第4話 かたぶい


「あまでぇーじかたぶいしちょん。やっけーやっさ」


また金城宗善が異世界の言葉を話している。


「匠ぅ~あっち見てごらん」


比嘉十麻斗が窓の外を指差す。

通っている中学校は1年が4階、2年が3階、3年が2階なので、1年は見晴らしがよくて海まで眺めることができる。


あれ……雨なんだ。

すごい、雨の境界があんなにはっきりしてるところをはじめて見たかも。


沖縄は周りが海で囲まれているため、雨雲と雨が降っているところを遠くから確認しやすいとのこと。「かたぶい」というのは「片方が降っている」という意味で片降いカタブイと呼ばれているそうだ。


「じか、けぇら」

「帰ろうよって言ってるよ」

「この中を?」


校舎の端で雨宿りしている生徒がたくさんいる。

職員室の真下には公衆電話があるので、そこから親に電話して車で迎えに来てもらう電話している者やすぐに止むだろうと靴箱のところで集まっておしゃべりしているグループもいる。


金城宗善の言葉を翻訳してくれるのはありがたいが、本当に言ってる? 目の前はほぼ視界がないけど。


近年、ゲリラ豪雨と呼ばれる大雨で匠が住んでいた千葉県でもたびたび発生するようになったが雨の威力がヤバい。目の前で滝の水が流れ落ちているみたい。ボクが持っている折り畳み傘を差したところで無意味だろう。


「はいこれ」

「これは……」


透明なポリ袋。

ふたりとも鞄をポリ袋に入れて準備している。


これは彼らに合わせないと空気読めないヤツみたいな構図ができそう。

周囲を見ると、ポリ袋さえ用意せずに水の壁に飛び込んでいく猛者もいる。


「それは?」

「ミーカガン」

「ただのゴーグルね」


水泳の授業はまだ始まっていないのに学校に持ってきてたんだ。もしかしてこの大雨のために?


ミーカガンというのは、豊見城市のお隣にある糸満市に昔、玉城という漁師がいて、その人が水中ゴーグルの発明の親だと聞かされた。沖縄ではあえてゴーグルと言わずに水中ゴーグルや普通のメガネまでミーカガンと呼ぶ人もいるのだとか。


「こっこれでいいかな?」

「上等! いちゅんど!」


痛い痛い痛いっ!

雨粒って大きいと痛いんだ……。


3人で鞄を抱えてダッシュで帰った。


『ゴゴゴゴッ』


「くわばら、くわばら」


稲光がしたと思ったら、すぐに雷鳴が聞こえたので、これまでどしゃぶりの雨の中でも平気そうだったふたりが急に慌て出した。


商店街の軒下に避難する。

結構雨風に当たるが、雷はやり過ごせる。


「桑原さんって誰ね?」

「桑原さん? ああ、あれは……」


落雷除けのおまじないで、桑の木には雷が落ちないという説の話をしたところ、「ああ、クヮーギヌシチャデービルね」と沖縄に似たようなおまじないがあることを教えてくれた。


「じゃあ、まぶい落としたらなんて言うの?」

「まぶいって?」


かわいいっていう意味でもなさそう。「かわいい落とす」ってもう意味不明だもん。


「魂よ魂!」


たっ魂を落とすとは!?













【うちなー辞典】

沖縄の人は傘を差さない理由は、

・車社会なので傘があまり必要ない。

・かたぶいが多く、いつ降るか予想できない。

・風が強い時があるので差すと逆に危ない。

・すぐ壊れるからそもそも持っていない

などと言われていますが、けっこうズボラな人が多いのが主な原因だと思います(筆者含む)。








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