かるようになっており、刺繍の色は今年入学新1年生の生徒は赤、2年生が黄、3年生が緑となっている。
そして、オーガストの後方に居る男子生徒の学園章の色は緑だ、つまり3年生の生徒となる。
うちは説明を求める様に視線を手前のオーガストに戻す。
「全員の走り込みが終わってから紹介するつもりだが、まぁ先にお前には紹介していてもいいだろう。暫くの間俺の指導補佐として3年生から出向してもらう事になった」
そこまで言ってオーガストが後方の男子生徒に横へ並ぶよう目配せする。
「3年剣術科のレオス・エリオットだ。よろしくな!ティファニア!」
レオスが修練場中に響くんじゃないかというくらいの声量で自己紹介し、右手を差し出し握手を求めてくる。
「えっと、ティファニア・アッシュフィールドです。ティファって呼んでもらって構いません。よろしくお願いします」
3年生であるレオスの出向目的の理由が分からないまま、レオスの声量に圧倒されたつつうちは、自己紹介を返しペコリと一礼し差し出された右手を握る。
(腕に腕章を付けちょる、この人主席か!)
握手をした瞬間、そのまま手をぶんぶんと上下に振られ、その際レオスの袖に主席の腕章がついていることに気付く。
「走り込みはもう終わっているな?」
うちとレオスの自己紹介が終わったところで、傍らで見ていたオーガストが声をかけてくる。
「は、はい。走り込みはもう終わってますけど……」
うちはレオスからの握手から解放され、右腕を肩からグルグルと2~3周回しながらオーガストに答える。
「……。そうか、なら今日から他を待っている間の空き時間はこのレオスと手合わせをしてくれ」
歯切れの悪いうちの返答に、オーガストが一瞬怪訝そうな表情を浮かべるが、敢えて気にしない体で話しを続け、隣に居るレオスに目配せする。
「んじゃ、今他の奴等待ってんだろ?他の奴が走り込み追えるまでの時間手合わせしようぜ!」
オーガストに目配せされたレオスは遊びを楽しみにしている子供のような笑みを浮かべ、うちに空き時間の手合わせを申し込んでくる。
「は、はい。じゃあ、手合わせお願いします」
うちは一礼し、立てかけてある自分の木剣を駆け足で取りに行く。
「……。レオス、お前はその木剣でいいのか?」
オーガストが木剣を取りに行くうちの後姿を視線で追い、次に視線をレオスが手に持っている木剣へ向け、まるでいつも使っている木剣ではないかのような尋ね方をする。
「今日は初日の出向っすからね。先日の【決闘】は俺も見てアイツの凄さはわかってますけど、いつものじゃあの高速剣について行けないかもしれないんで。まぁ、様子見っすよ」
それを聞いたオーガストは「そうか」と短く返答する。
「お待たせしました」
木剣を持ったうちは2人の元へ戻ってきた。
「ん?ティファ、お前って双剣じゃないのか?」
うちが木剣を一本しか持っていないことに、レオスが首を傾げ質問してくる。
先日の【決闘】以降、うちが双剣だと言うイメージが学園全体に広まっている様だ。
「木剣はもともと一本しか持っちょりませよ。【決闘】では闘技場にあった予備の木剣を拝借しちょっただけなんで......」
うちはレオスの質問に答える。
「使い古しで構わないなら俺の使っている木剣をやるよ」
そう言ってオーガストが腰に下げていた木剣を抜き、木剣の柄を向けてうちに手渡してくる。
「え、もらってもいいんですか?」
「新品ではないがな。【決闘】に勝った記念だ」
うちは嬉しさで自然と笑顔が溢れ、「ありがとうございます!」と礼を言いオーガストから木剣を受け取る。
「よし!準備できたんなら早速手合わせしようぜ!」
早く手合わせをしたそうに、レオスがソワソワし始める。
「分かりました、それじゃあ始めましょう」
うちとレオスはオーガストから離れ、お互いに距離を取る。
うちは横向きになり、左の木剣をレオスの方へ突き出し、右手の木剣を胸辺りで水平に構える。
お互いが対峙すると、先程まではしゃぐ子供のような雰囲気がガラリと変わり、レオスが真剣な表情になり、軽い手合わせのつもりだった2人の間に流れる空気もひりついてくる。
レオスは右足を後ろに引き、身体全体を右斜め後ろに開く。
そして、木剣の切っ先を後ろに引いた右の足元に向け、剣道でいう所の下段脇構えに似た感じの構えを取る。
(あれ......?なんじゃろ.....)
