先輩、好きって言ってもいいですか
モコモコcafe
第1話 プロローグ
富士山のふもとにある冬の湖のようだと思った。
水面に映る静かにたたずむ富士、澄んだ空気に遠く聞こえる水鳥の羽音。朝焼けの匂いに焼けつくような冷たさ。
先輩が弓を引き絞った瞬間そんな情景が頭の中に浮かんだ。
——全国大会、私たちの学校が今まで拝んだことのない景色がそこに広がっている。
先輩の隣に並ぶ人たちも県大会を勝ち進んできた猛者たちばかりで、どこか次元の違う存在のように思える。先生にもしっかり見ておけと興奮したようすで言われた。
けれど私にはそれらすべてがどうでもよかった。
私は先輩が弓を引き絞るその姿を、この眼で見つめていたかった。
先輩のすり足が好き、先輩の歩き方が好き、先輩の静かなたたずまいが好き、先輩の弓を引く姿が好き、先輩の
その全部を永遠に味わっていたかった。
網膜に焼き付けて保存してしまいたいとすら思う。
けれどその幸せな時間はあっという間にすぎてしまう。
先輩が矢を放ち、湖畔に浮かんだ水鳥が声を上げてその場で絶命する。
それで万にも秒にも感じた時間は終わった。
的を射抜いた後も先輩は真剣な表情を決して崩さない。波紋一つない湖のような凛とした表情で静かに先を見つめていた。
先輩はいつだってそうだ、普段の練習で的を射抜いた時も、県大会優勝を勝ち取った時も、舞台に居るときはピクリとも表情を動かさない。
きっと先輩の見つめる先には的も矢も鳥も、私でさえいないのだろう。
そんな先輩が私は好きだ。
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