1000年の時を超えて……
「天狗……?」
俺は、自分の耳を疑った。俺は、あの時確かに神社でお願い事をした。けど、そこには天狗の姿なんてなかったはずだ。
――どうして天狗が……?
「……犬が天狗を名乗るって、お前……一体何なんだ? どうして、じゃあその天狗が……犬になんかなっているんだよ?」
「話せば長くなる……。某達の元へやって来るまでの間に色々とあってな……。あれは、今から千年ほど前の話になるかのぉ……」
「ちょっ! ちょっと待て! 千年!?」
「そうだぬ。拙者は、天狗だから普通の人間よりも超絶長生きできるんだぬ!」
超絶が過ぎるだろ……。いや、それよりもコイツの喋り方、犬だった頃と昔の日本人みたいな喋り方が混在してて……カオスになってるぞ……。
「……それよりも、話の続きをするとしよう! あれは、今から千年ほど前の話……」
*
かき氷が話した内容は、凄く壮大だった……。
今から千年前……京都の鞍馬山に住んでいた大天狗は、とある武士の家系に生まれた少年と出会った。少年は将来、家を継ぐつもりで日々特訓を重ねていたが、彼は弱虫で、臆病だった。そこで、修行をする少年の姿を毎日見ていた天狗は――。
「……えい!」
少年は、毎日……寺の外で太い木の枝を刀の代わりにして振り続けていた。しかし、彼は臆病で弱虫と言う以外に運動音痴でもあったため、普通に素振りをしているだけでも……。
「あっ、あヒャッ――!」
足を滑らせて転んでしまうというドジっ子属性の持ち主であった……。今日も彼は、素振りの途中で何度も転び、涙ぐみながらも寺に帰ろうと思っていたその時に――。
「……ブフォッ! 面白いぬ! お前、運動音痴過ぎて……流石に面白過ぎるんだぬ!」
少年に何者かが、話しかけた。少年は、辺りを見渡しながら木の枝を構えたが、周囲には誰もいない……。
「……だっ、誰だ!?」
警戒しながらも周りを見つめていると……その時だった。少年の上空から声がした。
「……ここだぬ!」
そこには、高い高い木の上に謎のモコモコした綿飴のような見た目をした犬がいた――少年は、犬の姿を見るや否や、驚くのと同時に恐怖で慄いた。
「うっ、うわぁ! いっ、犬!」
「なんだ? お主、犬は嫌いかぬ? おかしいぬ! 犬は、人間と仲良しなはず……」
「……しゃっ、喋った!」
驚く少年。彼の犬嫌いは、凄まじく、出会って僅か3秒もしないうちに恐怖のあまりにお漏らしをしてしまっていた。犬は、そんな少年を見て余計に呆れて、ひとまず地面に着地すると、恐怖でビビっている少年に告げるのだった。
「……安心せい。拙者は、普通の犬ではござらん。だから、噛みついたりもせん! 拙者の名前は……この鞍馬山に住む妖怪。人々の間で囁かれる鞍馬山の大天狗様とは、この拙者の事よ」
「は……はぁ!?」
少年にとっては。当然意味の分からない事。しかし、この犬が喋れると言う事。そして、いつの間にか高い高い木の上にいた事やそこから平然と着地した事などを考えると、俄かに……信じられなくもないと少年は思っていた……。
天狗は、少年に告げた。
「……お主の頑張りは、見させてもらっていた。日々、鍛練を積むその姿、あっぱれであった。……しかし、まだまだ某は、未熟者と見たり……今後は、この天狗が……お主を鍛え直してやろうぞ……」
「……え? 犬が、この私に……稽古を……?」
少年は、堪えきれずについ「ぷっ」と口から嘲るような笑いが漏れてしまっていた。そんな少年の態度に天狗は、犬の姿のまま……。
「かーつ!」
と、言って少年の顔を思いっきり打った。
「いたっ! 何をする!」
「甘ったれた態度のクソガキだぬ! せっかく毎日修行を積むお主に感動して、拙者が直々に鍛えてやろうと親切心で言っているのに……犬の姿だからって舐めて貰っちゃ困るんだぬ!」
「なっ、何ぃ!」
すると、犬は更にもう一発パンチを少年の顔面に食らわせる。
「……この程度の攻撃も避けられないような奴に、武士になる資格なんてないんだぬ!」
「……こっ、この……怪しい妖術を使いおって!」
少年が、やり返そうと木の枝を握ろうとするが、その直後に天狗は、木の枝に対して紫色の覇気を放った。途端に少年が持ち上げようとしていた木の枝は、物凄い重さとなり、少年には持ち上げる事ができなくなってしまっていた。
「んぬぅぅぅぅう! なっ、なぜじゃ!?」
そうしている間に、天狗はもう一発少年に犬パンチを食らわせた。
「あ、いたっ!」
