金木犀とタコパ

2121

金木犀の匂いは甘く

 秋空は高く朝の空気は澄んでいて甘く、目の前にはしゃがんで金木犀の花びらを回収する中学生か高校生くらいの少女がいた。日課のランニングに行こうと思ったところだったのだが、これは一体どういう状況なのだろうか。

 片手には台所で使うような透明な袋を持ち、もう片方の手で落ちた花びらの綺麗なものを選り分けて入れている。その花びらはうちの庭に生えている金木犀から落ちたものだったから、見過ごすことは出来なかった。

「どうしたん?」

「あっ……すいません! やっぱり勝手に取っちゃダメですよね、本当にすいませんでした。お返しします」

 慌てて少女は袋を差し出したから、袋の中からふわりと一際濃い甘い匂いが漂った。俺はそれを手で制して断った。

「いや、あかんとは言ってないねんけど、金木犀の花びらなんて集めて何するん?」

 俺は努めて怒る意思は無いということと、興味があって聞いているということを声音に籠めて少女に聞いた。すると少女は固まっていた肩の力を抜く。

 確か烏龍茶にも金木犀の花びらがあったものがあったはずだし、最近は金木犀のジャムなんてものも売っているらしい。もしかしたらそういうのを自作するために取っているのだろうかと思ったのだ。

「送るんです」

「送る?」

「友達に」

「友達に」

「北海道って、金木犀が咲いてないんですよ」

 聞けば少女はつい先日北海道からこの大阪へと引っ越してきたところらしい。初めて嗅いだ金木犀のいい匂いを友達にもお裾分けしようと、こうして花びらをせっせと集めていたわけだ。

「最近は金木犀の匂いのハンドクリームとかあるって聞いたけど、それじゃダメなん?」

「嗅いでみたけど全然違いました! だから友達には本物を嗅いでほしいなと思いまして……」

 それなら、と俺は玄関へと誘うように手を差し出した。

「うちい。庭の方がもっと落ちてるし綺麗やで」

「いえ、さすがにそこまでは」

「あ、悪い。変な誘いやったな。家は今俺一人じゃないし、うちはばあちゃんの茶飲み友達の集会所になってて今もおるから、一人増えたところでなんも変わらん。遠慮せんと入り」

 少女が恐る恐る玄関を覗くと、丁度祖母とご近所さんたちの笑い声がした。その声に安心したらしく「では、ちょっとお邪魔します」と玄関に靴を揃えた。

「邪魔するなら帰ってー」

「ぇえ!? えっと、それならやっぱり帰らせて――」

「冗談や冗談! 大阪人すぐ言うから、『ほなさいなら』言うたらええねん。そしたらずっこけるわ」

「……!? それはつまりどういう……?」

「決まり文句みたいなもんで、『いらっしゃい』って快く迎えてるっちゅーこっちゃ。庭まで案内するから着いてきて」

 「なるほど……?」とよく分かっていないらしい少女は真面目に頷いていた。そのうち土曜日に吉本を見たり、友達にやられたりしてこのノリを楽しんでくれたらいいなと願っている。

 庭には祖母が手入れをしている大きな金木犀が塀沿いに生えていた。ここまで木に近いと、味までしそうな程の甘い匂いがしていた。

「好きなだけ取っていき」

 「ありがとうございます!」と少女は快活に返事をして、花びらを袋へ入れる作業を再開した。

 しばらくしてから少女の様子を見に来ると、袋いっぱいに金木犀の花びらが詰まっている。

「いっぱい取れた?」

「取れました! ありがとうございます。……ところで気になっていたことがあるんですが」

 少女はおずおずと何か聞きたそうにしている。「なんや?」と促すと、

「大阪の家にはやっぱりたこ焼き器はあるんですか?」

 そんな分かりきったことを可愛く聞いてくる。

「そらもちろんあるで。やる?」

「えっそこまではさすがに。準備とかもあるでしょうし」

「たこ焼き粉は常備してる。あーけど初めてのタコパはやっぱり友達とやった方がいい思い出になるよなぁ」

「タコパ……憧れですが、みんなやってくれるでしょうか?」

「そんなん喜んでやるやろ。『タコパしてみたい』って言ったらみんな仲良うしてくれると思うし、言ってみたらええわ」

「じゃあちょっとタコパに誘って、友達作ってみる――やで!」



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金木犀とタコパ 2121 @kanata2121

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