第四章 2-1 このみの行方

       * 2 *



「こっちはダメ。あの子やっぱり友達いないし、中学のとき同じ学校だった子も家知らないって。早退したから担任に家教えてもらって行ってみようと思ったけど、担任から連絡するとか言われちゃった」

「――&%$#」


「うん。ソフィアにも手伝ってもらったんだけど、インビジブルモードだとたいしたことできないし、学校のネットに痕跡残さず侵入するのは時間かかるって言うから今日は諦めた」

「そっか。わかった。ありがとう」


 学校から帰ってきた俺たちは、早速ダイニングに集まって、煎餅を茶菓子にとりあえずの成果を報告しあっていた。


「本当に赤坂さんなの? 怪物の主は」

「たぶん。最初の怪物のイラストが載ってる本を借りたのは、最近じゃ俺と赤坂さんだけだし、この前の即売会の日、シンシアのコスプレイヤーいただろ?」

「あぁ、うん。あの人ね」


「彼女が赤坂このみだ」

「嘘っ。学校の印象とぜんぜん違う。ってかどうしてあんな格好で気づくのよ」

「顔の輪郭とか鼻筋とかで」

「……なんか妙なところに気づくよね、和輝。それくらい他のことにも敏感だったらいいのに」


 ため息を漏らしている千夜が何を言いたいのかはよくわからなかったが、あのシンシアのコスプレイヤーが赤坂このみだったことは間違いない。


「じゃあ明日来たら、呼べばいい?」

「うん。放課後、とりあえず校舎裏で、その後場合によってはここで。すぐ終わる話ではないと思うし」

「わかった」

 返事をした千夜は、表情を曇らせていた。


「どうかしたのか? 千夜」

「えぇっと、うん」

 エルの問いに、千夜は言いづらそうに話し始める。


「ちょっと今日気になったんだけど、赤坂さんがいじめられてたのは気づいてたし、うちの担任はその辺ぜんぜん当てにならないから、たいしたことじゃないけどできるだけ赤坂さんに被害がないようにはしてたんだよね。事情とか知らないから、そんなに積極的なことはできなかったんだけどさ」

「――$%&」

「うん。そう、そこ。いつもなら制服に汚れが残ってるくらいのことはあったけど、今日は怪我してたみたいなんだよね。こめかみの辺りだったかに。眼鏡にもヒビ入ってたし」


「それは……、まずいのではないか? 和輝」

「うん、そうかも知れない。できるだけ早く決着をつけた方がいいと思う。明日になるより前に連絡つける方法を思いついたら、すぐに動こう」


 俺を含めた四人全員が、複雑で難しい顔をしてうつむき加減になっているとき、場違いな明るい声がダイニングに響いた。


「なにー? 四人で作戦会議? 決戦準備?」

「き、輝美殿?」

「お袋……」

 俺とエルの肩に腕を回して登場したお袋に、ため息が出る。


「今日は早いね」

「そんな日もあるわよ。つーか莫迦がドタキャンして現場が消滅しただけだけど」


 白いシャツにジーンズという格好こそ控えめだが、薄いにしてもきっちりした化粧をしているお袋の今日の現場は、おそらくデザイン関係じゃなくて、臨時スタイリストか何か辺りだろう。


 驚いてるような声を出したエルと、目を丸くしている千夜は気づいてなかったが、煎餅に手を伸ばして俺の視線から逃れたソフィアはお袋の接近に気づいていたんだろう。

 部屋の隅に置いてある折りたたみの椅子を引っ張ってきて上座に座ったお袋は、煎餅に手を伸ばしながら言った。


「三人目のリアライザーでも見つかったの?」

「一応、その可能性が高い人物は」

「何よ何よ、話しなさいよ、和輝」


 次の怪物がいつリアライズされるかわからない状況でどうして明るくしていられるのかよくわからなかったが、お袋用のお茶を淹れた後、主に俺が赤坂このみのことを話した。


「なぁるほど。あの怪物は鬱憤の塊を吐き出した痰みたいなものなのね」

「あの怪物って……。見たことないだろ、お袋」

「ん? 言ってなかったっけ。この前会ったよ。着ぐるみみたいな奴」

「輝美殿! 大丈夫だったのですか?!」


「あぁ、うん。大丈夫。そんなに大きくなかったし、圧縮したからもう暴れることもないし。そんなことより、その赤坂このみちゃん? って子、和輝はどうするつもりなの?」

「そんなことって……」


 あっさり言うが、エルやソフィアが身体を両断しても死ななかった怪物だ。お袋がどう対処したのかものすごく気になったが、俺はそれを問うことはできなかった。


 お袋が向けてくる視線。


 俺が漫画家を始めるときにも、辞めるときにも、決意を問われたときに向けられたことがあるのと同じだったが、そのときよりもさらに深く、俺の心をえぐるような、見通すような鋭さを持ちながらも、口元の笑みとともに、どこか楽しんでいる雰囲気があった。


 笑みがありながらもぴりぴりした雰囲気を漂わせるお袋に、俺だけじゃなく、エルも、千夜も、ソフィアも、口元を引き締めて俺に視線を向けていた。


「倒すの? その子を。いざとなったら殺す?」

「……そんなつもりはないよ。できれば話し合いで決着をつけたい」

「そんな悠長なこと言ってられない状況になる可能性もあるのよ。いま聞いた状況だと、もし次このみちゃんがリアライズプリンタで怪物を生み出したら、これまで以上に強大な力を持ってる可能性が高い。そのときは、どうするの?」


「そのときは――」


 お袋の視線から逃れ、俺は俯いてしばし考える。

 でも、考えるまでもなかった。答えは最初から俺の中にある。


「怪物は倒す。でも赤坂さんは殺さない。リアライズプリンタを怪物を生み出すために使わないように話す。彼女を、救うためにも」

「良く言った! もー本当、根暗でオタクで引きこもりで、どーしようもない奴に育っちゃってるなぁ、と思ってたけど、そういうところはワタシの息子ね! よしよし。ワタシはワタシでやれることやってくるから!」

「何するつもりだよ」


 嬉しそうな笑顔で椅子から立って、椅子の背に掛けていたコートを羽織るお袋。


「まぁー、大人には大人にできることってのがあるの。それと、あんたたちはできたらいまのうちに眠っておきなさい。動きがあるとしたら、早くても夜でしょうから」

「何か夜にあるんですか? 輝美さん」

「んー。勘、かな。さほど根拠はないけど。夕食はワタシが美味しいの調達してくるから、準備しなくていいよ。もし動いてないとやってられないなら、ケーキつくっておいて。ひと仕事終わった後にワタシが食べるから。できるだけでっかくて美味しいの、よろしくね」


 矢継ぎ早に言って、お袋は家から出ていってしまった。


「な、んなんだろうな、輝美殿は」

「さぁ……」


 お袋がこれから何をするつもりで、これまで何をしてきたのかわからなったが、何となくだけど、任せておけば安心だと思えた。

 立ち上がった俺は、みんなの顔を眺めて宣言する。


「とにかく、赤坂さんのことは明日だ。動きがあるならすぐに動けるようにしておくこと。それと、お袋の要請だ、ケーキをつくる。ソフィア……、と千夜とエルも、手伝ってくれ」

「――%$#」

「んっ」

「わかった。手伝おう」


 俺の号令に、三人はそれぞれに笑みを浮かべて立ち上がった。


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