第11話 家族の支え
地方予選まで残り2週間。雅は一度壁にぶつかりながらも、それを乗り越え、新たな意欲で練習に励んでいた。しかし、次の予選に対するプレッシャーが心のどこかに残っていることを、雅自身も感じていた。そんな中、家族との時間が雅を救うきっかけとなる。
食卓での会話
夕食の時間、雅はいつものように黙々と食事をしていたが、どこか元気がない様子に気づいた母親が手話で話しかけた。
「雅、大会が近づいて緊張してるの?」
雅は少し考えてから、正直にうなずいた。
「練習はしてるけど、本当に勝てるかどうか、自信がないんです。」
その言葉に、母親は少し考え込んだ後、穏やかな表情で手話を返した。
「雅、あなたが走る理由って何だった?」
雅はハッとした。初めて走った日のことを思い出す。ただ風を感じ、自由を味わうことが楽しかった。音のない世界で唯一、解放感を感じられる瞬間だった。
「楽しむこと……だったかもしれない。」
その答えに、母親はうなずき、続けて言った。
「その気持ちを忘れないでね。結果はどうであれ、あなたが自分のために走ることが一番大切なんだから。」
父親からの励まし
翌朝、雅は父親から突然声をかけられた。
「ちょっと一緒に散歩しないか?」
雅は首をかしげながらも了承し、父親と家の近くを歩き始めた。風に揺れる木々や、遠くから見える田んぼが、静かな朝を演出していた。
「雅、覚えてるか?お前が小さい頃、運動会で走ったときのこと。」
雅は父親の顔を見つめ、記憶をたどった。確かに、小学校の運動会で走ったときのことを覚えている。そのとき、周囲の音は何も聞こえなかったが、ゴールしたときの母親や先生たちの笑顔が印象的だった。
「あのとき、お前は誰よりも嬉しそうだった。それを見て、俺もすごく嬉しかったんだ。」
父親の言葉に、雅は胸が熱くなった。音のない世界でも、彼女の走りが誰かの心に届いていたことを改めて感じた。
「雅、お前の走りは、音じゃなくて心で伝わるものだ。だから、もっと自信を持て。」
父親の力強い言葉が、雅の中の不安を少しずつ溶かしていった。
家族の応援
その夜、雅が練習ノートを広げていると、弟の翔が部屋に入ってきた。
「お姉ちゃん、次の大会、絶対勝つよね?」
翔の無邪気な言葉に、雅は少し笑って答えた。
「うん、頑張るよ。」
翔は嬉しそうに頷き、小さな紙を雅に手渡した。それは翔が描いた手作りの応援メッセージだった。そこにはこう書かれていた。
「お姉ちゃん、がんばれ!一番かっこいいよ!」
雅はそのメッセージを見て、涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえた。
「ありがとう、翔。お姉ちゃん、全力で頑張るね。」
家族の力を胸に
翌日、雅は練習に向かう足取りがいつもより軽いことに気づいた。家族がいてくれるという安心感が、彼女の中に新しい力を与えていた。
佐藤が練習の合間に声をかけた。
「いい顔をしているな。何かあったのか?」
雅は手話で答えた。
「家族が応援してくれてるんです。それがすごく力になってます。」
佐藤は微笑みながらうなずいた。
「その気持ちを忘れるな。走ることは、君だけじゃなく、君を見ている人たちにとっても大きな意味があるんだ。」
決意の新たな一歩
練習が終わった夜、雅はノートに新たな一文を書き加えた。
「家族のためにも、自分のためにも走る。」
地方予選はもうすぐそこまで迫っている。家族の支えと、自分自身の想いを胸に、雅は新たなステージへと踏み出す準備を整えていた。
音のない世界でも、雅の走りは確実に誰かに届いている。そのことを信じ、彼女は一歩ずつ前進していくのだった。
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