メスガキくえすと♡4~わからせし者たち~

伊勢池ヨシヲ

第1話 プロローグ

「こんざこ~♡」


 ある日の夕方、ハロワからの帰り道。背後から唐突にそう声を掛けられた。


 振り向くとそこに、目にも鮮やかな朱色のランドセルを背負った一人の女の子が立っていた。


 年の頃は小学校5~6年生くらいだろうか。


 夕陽を受けてキラキラと輝く銀色の長い髪に、すっきりと目鼻立ちの整った白い顔。そこに赤い瞳が怪しく光っている。


 見た目的には俺にとってドストライク。SSR級……いや、UR級の可愛さだ。


「こんざこ~♡」


 女の子は俺に向かって再び声を掛けてきた。


 どことなく侮蔑を含んだその笑みに、なぜだか心がざわざわっとしてくる。


 ていうか、こんざこって何だこんざこって。


「ねぇおじさん♡ こうしてあたしが挨拶をしているのに返事はないんですか~?♡」


 髪の色や顔立ちからして見事なまでの洋ロリなのだが、女の子が話す日本語はとても流暢だ。


「挨拶をされたら挨拶を返すのは人として最低限のマナーですよ~♡ あ、でもおじさんって氷河期なんでしょ?♡ じゃあ人以下か~♡」


 な、何だこのガキ……。


 俺は直感的に、こいつは紛れもないメスガキだと確信した。


 そしてそれと同時に、俺は非常にマズい状況にあることを思い知る。


 最近の学校では、登下校時などで不審な人物と遭遇した場合、相手の機先を制するために、児童の方から積極的に挨拶することを指導しているらしい。


 つまり、こうして挨拶をされたということは、俺はこのメスガキ……もとい、この女の子から不審者認定されたということになるのだ。


 まぁ平日のこんな時間帯に、いい年こいたおっさんがうろうろとしていたら、そう思われても仕方がないことなのだが。


 それにこのご時世、氷河期世代強制排除法というイカれた法律なんてのもある。


 通称氷排法と呼ばれているこの法律は、社会のお荷物となった氷河期世代の救済と再生を断念して、彼らを強制的に異世界へと送致するものだ。


 無職で童貞、引きこもり歴30年以上の子供部屋おじさんである俺などは、この法律によっていつ排除されるかわかったもんじゃない。


 そうならないためにも、不審者と思われるような行動は厳に慎まなければならないのだ。


「ねぇねぇおじさん、シカトですか~♡ それとも、氷河期なのにもう耳が遠くなっちゃった~?♡」


 気がつけば、女の子は俺のすぐ目の前にまでやってきて、何やら底意地の悪そうな笑顔をして覗き込むように見上げている。


 マズい。もしこの状況を誰かに見られでもしたら、俺の方からこの女の子に近づいて話しかけたと思われてしまう。


 そうなる前にすぐにでもここから立ち去らなければ……。


「あたしが何度も挨拶しているのに返さないって、おじさんはもう不審者確定だね♡」


 そう言うと、女の子はランドセルの肩ベルトにぶら下げてある防犯ブザーのピンに手を掛けた。


「これ、引っ張ったらどうなるのかな~?♡ おじさんの人生終わっちゃうかも♡」


 女の子はニタっとした笑みを浮かべながらゆっくりとピンを引きはじめた。


 ま、待て! ここでそれを鳴らされたら俺の人生は本当に終わってしまう!


「ちょ、ちょっと待ったあああ!」


 俺は叫びながら手を伸ばそうとしたその時、女の子はすうっとその場に倒れ込んだ。


 ――!?


 よく見ると、仰向けに倒れた女の子が白目を剥いて痙攣を起こしているじゃないか!


 慌てて女の子の顔に耳を近づけてみると、どうやら呼吸をしていない。


 やがて顔から血の気が引いて青白くなり、ついには痙攣すらしなくなった。

 

 女の子の手首を取ると脈拍も止まっている。つまり、心肺停止ってことなのかこれ!?

 

 ヤバいヤバいヤバいヤバい!


 俺は慌ててその真っ平ら胸に両手を乗せて心臓マッサージを試みる。


 だが、これまでそんなことをした経験なんかないので、当然だが脈拍は戻らない。


 どうする……。救急車を呼ぶべきか?


