第11話 悲劇のヒロインにはなりたくない!
元日に
同時に部活動も再開となったが、オフシーズンのため、水・土・日そして祝日はお休みで、練習があるのは週4日。しかもこの時期の最終下校17時まで。私は折角、誠也と一緒に楽器が吹けるのに練習時間が少なく、非常に不服だった。
新年も私の周りでは穏やかな日常が流れて行った。年が明けて変わったことと言えば、これまで学校帰りはみかんと2人だったが、そこに誠也も加わって3人で帰るようになったこと。
そして、私は俄然、気象に興味を持ち始めたことだ。
毎日ラジオ又はYouTubeで気象通報を聴いて、天気図を書くのが日課になった。
初めのうちは観測地点も覚えられず、また経緯度で読み上げられる低気圧や高気圧の位置を探すのに至っては、まるでカルタ取りの様相であった。
それが2週間も経つと、前日の天気図が頭に入っているので、低気圧や高気圧は読み上げられる前に自然とペンがその位置に来るようになるまで上達した。
さて、正月気分もすっかり抜けた1月23日、日曜日の昼下がり。私は誠也の家へ遊びに来ていた。
誠也の家へお邪魔するのは、もう3度目。本当は私の家にも招きたいのだが、弟の啓太と同じ部屋であるため、なかなか実現できずにいた。
誠也の家へ遊びに来ると、誠也がクラシックか吹奏楽の楽曲を聴かせてくれるのが定番となりつつあった。
今日、聴かせてくれたのはマスカーニ作曲の歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」。まずは楽曲を聴く前に誠也が曲の解説をしてくれる。
「この物語の主人公『トゥリッドゥ』には『ローラ』という恋人がいたんだけど、ローラはトゥリッドゥが戦争に言っている間に、別の「アルフィオ」という男性と結婚してしまうんだ」
「うぎゃ、最低ー」
眉間にしわを寄せる私に、誠也は続ける。
「トゥリッドゥはその後、『サントゥッツァ』という女性と付き合い始めるんだけど、嫉妬深いローラは人妻にもかかわらず、再びトゥリッドゥに近づいて、逢引を重ねるようになるのさ」
「うにゃ~! 許せない!」
「これを知ったサントゥッツァは、ローラの夫・アルフィオにチクるんだよ」
「うじ。当然よ!」
「ところが、それを聞いて怒ったアルフィオは最後、トゥリッドゥを殺してしまうってお話」
「うじょ~、最悪!」
私は露骨に嫌な顔をする。
「まぁ、サントゥッツァが告げ口をしたことに後悔しても、後の祭りってね。じゃ、早速聴いてみようか。指揮は『ヘルベルト・フォン・カラヤン』だよ」
全てを聞くと1時間半近くかかるということで、誠也がいくつかの楽曲をセレクトして聴かせてくれた。イタリア語が分からないので歌詞の意味は分からないけど、さっき誠也が教えてくれたストーリーをものすごく的確に、そして美しく表現しているように感じた。特に女性の悲鳴に似た歌声が響くラストは、思わず鳥肌が立ってしまった。
聴き終わって、美しい音楽には癒されたが、やはり私はストーリーには納得がいっていなかった。
「結婚するほど好きな人がいるのに、そんなに簡単に浮気できるものなの?」
「それは知らないけど、大体オペラってそう言うのが多いよね」
そう言って苦笑する誠也に、私はなんだか肯定されたような気がしてついムキになる。
「うじょ~! じゃあさ、誠也は私と付き合ってても、例えば高校が私と別々になったら、
「なぜ突然の結奈?」
誠也は私があまりにも真剣な顔をしているせいか、驚いた表情をする。
「例えばの話」
「……例え話が生々しいんだよ」
「生々しいってどういうこと?」
私がそう言うと、誠也はため息をつきながら答える。
「……俺だってバカじゃないんだから、なんとなく結奈の気持ちにだって気付いているさ」
それを聞いて私は一瞬怯む。
「え……、そうなの?」
「あぁ」
私は頭を抱えて言う。
「もげぇ~、『サントゥッツァ』の気分だ~」
「どういう意味?」
「言わなきゃよかったって」
「あのなぁ」
誠也は呆れ顔でそう言うと、私は顔を上げて改めて誠也に問う。
「で、結奈ちゃんのことはどうするの?」
「どうするもこうするも、どうしようもないだろう。告られてもないのに振るわけにいかないし」
「例えば、ちょっと優しくするの止めるとか」
「……別に彼女にだけ特別優しくしてるわけじゃないし」
誠也の言うことは正論だけれども、幼い私はどうも納得がいかない。
「でも、結奈ちゃんは誠也のこと好きなんだよ? 誠也が今のままだったら、結奈ちゃん、誠也の事どんどん好きになっちゃうんだよ?」
「いや、俺は今こうして、えり子と付き合ってるんだし、別にえり子のこと振って結奈と付き合うつもりはないし……」
「結奈ちゃんは私と誠也が付き合ってること知らないじゃん!」
「そりゃ、そうだけど……」
「それにさぁ、そんなこと言ったって、『トゥリッドゥ』は……」
「俺は『トゥリッドゥ』じゃねー! 一回、カヴァレリアから離れろよ」
誠也に強い口調で言われ、私は少し冷静になった。
「うじ。……ごめん、私、今、すっごく可愛くないね」
「まぁ、結奈の事が気になるのは分かるけどさ、結奈は俺たち二人にとって大事な後輩だろ?」
「……そうだね、ごめん」
私はくだらない嫉妬心を晒したことで、誠也に嫌われてないか、急に不安になった。
「ねぇ、そっち行っていい?」
「え? あぁ、良いけど」
私は誠也の左側に座ると、ピッタリとくっついて、深く息を吸う。
「こら、匂いを嗅ぐな、変態!」
そう言いながらも誠也は私を受け入れてくれることに安堵した。
「うじゅ~、だって、誠也っていつもいい匂いするんだもん」
「アレだろ、柔軟剤の匂いとかだろ?」
私は左手を誠也の右手に絡めながら言う。
「ねぇ、誠也」
「なに?」
「さっきは……ごめん。誠也の事、信じてないわけじゃないけど、ちょっとだけ心配になっちゃった。でも、私、悲劇のヒロインにはなりたくない!」
それを聞いた誠也は、苦笑しながら言う。
「俺だって付き合い始めて1か月で殺されるのは御免だ」
私は誠也の左腕にピッタリと頬を寄せながら呟いた。
「そっか、もう1ヶ月か……」
今も、私の左手と誠也の右手が当たり前の様につながっている。
ほんの1か月前には考えられなかったこと。
じゃ、1か月後は?
「あっ!」
私は突然誠也の腕から離れると、誠也は驚いて言った。
「どうした、急に?」
「もうすぐ、バレンタインじゃん!」
楽しいことを思い出して表情を明るくする私に、誠也は冷静に言う。
「でも、2月17日から期末試験だぞ?」
「でも、その前にバレンタインじゃん!」
誠也はため息交じりで言った。
「まぁ、えり子がそう言ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんとテスト勉強もしなくちゃだめだよ?」
「わかってるって! その辺は大丈夫!」
――私は新たなイベントを見つけ、唐突にやる気モードのスイッチが入ってしまったのだった。
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