第6話 初めての勝利

夏の陽射しがグラウンドを照らす中、雅は全身で風を感じながらトラックを走っていた。次の地方大会まであと1週間。雅はスタートからゴールまでの一連の流れを磨くため、練習に打ち込んでいた。


「よし、いいペースだ!」

佐藤が手話で伝える。雅の練習は確実に成果を上げていた。スタートダッシュの反応速度は格段に速くなり、走りのフォームも無駄が減ってきた。


しかし、雅の心の中には小さな不安が残っていた。前回の大会で感じた悔しさ。自分が本当に勝てるのかという疑念。その不安を振り払うように、彼女は練習を重ねるしかなかった。


そして迎えた大会当日。晴天の下、雅は再びトラックのスタートラインに立っていた。


「落ち着け……練習通りにやれば大丈夫。」


佐藤が手話でそう伝え、雅の肩を軽く叩いた。悠馬も応援席から手を振って励ましてくれる。雅は深呼吸をし、自分に言い聞かせた。


「私は走れる。絶対に。」


スタートラインに立つと、旗を持つ審判の動きに目を集中させる。雅は緊張を振り払うように拳を握り、心の中でカウントダウンを始めた。


「3……2……1……」


旗が振られる瞬間、雅は全力で地面を蹴り、一気に前へ飛び出した。


スタートは完璧だった。旗の動きを捉え、練習通りのスムーズなダッシュを決めた雅は、他の選手たちよりも一歩リードしていた。


「いける……!」


風を切る感覚、地面を蹴る力強さ。全てが雅の中で調和している。足が軽く感じ、ゴールラインがどんどん近づいてくる。


そして――雅は他の選手たちを抑え、真っ先にゴールラインを駆け抜けた。


「やった……!」


雅はゴール直後、息を切らしながら立ち止まった。審判の合図を確認し、自分が1位になったことを確信する。


「雅!やったな!」


佐藤が駆け寄り、雅の肩を叩く。手話で「おめでとう!君はやればできるんだ!」と伝える。雅の胸の中に込み上げてくるものがあり、思わず涙が溢れた。


表彰台に立った雅は、1位のメダルを受け取る瞬間を心に刻み込んだ。音はないが、観客の拍手や歓声が視線や動きから伝わってくる。それは、今までにない達成感だった。


家に帰ると、母親が満面の笑みで迎えてくれた。雅が1位になったと聞いて、手作りのケーキを用意してくれていた。


「おめでとう、雅。本当にすごい。」


手話で伝える母の目には、誇らしさと感動の涙が浮かんでいた。雅はケーキを食べながら、自分が少しだけ成長できた気がした。


その夜、雅はノートに新たな言葉を書いた。


「もっと速く、もっと遠くへ。」


初めての勝利は、彼女に新たな目標と希望を与えてくれた。次はどんな挑戦が待っているのだろうか――そう思うと、雅の心は未来への期待でいっぱいになった。


音のない世界でも、雅の走りは確かに誰かに届いている。その思いが、彼女をさらに前へと押し出していくのだった。

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