第16話  首都のスラム


 == 3日後 ==

 フォーラ王国首都『ルフイン』。

 郊外のスラム地区。


 あまり治安が良いとは言えないスラムの街を、セラとレイリーが歩いている。

 2人はローブを着込み、フードを深く被って顔を隠していた。

 埃っぽい古びた街中を足早に歩き、比較的温厚そうな人物を見つけては聴取を繰り返す。

 誰かを探しているようだった。


 歩き疲れて少し足取りが遅くなったセラを気遣い、レイリーが後ろを振り向きながら声をかける。

「……セラ様、お疲れではありませんか?

もしお困りでしたら、いつでもおっしゃってくださいね〜」

 

 問われたセラは、首を横に振って答えた。

「大丈夫です。

今日を逃したら、しばらく休日がないので、本日中に用事を済ませたいです。

休憩などしていられません」


 このように2人が基地を離れて、遠方の首都まで足を運んだのには理由があった。

 先日の艦橋要員の選定で、航空分析官となる有能な人材が得られなかったからだ。

 そのため、首都のスラムまで、リューゼンが心当たりがあるという人物を訪ねて来た。



「知ってるぜ」

 地元の少年が答えた。


 セラ達が探している者に、心当たりがあるようだ。


「その方がいる場所に、案内して頂けますか?

報酬はお支払い致します」

 交渉するレイリー。


 少年は「わかった」と答えて頷く。

 それから彼は先導して歩き出す。


 セラ達も足を早め、付いて行った。




 道中、レイリーが小声で話す。

「あの少年は若干、怪しく思います。

正確な情報を伝えているか、あるいは我々から金品を奪う強盗。

極端な2択だと存じます。

念のため、制霊に戦闘準備をさせたほうがよろしいでしょう」


 セラは黙って従い、ヘィスンに伝えた。


 この国、いやこの世界において、ヘィスンの演算力に勝てる制霊はいないに等しい。

 それは制剣の扱いについても同様で、護身能力が最強だとも言える。

 セラがこのような治安の悪い地域へ来られる理由は、制剣によって安全が確保されているからだ。




 ――――。

 しばらく歩くと、寂れて使わなくなったような倉庫が見えてきた。


「あそこにいるよ」

 少年が報告する。


 レイリーは彼に礼を言って、建物に近付いた。


 錆びた鉄扉に手を掛け、ゆっくりと開いて中に入る。

 セラも後に続いた。



 ――そこに、探し人はいなかった。


 倉庫にいたのは、ガラの悪い少年少女。

 それら十数人が2人を囲むように立っている。


 黙って様子を伺うセラ達の前で、リーダーと見られる女の子が一歩踏み出し、声を放った。

「アンタたち、身分が高いだろ。

いくらローブで隠そうとしても一目瞭然さ。

雰囲気が違うからねぇ」


 相手の話に耳を傾けつつ、視線を向けたまま、レイリーは小声を発した。

「セラ様、一介の民に神聖なるお力を振るってはなりません。

どうか、ギリギリまでお控えください」


「最初からそのつもりです」

 セラも同意する。


 密談する2人に対してイライラしたリーダーは、やや声を荒げて、脅迫するような言葉を発した。

「何を話している?

この状況が理解できないようなおバカじゃないよな?

