増す緊張

 本当にこの人分かっているのかな?まあさすがに相手が本物の拳銃を持っているし、さすがに危機感は感じているんだろうけど。


 そんな事を考えていると今度はおじいさんが苦しみだした。


「う、うううう!」

「ど、どうしましたか?」

「はあ、はあ、わ、わしは心臓が弱くてのう、薬の時間までには戻れると思ったら、はあ、はあ!」

「ちょ、あのお願いです、せめてこのおじいさんだけは解放してくれませんか!このままじゃあ死んでしまいます!」


 このままじゃあおじいさんの命が危ない、解放して薬を飲んでもらわないと危ない!


「さっきも言っただろう、てめえらが死のうが生きようがどうでもいいって、じじい1人くたばったところでお前らの人質の価値は落ちねえから安心しろ」

「け、人として助けられる命を助けないというのは私のなかにないので、せめておじいさんだけでも解放してあげてください、近くに警察がいるなら病院にも運べますし」

「さっきからやたらでしゃばるなてめえ、仕方ねえ、じじいだけは解放してやる、だが解放するまではてめえも俺達と一緒に裏口まで来い!」

「はい!ありがとうございます、おじいさん、もう少し頑張ってください!」


 おじいさんを解放した瞬間、警察に突入されない為に私も犯人に同行することになった、仕方ないおじいさんの為だ。


 銀行強盗の担当は刑事部、場合によっては機動隊も加わるけど、私は交番勤務だし、同期もその部署には配属されていないし、この瞬間は私が警察官だと知られないかな、まあ後でもしかしたら報告書を書かされるかもしれないけど、でも非番だし大丈夫だよね。


 とにかく今は早く、このおじいさんを解放しないと。そう考えて裏口まで行くと、警官が多くいて、まず犯人が警官に呼びかける。


「とりあえずこのじじいは解放してやる、この女は人質だ、それで金の方は?」

「それは我々でなく、銀行の本店が用意しているはずだが、まだ集まったと報告はない」

「っち、そうかよ」

「あの、おじいさんを早く病院に連れて行ってください!心臓が弱いそうなので‼」


 私が警官におじいさんの事をお願いしていると後ろにいるある警官と目が合ってしまった。


 彼は宮原正巡査長、私が配属されている交番の先輩警察官だ。


 でもどうして宮原先輩がここに?あ!交番の近くだから応援に来たのかも?ああ、先輩に私が人質に取られた事を見られてしまった。


 まあ、犯人に知られたわけじゃないけど、これ後日話のネタでいじられるかも。


 とりあえず今は警察が救出作戦を実行するまでこの人達の安全を守るのが私の役割だ、宮原先輩が他の警官に私の事を伝えてくれれば作戦がやりやすいかも、と思ったけど、携帯は没収されているし、無線も非番だから持ってないのよね、どうすれば……、とりあえず中の状況を整理しよう。


 おじいさんが解放された以外に人質に変化はなし、さっきはSNS投稿をした若い男の人も携帯を取り上げられてお手上げって感じね、あの親子は怖いわよね、赤ちゃんのうちにこんな事に巻き込まれて、銀行員はというと、女性行員2名はさすがに疲労の表情だし、男性行員は妙に落ち着いているわね。


 拳銃を突き付けられても表情を変えなかったし、まるで撃つわけがないといわんばかりに、ん?撃つわけがない?それに最初にあの人を人質に脱走しようとしてたのに、おじいさんの解放の時は私を念の為に人質にしていたし、もしかして……。


 いや、でも証拠がないし、確証は持てないわ。そうだ!


「あ、あのう実は今日、美容院を予約してたんですけど、こんな状況なのでキャンセルの連絡をしてもいいですか?」

「はあ?何言ってんだ、そんな心配している場合じゃねえだろう」

「ええ、美容師さんが準備していると思うと悪いし、無断キャンセルは高くつくんですよ」


「そんなの俺達の知った事じゃねえんだ、勝手にキャンセル料払っていろ!」

「えええ、じゃあ、この場でメールするならいいですよね」

「メールか、この場から逃げなければいいぞ」

「ありがとうございます」


 よし、スマホが一時的に私の手元に戻って来た、美容院の予約はウソだけど、とりあえず行きつけの美容院にもメールを送って、宮原先輩にはあの銀行員、三田って人を調べてもらうよう送ろう、ばれないように最初は宮原先輩に送って速削除、それから美容院へのメール、よし完了。


「おい、大分時間がかかっていたな」

「ええっと、言い訳を考えるのが大変で、消したり打ったりを繰り返していたので」


 とりあえず一息入れる為にバッグから水を取り出そうとするとうっかりバッグの中に入れていた警察手帳を落としてしまった。


「あ……」

「ん?これは警察手帳、お前ポリ公だったのか!」

「う、うう、そ、そうよ私は山名由梨巡査、あなた達に密かに張り付いていたのよ」

「何だって、どこからか俺達の計画がもれたのか?」


 これはハッタリだけど、引っかかってくれた。でも揺さぶりにもなるかどうか。


「待てよ、そうするとさっきのメールも仲間に中の状況を伝えていたな、おいこの女のスマホをもう1度確認しろ!」

「おう、ええっと……おいやっぱこいつメールとかしてねえぞ!」

「そうか、まあ俺達がいるしさすがにそこまではしてなかったか」

「そうだ、お前がポリ公なら、丁度いい、外の仲間に見せしめながら逃げてやる」


 私が警察官だから人質にして逃げる気?それならこっちにも考えがある。


「分かったわ、あなた達の逃走の為の人質にはなる。その代わり、他のみんなは解放してあげて」

「いいだろう、お前1人でも十分すぎるくらい価値がある」


 これで少なくとも他の人は安全だ。私1人なら彼らを他の警官も確保しやすいはず。


「待ってください、さすがにお姉さん1人を人質にはできないよ、俺も行きますよ」

「これ以上民間人を巻き込むわけにはいかないの、私1人で犯人も納得するから」

「そういうことだ得意のSNSで助かった事でも呟いていろ」

「くっ……」


 この人はやり方は少し危険だったけど、どうにかして外に犯罪を知らせたかったのね、警察官としては苦言を呈したけど、少しでもみんなが助かる為の行動をしてくれてありがとう。



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