第23話 ちょっとずつ、大人になっていくんだね
高校の志望校を決定した私は、翌週の月曜日、早速担任の先生に伝えることとした。
「先生、ちょっといいですか?」
帰りのホームルームの後、私は担任の先生に声をかけた。
「おぅ、小寺さん。どうしました?」
「進路のことでお話したいことがありまして……」
「それなら、職員室に来てもらおうかな。5分後くらいに。それでも大丈夫ですか?」
「はい!」
私は笑顔で返事をすると、頃合を見計らって職員室へ向かった。
「失礼しま~す。3年B組の小寺えり子です」
私が職員室へ訪ねていくと、職員室の一角の進路相談ブースに案内された。
「さて、お話を伺いましょうか」
先生はそう言ってにこやかに切り出した。
「はい。先日の三者面談の時に、先生に『村上光陽高校』をご紹介いただきまして、その後家族と話し合った結果、やはり『村上光陽高校』を第一志望にしようと決めました」
「うん、良いと思うね。あの高校は進学校だし、校風も恐らく小寺さんのような真面目な生徒さんに合っていると思いますよ」
――おじょ? 私が真面目?
私はそう思いつつも、改めて担任の先生に支持を受け、笑顔で答えた。
「はい、ありがとうございます」
「確か、村上光陽高校は吹奏楽部も盛んだったはずだよ。高校に行っても、楽器続けるんでしょ?」
担任の先生にそう言われ、私はハッとした。志望校の決定に際し、部活の事は全く考えていなかった。
「はい」
私はとりあえず曖昧のまま、返事をした。
その日の帰り道、私はひとり呟いた。
「部活かぁ……」
もし私が高校生になってまた吹奏楽部に入ったら、どんな毎日が待っているのだろうか?
当然そこには誠也もいない。全然知らない人たちと、数か月後には一緒にトランペットを吹く。そんな日が来ることを私は全く想像できなかった。
折角お父さんに買ってもらったトランペットだ。もちろん大切にしたい。
全く新しい環境でまた楽器を始める。
――うん、それも良いかも♪
その日の夜、塾の帰り道。私はいつものようにみかんと一緒に帰ってきた。
久々にいつもの公園で少しおしゃべりになった。
「みかん、あのね。私、志望校決めたよ」
「お! どこにしたの?」
みかんが興味津々に私の答えを待つ。
「うじゅ。えっとね、ちょっとハードル高いけど、『村上光陽高校』にしたんだ……」
私が少し、はにかみながらそう答えると、みかんはパッと表情を明るくした。
「そっか! えり子ならきっと大丈夫だよ! 最近、勉強も頑張ってるしね」
「うにゃ~、正直、相当頑張らないとだけどね~」
「でもさ、村上光陽って、吹奏楽も結構強いよね」
――やっぱりみんなも、部活の事調べて高校選んでいるのかな?
私は全く部活を考慮していなかったので、少し驚いた。
「うじ。そうみたいだね」
「もちろん、高校生になっても続けるでしょ?」
「うじ! もちろん」
私は思わずそう答えた。でも多分、正直な気持ちだった。
「みかんは? もう第一志望決めたの?」
今度は私がみかんに尋ねると、みかんは少し困り顔で答える。
「う~ん、まだ迷ってるんだけどね。今のところは『北葉大付属』かな~」
「おじょ~! 大学の付属高校もいいよね!」
私は改めて思った。来年の春には、みんなバラバラの高校へ行くんだと。
ずっと部活で一緒だった、みかんも、唯も、そして誠也も……。
「あれ、えり子、どうした?」
みかんが驚いて私に声を掛ける。
どうやら私は、無意識に涙を流していたみたいだ。
「うじゅ~、なんかみんなとバラバラになっちゃうと思ったら、急に寂しくなっちゃった~」
泣きながらそう言う私を、みかんは優しくハグしてくれた。
「大丈夫だよ。みんなそれぞれの高校に行っても、いつでも会えるよ」
♪ ♪ ♪
翌日以降、私は今まで以上に気合を入れて勉強に励んだ。放課後、月・水・金曜日は塾通い、その他の日は家で勉強。
もちろん、お父さんからアドバイスされたように、気分転換も図りながら。
夜、寝る前に天気図を描くのもすっかり習慣になった。以前の勘を取り戻し、スムーズに天気図を描く。そして実際の天気と見比べたり、明日の天気を予想したりするのが、とても楽しかった。
この頃から私は、雲を眺めるのも好きになった。毎日何気なく眺めている雲も、決して同じ形のものは無い。
私の受験勉強の毎日も、一見単調に見えて、日々いろんなことがある。そうやって、私はまた少しずつ、生活に彩を取り戻していったのだった。