金目の物を出せば無事に家へ返してやるから、さっさとよこせ」


 高圧的で無礼な態度。

 それを見たレイリーは、ヤレヤレといった表情をしてから、ローブに手を掛ける。

 前方に鋭い視線を飛ばし、進み出した。


 直後、豪快に脱ぎ捨てられたローブは宙を舞い、床に落ちる。

 衝撃で地面の埃が少し舞い上がり、風に乗って流されていく。


 ローブを脱いだレイリーの姿は、学校で見るものとは違っていた。

 天空教の修道服に似たようなデザインではあるが、動きやすいように設計された特別製の服だ。

 グローブとブーツには金属が埋め込まれ、近接戦闘に特化した装備なのが窺える。



「そのような横暴が通るわけないでしょう。

我々に触れようとすれば、むこう1週間は足腰が立たなくなる覚悟をして頂きます」

 彼女は警告しながら前進した。



 ――しかし、それを阻むように少年が立つ。

 リーダーの元へ到達するのを妨害するためだ。


 彼はレイリーを拘束するため手首を掴もうとするが、簡単に振り払われてしまった。


「……触れないようにお伝えしたはず」

 会話と同時に、彼女は少年の足を払った。


 瞬間、体勢を崩した相手の体が、ありえないくらいの大回転に陥る。

 空中で180度向きを変え、頭から地面に落ちた。

 あまりの出来事に受け身が取れず、彼はそのまま失神してしまった。


 レイリーがしたのは小さな動作の足払いだ。

 だが、敵への効果は絶大だった。

 それは偶然ではなく、彼女によって意図的に引き起こされた現象である。


 強者の所作を目撃し、リーダーは悟る。

「教会の奴かよ。

しかも、闘士じゃないか!

面倒な事になったな……」


 天空教には『闘士』と呼ばれる教徒がいる。

 その者達は近接戦闘のスペシャリストで、なるべく相手を殺さないように武器を使わず、己の体1つで相手を無力化する術に長けている。

 その中でもレイリーの能力はトップの中のトップと言えた。

 彼女がセラの護衛をしているのも、闘士として教会から信用されているからだ。



 レイリーの歩みを止めるため、無謀にも襲いかかってくる者もいた。


 その都度、床に倒れ負傷者が増えていくが、死者はいない。


「数など無意味。

危害を加えようとする者には、すべてに等しく地獄を見てもらいますが、覚悟はよろしいですか?」

 足がすくみ、戦えない者への脅し文句。

 不毛な争いを避ける思惑がある。


「こっわ……」

 眼前の惨状に、本音が漏れ出てしまうセラ。

 若干、引いているようだ。


 なぜレイリーが自分の護衛として配属されていたのか、今まで理解できなかった。

 実際のところ、学内が平和すぎて闘士としての職務をはたす機会が失われていたからだ。

 改めて感じるのは、彼女の異常な強さ。

 天師を守護するのにふさわしい能力である。


「闘士のお姉さん、今ちょっといい気になってない?

この場でアンタにかなう奴なんか誰もいない、ってさ。

……まあ、事実だけどな」

 リーダーの女の子は、次々に倒れる仲間を目にしてうろたえた。

 もはや、恨み節を口にすることしかできない。



 そのような彼女らの様子に、疑問を抱くセラ。

「これだけボコボコにされてるのに、なんで退かないんですか?」

 

 もっともな話だ。

 

 レイリーの影に隠れ、人形のように突っ立っていた彼女の発言に、リーダーが反応する。

「お姫様、ようやく口を開いたねぇ。

――なぜ撤退しないかって?

別にそんな事は、アンタらに関係ないだろ」


 どうやら、セラが高貴な身分に見えたようだ。

 最強の従者を引き連れている人物としては、妥当な推測かもしれない。

 それに、高い地位にいる者はスラムに住む人間にとって、忌避すべき存在である。


「何か、理由があるのでは?

よければ聞かせてほしいです」

 セラは敵対する相手に向かって、のんきに声をかける。


 だが、下層社会に不慣れな彼女の振る舞いが軟弱に感じられたのか、余計にリーダーをイラつかせた。

「うるさい、黙れっ!!

こっちにだって最終手段があんだよ!」


 最終手段。

 この集団の中でそれほど強く見えないリーダーの少女がもつ、他者を従えるための手段。

 仲間の中には、筋肉質で彼女よりも身体能力の高そうな少年が複数いる。

 それらを圧倒するには、ある程度の抑止力が必要だ。



 いったい、何なのか。

 彼女が手にした武器を見た瞬間、すぐに理解できた。

 

 人の限界を超えた動きをする一振りの剣。

 ――制剣――。

 他者を屈服させる異能の力だ。


「これが何か知ってるかい?