対峙しレオスが剣を構えた瞬間、うちはレオスに違和感を感じた。
「どうした?どっから来てもいいぜ?」
警戒して中々打ち込んでこないうちにレオスが攻撃を誘う様な一言を放つ。
「……」
(考えちょってもしょうがない......か)
うちは意を決して思いっきり踏み込み、レオスとの距離を一気に詰めていく。
「お?」
レオスはティファの距離の詰め方の速さに一瞬驚いた表情を浮かべるが、特に慌てた様子が見られない。
むしろ落ち着いている様に見える。
レオスはティファが剣の間合いに入った瞬間、左手の木剣を上段に振りかぶり、そのまま自分目掛けて振り下ろすさまを目視する。
対するレオスは下段脇構えにしていた木剣を逆袈裟で振りぬき、ティファの剣撃を受け止め鍔迫り合いの状況になる。
そこへ、ティファの追撃の右手木剣が横薙ぎで迫っていた。
レオスはティファの右手の木剣の一撃を避けるべく、無用な鍔迫り合いを止め後方へ飛び退き、ティファとの距離を取り直す。
(さっきの間合いへの踏み込みの速さ......。見ていた限り【決闘】で見せた身体強化魔法は使っていないようだな……。身体強化無しでもあそこまで速いのか!面白れぇ!!)
学園入学以来手合わせして来た相手とは、全く違うティファの剣術を見たレオスはティファとの手合わせの楽しさに自然と口角が挙がっていた。
距離を取ったことでティファが再び攻撃を仕掛けるべく間合いを詰めてくる。
それを見たレオスは木剣を上段に構え、ティファが間合いに入ってきた瞬間に剣を振り下ろす。
ティファはレオスのその挙動を見て間合いの寸前で急ブレーキで、動きを止め両手の木剣をバツの字に構えレオスの上段の剣撃を受け止める。
(見た目の体格通り、一振りの一撃が教官より重い!)
押し負けない様に踏ん張っている脚の力と腕の力を少しでも緩めてしまえば簡単に弾き飛ばされてしまう。
レオスの剣の重さは今まで受けてきた父や教官の剣の重さを遥かに超えていた。
「よぉ」
「?」
鍔迫り合いをしていると、唐突にレオスが声をかけてくる。
「お前があの【決闘】で見せた高速剣は見せてくれねぇのか?軽い手合わせだが、もう少し本気を見せてくれてもいいんじゃねぇか?」
レオスが【決闘】で使っていた高速剣を使わないうちに対して質問してくる。
「……。本気で相手をしてくれん相手になんでうちだけが本気を出さんといけんのです?」
「本気?俺は本気でお前と手合わせしてるけどな。手を抜いてるつもりはねぇぜ?」
レオスはうちの問いに対して、誤魔化すような返答をする。
「嘘ですね」
「そう思う根拠は?」
鍔迫り合いをしながら2人は手の内を探るべく問答を続ける。
「1つは最初に対峙した時の構えです。あの構えは自身の隙を見やすくし、身体を斜めに傾けることによって、使用してる剣の長さ、間合いを隠せる利点があります。それと、あの構えは相手の攻撃を誘って、カウンターで返すことに特化した構えです」
うちはレオスの剣の重さに耐えながら、質問に答える。
「へぇ~。んで、他にもあるかぃ?」
自身が使っている剣の構えの特徴を理解しているうちに驚きながらも、木剣に込めている力は緩めず他の理由を聞き出そうとする。
「これは一番違和感があった事です。先輩の持っている木剣が体躯に見合ってない!先輩、その木剣、本当に普段使っちょる木剣ですか?普段使っている木剣はもっと大きいんじゃないですか?」
レオスはティファの確信を突いた問いに、見抜かれていることに驚くどころか、むしろニヤッと笑みを浮かべ見抜かれたことを楽しんでいる様だった。
(コイツ、思っていたより相手の事よく見てやがる!剣術馬鹿ってわけでもねぇってことか?いや、剣術馬鹿だから見抜けたことか?)
レオスは色々と思考しながら鍔迫り合いをしていた木剣に、さらに力を加えてくる。
ティファはこのままではいつか押し負けると判断し、その鍔迫り合いから逃げるように後方へと飛び退く。
レオスは対峙しているうちから視線を外し、目だけを動かし周りの状況を把握する。
そこには走り込みをすでに終えていた生徒が、ティファとレオスの手合いに注目していた。
レオスはその周りの雰囲気を察し、構えていた木剣を降ろし臨戦態勢を解く。
「ティファ!今日は俺の出向初日だ、他の連中も走り込みを終えたようだしここまでにするか」
とレオスがここまでにしようと、手合わせの終わりを告げてくる。
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