街はもうクリスマス一色だった。華やかなイルミネーションを見る度、去年の光景を思い出す。
誠也と行った水族館、観覧車からの景色、そして初めてのキス……。
今は不思議と冷静に、懐かしく思い出すことが出来た。
12月に入ると、本当に慌ただしく、あっという間に月日が流れて行った。
「よし、これでおっけ~」
12月20日。私は村上光陽高校への出願を済ませた。受験日は1月18日。年をまたぐから少し感覚がバグるが、受験までいよいよ1か月を切った。
学校の実力テストや塾の模擬テストなどを受ける度に、私は成績を上げていき、いよいよ村上光陽高校も射程圏内に入ってきた。
奇跡のⅤ字回復に学校の先生も塾の先生も驚き、そして褒められたが、私は気を緩めることなく、ますます勉強に励んだ。
12月23日、金曜日。今日は年内最後の登校の日だった。前期・後期の2期制をとっている私の学校では、2学期の終業式に相当するものは無い。学年集会とホームルームが終わった後は、すぐに解散となった。
「みんな~、よいお年を~」
「お餅食べ過ぎるなよ~」
そんな会話を交わしクラスメイトと別れた私は一人、廊下を進んでいった。
みかんには「先に帰ってていいよ」と言ったが、「待ってる」と言ってくれた。
廊下の突き当りまで来ると、私は誰もいない階段を昇っていく。そして私はその階段の一番上までたどり着くと、ドアを開けて屋上に出た。
気温は低めで、少し肌寒い。
上を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。
どこまでも広がる、透き通るような青。あの日、この場所で、この空から突然「好き」が降ってきた。
私は海側へ回る。
今日もこの場所は、かすかに潮の匂いがする。少し先に海が見え、そして遠くには今日も、富士山がきれいに見えた。
私は制服のポケットからスマホを取り出すと、ミュージックプレーヤーを開き、曲を流した。
アメイジング・グレイス――素晴らしき神の恵み。
誠也が私に教えてくれた、この曲の意味。
かつては見失っていたものが、今ははっきりと見える。
神を信じ、神が恐怖から解放してくれる。
私は一雫の涙と共に、自然と言葉が出てきた。
「誠也、ありがとう」
あの日、誓った想いは叶えることが出来なかったけど、私は今、未来に向かって再び歩き始めた。
♪ ♪ ♪
翌日から冬休みが始まった。休みと言っても学校が無いだけで、受験生である私は、毎日塾へ通い、冬期講習を受けた。
それでも、クリスマスイヴの今夜、小寺家では例年通りクリスマスパーティーが開催された。
「姉ちゃん、そろそろ準備出来るよ~」
夕方、部屋で勉強をしていると、啓太が私を呼びに来た。
「うじ~! 今行く~」
私はキリの良いところまで問題を解いた後リビングに向かうと、パーティーの準備がちょうど出来たところだった。
私の大好きなハンバーグに、啓太が好きなフライドチキン。そして、テーブルの中央にはお父さんが都内の有名なお店で買ってきてくれたクリスマスケーキが置かれている。
「おじょ? デジャブ?」
私は思わず笑った。
「何、毎年同じメニューで飽きたとでも言いたいの?」
そう言ってお母さんが笑う。
「ううん、ハンバーグ好き~」
そう言って、私は席に着く。
「じゃ、そろそろ始めようか」
そう言って、お父さんがケーキのロウソクに火をつけ始める。
私がリモコンで電気消すと、家族の笑顔がロウソクの柔らかい炎に灯される。
この一年、本当にいろんなことがあったけど、また今年も同じ笑顔が揃っていることに、私は思わず感極まって涙が出た。
「お、どうした、えり子」
お父さんにそう言われ、私は泣きながら答えた。
「うじゅ~。ごめん。なんかさ、この一年、みんなにホントに迷惑かけてさ、それでも、今年もこうしてみんなで笑顔でクリスマス迎えられてさ、なんか凄く、幸せだな~って……」
私がそう言うと、お母さんも少し涙を流しているように見えた。
「えり子は今年も、とっても頑張ったもんな」
お父さんがそう言うと、啓太が私の肩を優しく撫でてくれた。
「うじ。ありがとう」
「よし、じゃぁ啓太、ロウソク吹き消せ!」
お父さんがそう言うと、啓太が一気にロウソクを吹き消した。
一瞬で真っ暗になり、皆で拍手をしたあと、私は再びリビングの明かりをつけた。
「啓太、一息ですごいな」
お父さんが感心してそう言うと、啓太は誇らしげに言った。
「俺、吹奏楽部だから!」
その一言にまたみんなで笑った。
