森の中の本屋

八幡太郎

森の中の本屋

 俺は事業に失敗し、多額の借金を抱えた。

 最初は何とか頑張ろうとしたが、仲間や家族にも見限られ、自分の人生に見切りをつけることにした。

 夜中に車を走らせ、富士の樹海に入り、ここで自分の人生を終わらせようと思う。

 ここでは磁石も効かず、方向感覚もなくなるため、奥に入ると出られることはないという。

 俺は真っ暗な森の中を奥へ奥へと進むと、目の前に小さな本屋が建っていた。


「こんな森の奥に本屋があるなんて嘘だろ?」


 俺は目を疑ったが、電気がついており、中には店員らしき若い女が一人座っている。


 俺は狐か狸に化かされているのかと思いながらも、お店の中に入ってみた。


「いらっしゃいませ! 人生にお疲れになったのですか?」

「え? ああ、はい」


 店員の女は俺が自殺志願者であることを察しているらしいが、さして気にすることもなく、本を進めてくる。


「ここに並んでいる本の中にきっとあなたがこうありたいと思う物語が書かれた本があるはずですよ。どうぞ手に取ってお読みください」


 店員の女は優しく微笑み、本を読むために木の丸椅子を用意してくれる。


「あ、ありがとう」


 こんな森の中で明らかにおかしいと思ったが、どうせ死ぬなら関係ないかと、本棚から一冊の本を手にして読んでみる……。


「あれ、俺は富士の樹海にいたはずだが、自宅のベッドにいるぞ」


 男は不思議に思った。

 自殺をするために夜の樹海に向かったはずなのに、自宅のベッドで寝ている。


「あなた、朝食できたから早く起きて!」


 更にびっくりしたのは、自分を見限って家を出て行ったはずの妻や娘もいる。


(夢でも見ていたのか……)


 男はベッドから起きて、妻や娘と朝食を取り、潰れたはずの会社に行ってみると、会社は存続しており、一緒に会社を立ち上げた友人たちも何事もなかったかのように出勤している。


「おい、うちの会社は事業に失敗して倒産したんじゃなかったのか?」

「おまえ、何言っているんだよ? 倒産していたら、会社があるわけないだろ!」


 友人たちに笑われ、男はやはり悪い夢でも見ていたのかと思った。


(それにしても俺は何で自殺しようとしていたのだろう……)


 男は不思議に思ったが、温かい家庭と信頼できる友人。

 失ったはずのすべてが元に戻っていることに自殺をしようとしたことなどどうでもよくなっていた。


 (そういえば、今日は娘の誕生日だったな)


 男は会社帰りに娘のプレゼントを買い、車を運転し、家に向かった。


「今日は不思議な一日だったな……。何だか安心したと思ったら急に眠くなってきた……」


 男は車を運転していると急に眠くなり、事故を起こしてはいけないと思い、車を近くの公園の駐車場に止めて仮眠をするのであった……。


「おい、仏さん、何だか笑っているように見えるな」

「ああ、死因は首吊りだな。きっと、この木の丸椅子に乗って、枝にひっかけた紐で首を括ったんだろ」

「しかし、普通はもっと苦しそうな顔をしているものだが、穏やかな表情だな……」


 男が行方不明になっていて捜索願いを受けていた警察は樹海の入り口に男の車が止めてあることに気づき、森の奥を捜索していたところで、男の遺体を発見した。


「そういや、樹海に住む精霊が死ぬ前に幸せな夢を見せるという噂を聞いたことあるぞ! 時折、穏やかな表情で死んでいる奴は森の精霊に夢を見させられながら死んだ奴だって、先輩刑事から聞いたことあるよ」


「おまえ、そんな話、真に受けるなよ。そもそも死んでるやつが何を見ていたかなんて誰もわからないだろ!」


「まあ、そうだな。先輩も適当に言ったんだろうな!」


 そう話しながら、樹海に捜索にきた警察たちは男の自殺現場の検証を終えると、男の亡骸を車に乗せて、警察署へと戻って行くのであった……。

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森の中の本屋 八幡太郎 @kamakurankou1192

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