聖女は愛で生きている
七瀬りんね
第1話
月光が私達を照らしている。土曜日の深夜頃、私は彼女の言葉に驚愕した。チカチカと動く街頭や、家屋の光より彼女の瞳の方へ吸い込まれてしまう。
「アイリスさん...キス...しましょ?」
私の耳元で確かに囁かれたその声。キリギリスの声のみ聞こえるような静寂の中、あまりにも甘い言葉が私を包みこんだ。目の前を見ると、アベリアは私に抱き着き、泣きそうな声で私のことを見つめていた。表情は妖艶で、頬と耳は薄赤に染まり、震えている体からはアベリアの本気度が伺えた。
このような始まるを告げる言葉は供給行為の一片だ。
彼女が、聖女として生きるための。
私達は友人だ、あくまで作業的な行為であり...そんなことあり得ない。筈だった。
♢♢♢
前提として、聖女という者の生命は栄養とかではなく、愛情という抽象的なもので守られている。私はそれを供給する媒体に過ぎない。
だからこそ、私の関係ははっきり言って異常だ。他人から見れば私達は仲の良いルームメイトのように見えるが、それにはあまりにも誤謬であり、ほんとは彼女に愛を与え、彼女を支えている。
愛を与えている時の彼女は、私のことをまるで好いてくれているかのように求めれてくれる。
彼女の名前はアベリア・ルイス。優しくて、金木製のような髪が綺麗で、初めましての時は天使がいると錯覚したまである。彼女は一見、ふわふわしているように見えるけど、実は頭が良い。学園の私が専攻している天文学の試験で、私が超苦戦していた問題をいとも簡単に解いていた。それなのに「偶然だよ」と笑う彼女は、どこまでも謙虚だ。
はっきり言って、彼女は有能だ。完璧超人のようで、後ろめたい点などどこにもないと考える人が多数だろう。
ある一点を除いて。
「アイリスさん...あの...今日も...」
今日もまた、私が寝転んでいるベッドの上で、私と同じように寝転がり、恥ずかしそうに彼女はそう言う。
いつもの事だ、最近は私も慣れてきた。私はすかさず「わかった」と言い、彼女へ体を向ける。
「っ...」
私に聞こえないような小さな声でそう呟く。私達はお互いを見合い、着々と寄り合う。シーツが擦れる音が聞こえる。
「ちょっと...あの...」
「ん?何?」
私とアベリアの肌が触れ合うまで数cm、といった所で彼女にとめられる。
恥ずかしそうにしており、両手で顔を覆っている。
「目...閉じたいんですけど...」
まず浮かんだのは、抑えきれないカワイイという感情だった。だって小動物みたいに恐る恐るそう聞かれたら、そういったカワイイということには疎い私でさえ、そういった感情が出てしまう。
彼女は言葉を発したかと思えば、了承も取らずすぐに目を閉じ、手を私の背中へ回す。
「...可愛い」
彼女に向かってそう囁く。アベリアは目を潤々とさせ、「からかわないでください!」と言う。本心なのに。
私はそっと優しく、彼女の背中へ手を回す。
「いい?」と私が言うと、彼女は無言でゆっくり頷いた。時計が時の経過を知らすカチカチという音しか聞こえない。
数寸ほどの時間息を吸い、アベリアを瞳を見つめる。綺麗だ、ローズのような色が入っている。
数秒経ってハッとした。私は彼女の瞳に見惚れていた。目の前の彼女は小刻み震えながら、私のことを見つめている。
「...ほんとにいいの?」
私の声は自身でもわかるほど震えていた。
「はやくしてくださいっ 限界です」
私を急かすそうにそう言われる。
「わかったわかった」と諭すそうに私は言い、彼女に近づく。
もうキスしてしまいそうなほどの距離まで近づく。彼女はミルクかのような甘い匂いがする。
数秒彼女の顔を堪能し、私は優しく抱き締める。
彼女の顔がすぐ近くにあり、足は絡み合っている。お互いの手でお互いの背中を触り合い、相手の温かさや存在を確かめ合う。
今のうちに言っておくが、私達は恋人ではない。これはあくまでアベリアが生きる為に必要な行為であり、それに少なくとも私は不純な感情など一切抱いてないと信じている。
「っ....」
彼女がまた声を上げる、頑張って押し殺そうとしているようだった。
彼女の手を握っているからわかるのだが、氷のように冷たい手や足が少しずつあったかくなっていく。
「...大丈夫...安心して」
彼女を落ち着かせるために、柔らかな声色でそう告げる。
数秒経ち、返答がなかったので彼女の顔を覗いてみる。
子供のように縮まっていた。可愛い。
「...っ 大好きです...」
小声で私に愛の言葉を呟く彼女の様子は、どこか妖艶な雰囲気を醸し出している。
これは真実の愛ではないだろう。そんなのわかってる、筈なのに。
「...うん 私も大好き」
相槌を打つように、彼女に愛の言葉を捧げる。
こんなの歪んでる。あまりにもおかしい関係なんて理解してる。
「聖女として...離れるまで 一緒に居ようね」
極小さい声で私はそう呟く。
私の訴えは彼女に聞かれない。「聖女として」、というのは...いいや、考えたくない未来だ。
彼女の生を保つために愛を与える。それが私と彼女の関係の本質だ。あまりにも罪な関係だと思うが、今はまだ心地いい。何より、こういうときのアベリアは最高級に可愛いし。
勿論普通の時のアベリアも大好きだし、このように私を求める彼女も好きだ。
何度も「恋じゃない」と心の中で唱えるたび、むしろそれが本当だと自分に信じ込ませようとしている気がした。彼女の行為は必要な儀式で、私がいるのはその補助にすぎない。それ以上を望むのは贅沢だと思いたい。
私は彼女の供給源に過ぎないはずなのに、彼女が私のことを「必要」と言う度胸がチクりと痛くなる。彼女に愛を供給しているときの笑顔や涙は、本来は私に向けるものではない。だって、彼女は聖女なんだから。
聖女は愛で生きている 七瀬りんね @darapuras
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