第1話 いつもの朝、非日常も日常の一部でして
今日は土曜日。半日授業があるので高校に行かねばならない。一昔前は土日休みだったらしいが、私立校なので思いっきり半ドンである。
頼人はスマホが鳴り響く五分前に目を覚ました。体に重みを感じたからだ。
分厚いダブル毛布と羽毛布団の中に、誰かいる。十中八九あいつらのどっちかだ。
頼人は布団をめくった。そこにいたのは全裸で眠る奏で、頼人の股間に鼻を押し当てて寝息を立てている。当然朝の生理現象で元気一杯の頼人のそこはふっくらと膨らみ、奏はまるで香高いキノコを押し当てられたように、わざとらしく大きく鼻で息をしていた。
ふぅ、ふぅ、と熱い鼻息が頼人Jr.に吹きかかり、なんとも言えない感覚がゾワゾワと脳を焼く。
「奏、降りろ!」
「いやん……おあずけだなんて……そんな立派なのを見せつけられたら、私のようなガマンもできない駄犬はコーフンしちゃいます……」
「この……っ」
随分とご機嫌な夢を見ているようだ。
頼人は奏を薙ぎ倒し、ベッドから落とした。下に布団を敷いて眠っていた禮子の腹に激突し、彼女が「ぐえっ」と悲鳴をあげる。
「なっ、何事! 頼人のやつ、よもやこんな早くから妾を押し倒しにきたのか!?」
「ご主人様ぁ……私のアソコはもう糸引いてますよぉ……よだれ垂らしてるんですよぉ……欲しいよぉ」
「な……奏か! 貴様やめろ! 妾の
二人とも妖怪の姿を顕現しており、尻尾とケモ耳が踊っている。絶世の美女二人が全裸でくんずほぐれつというのは思春期の男子には目に毒であるが、この三ヶ月で慣れてしまった。
そもそもこいつらは妖怪だし、と開き直れば案外どうとでもなるものだ。
頼人は平然と服を脱いで除菌防臭シートで寝汗を拭い、新しいパンツに変える。奏が耳聡く(鼻聡く?)古いパンツにへばりついてにおいを嗅いでいる。こういうところは犬っぽい。まあどちらかといえば狼なのだが。
「遊んでんならお前らの飯食っちまうぞ」
「遊んではおらぬ。……よっと」
禮子は長い金髪を体に纏わり付かせるといつもの黒の着物を着込む。赤い帯に、赤い羽織も忘れていない。
ややあって奏が目を覚ました。「なんだぁ夢かあ」と言いながら変化術の応用で谷間の真ん中に穴が空いたチューブトップと革のジャケット、タイトスカートを着込む。
「あ、パンツは本物。いいにおい……」
「頭大丈夫かこやつは」
流石の禮子も呆れ切っており、言葉を失っている。
頼人はため息をついて部屋を出た。頼人が生まれた時に建てた家は子供部屋をかなり広く作っており、そのおかげで二人の居候が増えても問題はなかったが、肝心なのはそれを受け入れた両親である。
宗教勧誘には引っかからない両親だが、訪問販売で訳のわからない水道水フィルターを定期購入した際には呆れ返り、頼人はすぐにリコールの電話を入れた。新聞の勧誘を断るのも決まって頼人で、余談だが旧友のマルチ商法に騙されかけていたこともある。
それくらいになんともおっとりした両親だから、禮子と奏の「自分たちは妖怪で、実家の裏にある祠を直してもらった礼に息子さんを守護する式神となった」という話を真に受け、信じたのである。
普通疑うだろと思うが、人が良過ぎる両親には式神どうこうより頼人が善行を働いたことの方が重要らしく、そっちの方を褒めていた。
「おはよう頼人、禮子ちゃんに奏ちゃんも」
「はよ、母さん」「おはよう母上」「おはよーございまーす」
一階に降りると制服にアイロンがけしていた母が上着のブレザーを渡してきた。頼人はそれを着て、ダイニングテーブルにつく。本来四人用の席に、追加で一つ上座の席を用意し、そこを頼人の席にしていた。
朝が早い父はすでに朝食を終えコーヒーも飲んでおり、スマホでネットニュースを見ていた顔を頼人に向けた。
「いい加減お前も童貞を卒業したか? ん? 両手に花、こんなに羨ましい学生時代を送れるなんて。父さんも壊れた祠を見かけたら直そうかな」
「こら
