お婆ちゃんのぬいぐるみ

八幡太郎

お婆ちゃんのぬいぐるみ

 大学生になり、上京し、一人暮らしを始めた。

 大学生にもなり恥ずかしい話ながら捨てられずに部屋に飾っているモノがある。

 俺は小さい頃、親の転勤で幼稚園の知り合いがいない小学校へ入学することになった。

 入学してしばらくは友達ができず、学校から帰っては家の前で一人で遊ぶことが多かった。

 家の近所に祖母が住んでおり、いつも家の前で寂しそうに遊んでいる俺を見て、ある時、大きなクマのぬいぐるみを買ってきた。


「こんなモノ要らない!」


 俺は子供ながらに同情されていることに腹を立て、祖母の前でもらったぬいぐるみを床に叩きつけた。


 それから数か月経ったころ、俺もようやく小学校に馴染んだが、祖母が癌で入院し、そのまま帰らぬ人となった。


 せっかく俺のために買ってくれたぬいぐるみなのに、俺は祖母に酷いことをした。


「気に入らなかったのね。お婆ちゃん、亮ちゃんの好きなモノわからなくて余計なことしちゃったわね……」


 俺が悪いのに、優しく声をかけてくれた祖母、でも、一瞬とても寂しそうな顔をしたのを今でも覚えている。


 それから謝ることもできずに祖母が他界し、俺も罪悪感からか、このぬいぐるみが捨てられず、東京まで連れてきてしまった。


 別に彼女とかいないから、家の中を見られることもないし、最近では大学も休みがちになり、適当に単位だけ取ってバイト以外は家でゲームばかりしているダメな奴になっている。


 もうすぐ大学3年生になるし、将来のこととかちゃんと考えないといけない。


 しかし、心だけが焦り、その心配を誤魔化すためにゲームにのめり込むという悪循環。


 そんな堕落した生活を送りながらも、タンスの上に置いてあるクマのぬいぐるみを見ると、まるで祖母が心配して見ているようで、心苦しく思うことがある。


 そんなことを考え始めて数週間経った頃、バイトから帰ると部屋の鍵が開いており、中に黒い革ジャンの男がいて、タンスを物色していた。


(空き巣だ!)


 一瞬で空き巣だと気づき、パニックになるが、男は俺に気づき、手に持っていたナイフで襲い掛かって来て、揉み合いになる。

 

 俺は押し倒されて、男が上からナイフを突き刺そうとする。


 必死に暴れて、男の右腕を押さえるが、男の力は強く、だんだん刃物が近づいてくる。


(もうダメだ……)


 俺はもがいて、足をタンスにぶつけた瞬間、クマのぬいぐるみが落ちてきて俺の体に覆いかぶさり、男のナイフはそのままクマのぬいぐるみに突き刺さる。


 その時、家の中に警察官が飛び込んできて、男は取り押さえられ、俺は一命を取り留めた。


 マンションの隣の部屋の会社員が俺の部屋の異変に気付き、警察を呼んでくれていたらしい。


 男は直ぐに捕まり、ぬいぐるみを刺したナイフも押収され、部屋には背中を刺され、中の綿がはみ出てしまったクマの人形が倒れている。


(救われたのかもしれない……)


 動揺していた俺は実家に電話をして、父親に先ほど起きた出来事を話す。


「亮太、とにかく刺されなくてよかった。お前が無事ならなによりだ!」


 父親のホッとした声に俺もようやく気持ちが落ち着いてくる。


「それにしても、偶然ぬいぐるみが落ちてきて助かるなんて奇跡だな。今日は母さんの命日だからきっと身代わりになってくれたのかもしれない。今度帰ってきたらお墓参りしてお婆ちゃんにちゃんと御礼を言えよ!」


(お婆ちゃんの命日……? そうか、ずっと見ていてくれたのか……)


 俺はずっと祖母の気持ちが気になっていたが、守っていてくれたんだと、心の中であの時のことを何度も謝った。


「父さん、俺、まじめに勉強して来年はやりたい仕事ができるように就職活動も頑張るよ!」

「え? 当たり前だろ! お前、何を言っているんだ?」


 父は俺の宣言に何を今さらと言った感じで答えてきたが、俺をずっと見ていてくれた祖母には俺の気持ちが伝わっていると思う。


(今の人生を立て直そう! まだ間に合う!)


 俺はゲーム機を段ボールに片付け、祖母の買ってくれたぬいぐるみも段ボールに入れて、次のごみの日に出すことにした。


「お婆ちゃん、今まで見ていてくれてありがとう! これからは、自分の足でしっかり進んでいくから!」


 祖母が安心して見ていられるような人生を送ろう、俺はそう思い、気持ち新たに翌朝、大学へと向かうのであった。

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お婆ちゃんのぬいぐるみ 八幡太郎 @kamakurankou1192

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