僕が未来に行った日

アスパラガッソ

等価交換

 僕はその日、いつものように家から学校へ登校した後、三階の隅のもう使われていない物置きと化した教室で暇を潰していた。


 というのも僕には友達はおらず、強いて友達と言うのなら、隣の席の篠崎しのざきさんだけだ。


 そんな僕は他のサボり友達、いわゆる悪友と街で遊ぶなんて事が出来ずに、仕方なく授業がつまらなく感じ抜け出すと、決まっていつもその教室に忍び込み、家から持ち込んだ漫画を読んでいた。



 その教室は日当たりが悪く、僕の心理をそのまま表しているかのようなに、ただ乱雑に物が広げられていたりして、窓もところどころ割れているのか、段ボールで蓋をした状態で放置されており、かなりすさんだところだった。


 物置きとして使われている教室なので、足が壊れた机や椅子はもちろんのこと、いつの時代の物かも分からないような、何度も書かれ消されてきた石板なども置いてあり、そこだけ時間が進んでいるのか止まっているのかよく分からない、そんな様子の雰囲気が漂う教室が好きだった。


 一年の終わりにたまたま見つけたこの教室が、まさか三年の終わりまで使う第二の家のような存在になるとは、その時は思いもしなかったが、不思議と居心地の良いその教室だけが俺を温かく迎え入れてくれた。



 そうして日々が過ぎて行く中で、段々と見慣れない物が混じるようになってきた。


 まるで見た事の無い機械や、薄っぺらいタブレットのような物が目立つようになっていき、遂には古い物が段々と消えて行き、機械がその教室を半分埋め尽くしていた。


 時代は突然動くと言うのを聞いたことがあるが、これほどまでに昔と今が入れ替わる瞬間を目の当たりにしたことが無いとその時はただ愚直に感じていた。



 ある日僕はその物たちが入れ替わる瞬間を目にした。


 それは青白い光の中へ古い物が吸い込まれて、見た事も無い機械が教室に放り込まれているところだった。


 最初は自分の目を疑ったが、数日観察しているとそれは実際に現実に起きている事象で、更に物が入れ替わる周期が分かるようになってきた。


 そしてその周期を測ったノートに「入れ替わり周期日誌」と名付けてマジックで胞子に書き込み、それを使って更に観察を続けた。



 流石に授業をサボり過ぎたのか、先生が家へ電話を掛けて来ることがあり、先生は「しっかり授業に出た方が良い、学生の本分は学業だ」とそれらしい、よく聞く言葉をつらつら並べるだけであった。


 そうして不良の生徒を正そうと奮闘する先生とは裏腹に、僕の心はそれどころではなく、次々と新旧変わりゆく教室の光景をノートに書き留める事に夢中だった。



 入れ替わる物には一つ規則があった。


 それは入れ替わる物同士がどこかで同じ役割を持った物だということで、例えば最初に記録として入れ替わった物は石板であり、そして帰って来た物がタブレットのような物だったからで、それが決定的になったのにはある出来事が起因してくる。


 それはその日誌を付け始めて数日が経ったある日の事、丁度夕方のテレビでやっている教育番組で、等価交換というものの説明をやっていた。


 等価交換とは読んで字の如く、価値が同じ物を交換するというもので、今まで日誌を付けていた僕はそれを見て、学校のあの青白い光がそれを原理として行われているのでは無いかと疑い始めた。


 そしてもし仮に等価交換を原理に行われているものであるとしたのならば、それを一番簡単に見破れる方法があった。


 僕はすぐさま近所のスーパーに寄って、食パンとハム、レタスを買った。


 そして件の教室に先程買い込んだそれらを置き、一日一回正午になった瞬間に青白い光が出る事を突き止めていた僕は、それをジッと待っていた。


 そして時間が正午に達し、学校のチャイムがお昼の時間を知らせる為に鳴り出したその瞬間、僕の見立て通りに教室に青い光が満ち始めた。


 次にその光に向かって食パンなどを投げ入れると、すぐさまお返しとして茶色い紙袋が教室に投げ込まれた。


 その後光が収まったのを確認するとそれを拾い上げて開けてみた。


 中には薄い食パンが入っていた。


 間にはやけに赤いハムのような物と、着色料で染めたのかと思う程不自然に明るい緑色をしたレタスのような物が挟まっていた。


 それを手に取った僕は、恐る恐る口に入れると、予想外に美味しくビックリした。


 パン生地はパサパサして口の中の水分を容赦無く吸い尽くすが、レタスがバリバリと咀嚼されるとその中から水分が出て、瑞々みずみずしく水分を補給してくれる。


 ハムは歯ごたえが強く、間に挟まれたソースが口に入って来ると、鼻には胡椒の匂いが抜け、マヨネーズのような酸味が食欲を掻き立て、口の中に飲み込めきれてないサンドウィッチがあろうとも関係無く、次へ次へとパンを口の中に詰め込んであっという間に平らげたのだった。


 次の日の正午、僕はまたその教室にいた。


 そして昨日の実験を更にレベルアップさせた事を試してみることにした。


 それはその青白い光に僕が夜更かしして考えて書いた手紙を投げ込んでみるというもので、もし等価交換の原理で物が入れ替わっているのならば、その光に手紙を投げ込んでみれば、向こうにいるはずの物を投げ込む誰かが書いた手紙が帰って来るのではないかと考えたのだった。


 そして実際に手紙を光に投げ込んでみるのだが、いつもはすぐに帰って来る変換品が帰って来ず、なにも得られないまま光が収まってしまったのだった。


 そしてその日はいくら待っても光は現れず、教室に青白い光が満ちずに数日が経った。



 僕はいつものように授業をサボってあの教室へ行こうと、一限目の現代国語を受けた後、鞄を手に取り教室を出ようとしている最中さなか、隣の席の篠崎さんに「ちょっと」と呼び止められた。


 普段グループワークの際にしか喋ったことが無いので、篠崎さんに休み時間に話し掛けられたという事に対してビックリして反応が遅れたが、僕は冷静さを取り戻しつつ「どうしたの?」と返事をすると、篠崎さんは「笹木ささきくんっていつも授業を抜け出してどこに行ってるの?」と聞かれた。


 僕はいつも喋る相手がいなかったのと、たまたま篠崎さんとしかも女子と会話出来ると思って気が緩んでいたのか、それに対して「三階の隅のあの使われてない教室だよ」とつい口走ってしまった。


 そしてそれを喋った後にあの光が頭をよぎり、実験中に篠崎さんが来てしまったら周りに言い触らされてしまうのではないかと、自分の迂闊な発言に呆れてしまった。


 だが、現実はもう言ってしまった事である為に焦った僕は慌てて「篠崎さんは来ない方が良い」と更に迂闊な事を口にしてしまうのだった。

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