今年も小寺家のリビングに、ロウソクの消えた後の匂いが漂う。
私の好きな匂い。
私はその匂いを楽しむかのように、鼻をすすって、吸い込んだ。
「これも、忘れてないよな!」
そう言ってお父さんがおもむろにシャンパンのボトルを取り出す。
我が家のクリスマスに欠かせないもう一つのイベント、シャンパンの開栓だ。
「今年はまず、えり子の合格を祈念して、えり子に開けてもらおうかな」
そう言って、お父さんは私にシャンパンのボトルを渡してきた。
「うじゅ~、これ緊張するんだよね~」
涙もすっかり乾いた私は、お父さんからボトルを受け取ると、栓を止めている針金をくるくると回して外し始めた。
「なんか、お姉ちゃん、段々慣れてきたんじゃない?」
そう言ってお母さんが私の作業を見守る。
「もう、この道10年ですからねぇ~」
私は少しおどけて、ボトルを啓太の方に向ける。
「ちょ、怖い、怖い! 姉ちゃん、俺の方向けるなって!」
私はボトルを真上に向けなおすと、少しずつコルクをずらしていった。
「ポン!」
小気味の良い音がして、無事シャンパンが開栓した。
同時にみんなの拍手が響く。
「ほい、どーぞ」
私はそのままお父さんのフルートグラスに注ぐ。
「なんか、えり子に注いでもらえると、ちょっとお父さん嬉しいなぁ」
そう言って、お父さんは少し照れ笑いした。
「お母さんもね」
次いで、私はお母さんのグラスにも注ぐ。
「あら、ありがとうね」
「じゃ、次はえり子と啓太の分だな」
そう言ってお父さんは、今度はシャンメリーのボトルを出してくれた。
「こっちは、啓太、やるか」
お父さんが啓太にボトルを差し出すと、啓太は言った。
「いや、今年は折角だから姉ちゃんに開けてもらおう」
「おじょ? 私が開けていいの?」
私は少し驚いて啓太に聞くと、啓太は笑っていった。
「おおう、頼むぜ」
――もう、なんでも「僕も、僕も~」と言っていた子どもじゃないんだな。
弟の成長を感じた私は、ちょっとくすぐったい感じがした。
「ポン!」
シャンメリーも無事栓が開くと、また皆で拍手をした。私が啓太と自分のグラスにそれぞれシャンメリーを注ぐと、ようやく宴の準備が整った。
お父さんが乾杯の音頭をとる。
「それでは、改めて、メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
私は早速大好きなハンバーグを取り皿に乗せた。
「頂きます」
改めて私は手を合わせ、ハンバーグをおいしく頂く。
時折大きな笑いも交えながら、和やかに進んでいったクリスマスパーティーだったが、食事が一段落してお母さんがケーキを用意しているとき、おもむろにお父さんが話し始めた。
「ここでえり子と啓太に、お父さんから大変重大な発表がありま~す!」
お酒のせいか、そうお道化て言うお父さんの「重大発表」に、私は期待が膨らんだ。
「おじょ~、なになに?」
「実はな、啓太が今年、中学生になっただろ?」
「お、おう」
怪訝そうな顔をする啓太をよそに、お父さんは話を続ける。
「そのため、今年から我が家には、サンタさんが立ち寄らないことになりました!」
「おじょ~!」
「えーっ!」
私たちが同時に叫ぶと、お父さんは「まぁまぁ」と言いながら、手で私たちをなだめる仕草をする。
「その代わり、『国際サンタさん協会』から、えり子と啓太にはお金を預かった。今年からは、これで好きなものを買いなさいってさ」
そう言って、お父さんは私にクリスマスのデザインの封筒を手渡してくれた。
「ほえ~、ありがとう!」
私が封筒を受け取ると、お父さんが言った。
「お礼は、お父さんじゃなくて、サンタさんに、だぞ」
そう言って、お父さんは笑った。
私は毎年、クリスマスの朝に啓太とお風呂場にプレゼントを見に行くのが楽しみだった。
それが今年はついに「お小遣い制」となった。
こうやって、私も啓太も、ちょっとずつ子どもから大人になっていくんだね。
そう思うと、ちょっぴり寂しい感じもした。
笑いあり涙ありのクリスマスパーティーが終わり、私は自室に戻った。
日課である天気図を描き終えると、まもなく日付が変わろうとしていた。
明日は12月25日、誠也の誕生日だ。
もちろん私は、去年のようにメッセージを送る用意をしているわけでもなかった。
それでも、日付が変わる瞬間、私は心の中で呟いた。
――誠也、お誕生日おめでとう、と。
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