『制剣』って、言うんだけどさ。

民間にはほとんど出回らない、軍の秘密兵器なんだわ。

ちょっとした偶然がなけりゃ、アタイらなんかにゃ絶対に手に入らなかった代物よ」

 リーダーは得意げに語る。


 確かに制剣は脅威であり、彼女の態度が大きくなるのも当然と言えた。

 人間の力や反応速度では、制霊の扱う剣に対抗できない。



 目の前で静止している制剣を睨みながら、レイリーは口を開く。

「制剣でわたくしを倒すお考えでしょうか?」

 正直、この状況では愚問とも思える。


「逆に、鬼のような強さのアンタに、勝てる方法が他にあれば教えてほしいね」

 リーダーは即答した。


 形勢逆転。


 それでも、レイリーは退かずに歩みを進める。


「アンタ、馬鹿なのか??」

 戸惑いながらリーダーは後ずさった。


 そして――。


「どうなっても、知らないからな……。

いくよ!」

 彼女は制霊に命令する。


 即座に制剣は空を切り、レイリーに斬りかかる。


 それは目で追うのがやっと。

 あまりにも高速の剣技だった。



 ――――ところが。


 必中であるはずの制剣の大振りは、空を切った。


 レイリーには当たらなかった。



 その場にいた全員が声を失った。


 人間が制剣の攻撃をかわす。

 誰もが予想できなかった光景だ。



「嘘だろ……」

「レイリーさん……」

 相手リーダーとセラは同時に声をあげた。

 驚きのあまり、抑える事ができなかった。



 周囲の空気をよそに、レイリーは間髪入れずに走り出す。


 彼女の足は速く、一気にリーダーとの距離が詰まった。

 その間も制剣は絶え間なく攻撃を繰り出すが当たらない。


 ――そして、ついに到達。


 レイリーはリーダーを壁に叩きつけ。

 瞬時に相手の背後に回り込み、自分の背を壁に密着させた。


 彼女の体の前面には、動きを封じられて拘束技をかけられるリーダー。

 背面には建物の壁。

 いくら制剣であろうとも、主を盾にされ、攻めあぐねる状況がつくられる。


 レイリーはリーダーを締め上げながら囁く。

「あなたは先ほど、わたくしを『闘士』と呼ばれましたね。

申し訳ありませんが、少し訂正させて頂きます」


 彼女は続けて静かに語る。

「わたくしの職業は『対霊闘士』と申しまして、教会でも数えるほどしか存在せず、一般には知られておりません。

対霊闘士は制剣との戦闘に特化した闘術を使います」


 暴れるリーダー。


 拘束され、体はまったく自由にならない。

 一通り抵抗した後、彼女は諦めた。


「くそッ!」

 悔しさを表情に滲ませる。


 常に制剣に対して正面を向いているため、リーダーが妨げとなり、追加攻撃を繰り出す隙も許されなかった。


 制剣の動きを熟知している対霊闘士。

 世界で唯一、制霊の剣技に対抗できる存在である。

 レイリーは制剣の高速な攻撃パターンをすべて体得しており、いち早く行動できる。


「相手が悪かったようですね。

制剣に勝てる者など、滅多におりませんし。

……本当に不運でお気の毒です」

 それだけ言うと、レイリーはリーダーの首に手を掛け、締める。


 その後、すぐに彼女は白目を剥いて気絶した。


 ドサっと地面に、力を失った体が倒れ込む。

 糸の切れた操り人形のような光景だった。



 同時に、制剣も消滅した。


 黙って成り行きを見守っていたセラは、感心した様子で口を開く。

「――こ、殺してませんよね?