少年が尻餅をついて、頭を痛そうに擦る……。
「……紫色の怪しい術……まさか、あれが……」
「そうなんだぬ! あれこそ、お前達の言う妖術というものだぬ! 某には、これからこの妖術の習得と、それから拙者の持っている全てを習得してもらうんだぬ!」
「……そっ、そんな事……妖術だなんて……わっ、私には……私には、無理でございますよ。一族で一番泣き虫と言われ、皆からバカにされているこの私には……」
「ほう……。しかし、お主……そうは言うが、毎日のようにここで、稽古を積んでおったではないか? それも……自分の家を継ぐためにって……復唱しながら。それほどやる気があるのなら……一度、拙者の修行にも付き合ってみると良いぞ!」
「……え? でも……」
「言い訳は、無用じゃ! 最後にお主……名前を聞いても良いかぬ?」
犬の姿をした天狗にそう聞かれると、少年は少ししてから自分の名前を答えた。
「牛若丸……。私の名前は、牛若丸と申します!」
かくして、天狗の厳しい特訓を受ける事になった牛若丸は、ここから少しずつ成長を見せていくようになる。
最初こそ、半信半疑で、やる気もそこまでなかった牛若丸であったが、修行をこなしていく中で、少しずつ自信をつけていくようになる。また、天狗の言っていた通り、彼は人でありながら少しずつ妖術を身に着けるようにもなった。そして、牛若丸が13歳になる歳についに、天狗の修行を全て終える事ができたのであった――。
13歳になる歳、その頃都では……弁慶という巨漢が刀狩りを行っており、橋を渡ろうとする者達を襲っていた。
自信に満ち、成長した牛若丸は、天狗との最後の修行を終えると、天狗から免許皆伝の儀式を執り行うとされ、山の奥に呼ばれた。山の奥の……木々が立ち並ぶ大自然の中で、牛若丸と天狗(犬)は、免許皆伝の儀を執り行った――。
「……それでは、免許皆伝の儀を行うんだぬ。お主は、人間ではあるが、今回は妖怪の世界で執り行われるような通例をしていく。拙者達、妖怪の世界では……一人前になった弟子へ最後の贈り物として、書物を2冊渡す事が通例じゃ。よって、お主にはこの……あらゆる兵法が乗った書物。そして……あらゆる願いを叶える事のできる書物。この2冊を渡しておこうと思う」
犬の手前に2冊の本が、出現する。牛若丸は、それを手に取り、天狗に頭を下げた。
「ありがとうございます。……師匠」
そんな牛若丸に天狗は、告げた。
「良いか? 牛若丸。……その書物は、お主が身に着けた妖術を用いる事で文字が浮かび上がって来る不思議な本じゃ。そっちの白い書物にお主の妖力を込めると、兵法についての文章が浮かび上がって来る。……対して、そちらの赤い書物に妖力を込めると、お主の本心が文字として次々に浮かび上がって来る。戦いとは、己を良く知る者が勝つ。それを読んで、己を良く知る事だぬ。……それから、その赤い書物に願いを込める事で、どんな願いも叶える事ができる!」
「……どんな願いも……ですか?」
「そうだぬ。ただし、願いを叶える代償にお主が身に着けた妖術を使うために必要な力……妖力が、消えて行ってしまう。全ての妖力を使い切れば……お主は、二度と妖術を使う事はできなくなる。……だから、使う時は気を付けるのだぞ……」
「……はっ、はい! 御師匠様!」
「それから、注意して欲しいのだが、その書物は……お主のような妖術を使える者であれば何も問題はいらないが、そうでない普通の人間が使用すると、妖力の代わりに寿命を奪ってしまう。くれぐれも気を付けるのだぞ。他の者の手には、絶対に渡してはならぬ!」
「はい!」
そうして、牛若丸の免許皆伝の儀は、終了した。この後、牛若丸は橋の上で人々を襲う巨漢――弁慶に勝利をし、少しずつその名を上げていく事となる……。
そして、彼が大人になった頃には、源氏の切り札として平家と戦う事になった……。そして、順調に武士として出世をしていった義経は、ある時……運命の出会いを果たす事となる。
それは、ある日……帝が開いた雨乞いの舞にて……。当時、干ばつの影響で、苦しんでいた事もあり、帝や貴族達は、雨乞いの儀式をよく執り行っていた。
そんな時にたまたま舞の儀式を見に来ていた牛若丸。成長して青年になった彼が、
そこで出会ったのが……静御前であった。
そして、この出会いが……この先1000年と続く悲劇の始まりでもあったのだった……。
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