 いや、待てよ。それじゃあ間に合わないかも知れない。


 それに救急車を呼んだら、それと同時に警察もやってくるに違いない。


 そうなれば、詳しい事情を説明したところで絶対に信じてくれはしないだろう。


 何なら氷河期おじさんである俺のせいにされてしまうはずだ。


 それは絶対に避けなければならない。


 ふと辺りを見回すと、すぐ目の前に公民館らしき建物があり、そこにAEDが設置してあるようだ。


 これしかない!


 俺はすぐさまそれを取ってくると、フタを開けて起動させる。


 すると、音声ガイダンスが流れてきた。


「胸を裸にして、AEDのフタから四角い袋を取り出してください」


 む、胸を裸にしろ……だと!?


 電気ショックを行うためには、上半身を裸にして胸と脇腹にパッドを取り付けなければならないようだ。


 ゴクリ……。


 今は一刻を争う緊急事態だ。


 け、けけけ、決してよこしまな気持ちで女の子の服を脱がせる訳じゃないんだからなっ!


 これは一人の幼気いたいけな命を救うためのやむを得ないことなのだ!


 俺は自分自身にそう言い聞かせるものの、湧き起こってくる興奮を抑えることができずに鼻息が荒くなる。


 まずは女の子の服を脱がせるべく、チェック柄のプリーツスカートの中に手を入れた。


 あ、こいつはうっかりだ。胸を裸にすべきなのに、思わずパンツを脱がそうとしてしまった。


 あぶないあぶない。


 気を取り直して、俺は女の子が着ているブラウスのボタンをゆっくりと外していく。


 すると、その中に着ている純白のソフトブラが露わになった。


 この下には、穢れのないまっさらで平坦な大地が広がっているのか……。


 俺は高鳴る鼓動を抑えて、ソフトブラに手を掛けたその時――。


 方々からけたたましいサイレンの音が鳴り響いてきた。


 音からすると、これは救急車ではなくパトカーのサイレンだ。


「おまわりさん! あそこです、あそこに女の子にいたずらしている不審者が!」


 振り向くと、近所のババアが俺の方を指さして叫び声を上げていた。


「何やってんだコラァ!」


 パトカーから飛び出してきた複数の警察官がこっちに向かって突進してくる。


「え? あっ、いや、お、俺はその……心肺停止したこの子を助けようとしてただけで……はっ!?」

 

 俺は慌てて女の子に視線を移すと、さっきまで意識を無くしていたはずなのに、目を開けてニタァっと不気味な笑みを浮かべているじゃないか!


 ちょ、ど、どういうことだ!?


 考える間もなく、俺は警察官によってたちどころに制圧された。


「えっ、ちがっ! お、俺はその子を助けようとしたんだってば!」


 警察官にねじ伏せられながらも俺は必死に言い訳を……いや、事実を主張する。


「ふぇ~ん! そのおじさんにいやらしいことされたぁ!」


 起き上がった女の子が泣き叫びながら警察官の元へ駆け寄った。


 だが、警察官に抱きつきチラリと振り向いた女の子は、舌を出して底意地の悪い笑みを浮かべる。


 ……ハメられた。


「詳しいことは署で聞くから観念しろ!」

「いえっ、本当に違うんです! 俺は心肺停止していたあの子にAEDを使おうとしていただけなんです!」


 俺はもがきながらも警察官に真実を訴える。


「おい、暴れるな! 大人しくしろ!」

「おっ? 何だなんだ、抵抗するのか!? なぁこれって、改正氷排法に抵触するよなぁ?」

「あぁ、どうせしょっ引いたところで強制送致になるんだ。めんどくせーし、今ここでヤっちまおうぜ」


 そう言って、警察官の一人が下卑た笑みを浮かべてホルダーから拳銃を取り出すと、俺のこめかみ辺りに突きつけた。


 おいおいおい! う、嘘だろっ!?


 そういえば、少し前に氷河期世代強制排除法が改正されたとかで、現場で警察官が必要と判断した場合、対象者をその場で排除できるようになったのだった。


 そんなのはただのデマだろうと思っていたのだが、この警察官らを見ると、どうやら本気で俺のことをヤるつもりだ。


「異世界へいってらっしゃーい」

「や、やめろおおおおおお!!」


 ――パンッ!


 意識が途切れる瞬間、視界に入った女の子がニヤッとしながら微かに唇を動かしていた。


 その動きから「ざ~こ、ざ~こ♡」と読み取れた。


 あんのメスガキ……。いつか絶対にわからせてやる!

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