主人が気を失うと、制霊も無力化するんだ……」


 制霊はパートナーの意識がなくなると同時に、活動を停止する。

 セラは知らなかったが、レイリーは当然の知識として心得ていた。


「おっしゃる通りです、セラ様。

ですから、護身にもお気をつけください~」

 彼女は助言する。

 セラにも当てはまり、知っておいて損はなかった。



「それにしても、レイリーさんは強すぎだと思います。

教会は私のために、文字通り最強の護衛をつけていたのだと、今になって理解しました」

 もっともな感想を述べるセラ。


 ある意味、これは褒め言葉だ。

 しかし、レイリーは素直に受け止めていない。

「わたくしの力など、使う機会がないほど安全だという証左。

そのほうが望ましい事だと存じます」



 場が落ち着いて――。


 レイリーは周囲の強盗団の残党に対し、声を張って呼びかける。

「では改めまして、この中に『ダット・レイオルグ』様の居場所を、ご存知の方はいらっしゃいませんか?」


 怯えながら見守る少年少女の一団。


「…………」

 誰も答えようとしない。


 ――沈黙が続く。



 レイリーの援護をするように、セラも声を発した。

「私たちは、その人に面会するために来ました。

決して、彼に対して危害を加えたりはしません」


 彼女が会話に加わることで、少しだけ空気が和らぐ。

 どうも、レイリーの威圧感が強すぎたようだ。



 一時の間をおいて、相手の方に変化が起こる。

「……よく言えたもんだ。

お前ら、周囲に倒れてる奴らが見えてねぇのか?」

 話を聞いていた1人の少年が、忌々しそうに言葉を吐き出した。


 レイリーが武力で圧倒した影響で、手を貸そうとする者は誰もいない。

 皆、恐れている。

 話は聞いてもらえても、協力が得られる状況ではなかった。



 このままでは、いつまで経っても埒があかない。

 セラは前に出る。



 彼女はフードをまくり、顔を晒した。

 

 青空そのものを写し取ったかのような髪が、サラサラと揺らぐ。

 遙か上空の深い青を思わせる、神秘的な瞳。

 その真摯な眼差しで、セラは辺りを見渡した。


 食い入るように見入り、少年少女は息をのむ。


 何かを言う必要はない。

 一目見ただけで、セラの素性は理解できた。


「私は『蒼空(そうくう)の天師』セラ。

フォーラ王国を救うため、レイオルグさんに会いに来ました」


 もはや、彼らに何かを罵ったり、拒絶する姿勢は見られない。

 自分たちとは別次元のスケールで物事が動いているのだと、皆が感じている。

 すっかり闘志は抜け、脱力してしまっていた。

 本来、スラムの強盗などが、喧嘩を売ってはならない存在なのだ。


 先ほどの少年は、静かに立ち上がって近付く。

「…………案内するよ。

ついて来てくれ」

 彼は自然と先導を申し出た。


 セラとレイリーは礼を言い、それに続く。


 3人が建物を出て行く中、誰1人身動きせずに見送った。





 ――。

 ――――。

 スラムの外れの草原に、少し広めの一軒家があった。

 この街にしてはわりと綺麗めだが、目立つことなく質素な外観をしている。


「ここ、ですか?」

 眺めながらセラが聞くと、少年は首を縦に振った。


 その後、呼び鈴を鳴らすため、彼女が玄関の方へ進みかけた時、遠慮がちに少年が話し掛けてくる。

「……セラ様。

オレら、これからどうなるの?」


 国家の宝である天師に対して、恐喝した罪。

 かなり大きな処分が待っているはずだ。


 ところが、セラは片手を広げて意外な回答をする。

「どうにもなりません。

貴方たちは、レイリーさんにボッコボコにされただけです」


 結果的にはそうなる。

 ようするに、水に流すという話だった。


「セラ様……」

 変な方向へ話が進み、レイリーは悲しげに待ったを入れる。

 まさか、濡れ衣を着せられるとは思っていなかったようで、戸惑った表情をしていた。


 セラはそのまま、得意げに提案を続けた。

「レイリーさんが勘違いして、私を守るために大暴れしたことにしましょう。

ここまで案内をしてくれた見返りです」


「ありがとう……」

 少年は困惑しながらも感謝する。


 彼らの悪事がなぜか消え、護衛の任務を果たしたレイリーが罪人になるという奇妙な流れだ。


「すべて、わたくしの責任だとおっしゃるのですね? セラ様〜」

 なかば受け入れ始めるレイリー。


「それが1番丸くおさまる方法だと思います。

私たちが口外しなければ、誰にもバレません。

……だめ、ですか?」

 こう言われて、断れる信奉者はいない。

 むしろ、レイリーがお願いされているという、この上なく光栄な瞬間。


 手を合わせて頼み込むセラの様子を見て、彼女は恐れ多くも、大きな幸福感に包まれる。


「承知いたしました!

喜んで、罪をかぶらせて頂きます!」

 レイリーは自分のことなど、どうでもよくなっていた。


 幸せそうにフワフワしている彼女を尻目に、セラは少年に忠告をする。

「それから、リーダーの方に伝えてください。

次に制霊を使ったら、レイリーさんが地の果てまでボコしに行くと」


 これは戒めだ。

 軍人でもない人間が、制霊の力を使って民間人を脅す行為は許せない。

 軽い口調ではあるものの、問題の放置はしないという意思だけは伝える。


 少年は真面目に受け止め、深く頷くとそのまま駆け足で去って行った。


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