「そうだった、すまん
「朝から息子の前でいちゃつくなよ。あと父さんはナチュラルにセクハラすんな」
「息子のことだ。気になるだろ」
父は「おっと、喋ってる暇はなかったんだった」と言って席を立ち、ジャケットを着てリビングを出ていく。母が後に続いた。結婚から十八年、いまだに行ってきますのキスをする習慣がある、お手本にしたいようなイチャイチャ夫婦だ。
「いただきます」
頼人はトーストのバターをフォークで伸ばし、目玉焼きとベーコンに醤油をひと回しする。
三人は食事を摂って、テレビで流れているニュースを見ていた。今年の年始に父が家電量販店で買ってきた有機ELパネルの特大テレビは壁に固定されており、父の収入が安定していることを物語っている。若くしてITエンジニア系の大手企業の職についており、勤続二十年である。大学を出てからずっとそこでプログラマーとして働き、一家を支えてきた大黒柱である。
歳は四十五歳。母はもう少し若く、三十七歳。母はそれでも外に出ていないと落ち着かないという理由からパートタイマーでラーメン屋で働いており、ときどき賄いに唐揚げやなんかを持ってきていた。
「ベーコンエッグうっま。やっぱお母様の手料理が一番だわ」
「奏よ、肉チャーとどっちがいい?」
「そういう禮子はどうなんですか」
「選べんな。甲乙つけるのがナンセンス、というやつだ」
「奇遇ですね。同感ですよ」
頼人はバターの上からいちごジャムを塗ったトーストを齧る。カフェオレを啜って、二人は一応獣の因子を持つ妖怪だが、妖力の関係上問題なくネギ類やカフェインを摂れるので、彼女たちもカフェオレが出されている。
「学校が終わったら、"依頼"をこなそうか」
「いいですよ。ご褒美は期待していいんですか?」
「……勝手にしろ」
「よしよし一つで命をかけられるというのはなかなかにすごい妖怪だなお主は」
「いいですか、二百年ですよ。二百年息苦しい地獄のような祠に祀られてたんですよ。あんな藪だらけで誰も来ない場所に踏み入って掃除して、お供物までくれたんです、ご主人様は。恩は返さなきゃ狼神の名が廃ります」
「そこまでのことだったのかあれって。ばあちゃんが古い古文書引っ張り出してきて、祟りを恐れて俺に掃除に行かせただけなんだけどな」
今年の八月、夏休みに箱辺山麓にある実家に帰省した際、祖父母が家の開かずの金庫にあったという中から古文書を見つけた(金庫の開け方も凄まじく、溶接用のガスバーナーで祖父が無理やりこじ開けたらしい)。
そこには平安時代に祀られた妖怪が敷地内にいるらしく、その場所も記されていた。若くて体力のある頼人が掃除道具とお供物の日本酒を持って、藪をかき分けて蚊に食われまくりながら掃除し、崩れていた祠の邪魔な石を取り払って綺麗にした。
その夜である。
クーラーのない地獄のような空き部屋で一人でゲームをしていると、この二人が現れ「式神として仕える」と言い出したのだ。
祖父母は「物の怪じゃ!」「爺様の話は本当だったか!」と驚き、両親は先述の通り式神とかいう話を鵜呑みにしたのである。
もともと橘氏という平安貴族の末裔らしい橘川家は、そういうものが見えるという血筋が多く、直系である頼人が二人の式神を従えるのはある意味当然かも知れなかった。いや、全然良くないが。
「ご馳走様」
「お粗末様。あんたたちも急がないと遅刻するんじゃない?」
「まだ七時四十分だろ。八時半までに教室にいればいいんだよ」
高校までは徒歩三十分。だが、早めに行ってはならないわけではないし、そろそろ出た方がいいかも、と思った。
頼人はリュックサックを背負って、玄関で運動靴に履き替えた。当然式神二人もついてくる。ケモ耳と尻尾は消して。
「行ってらっしゃい。二人とも、頼人をよろしくね」
「行ってきます」「どんと任せてくれ、母上」「ご主人様にひっつく悪い虫は食い殺してやりますよ」
「お前ら登下校と高校の間は周りに見えないようにしろよ。変な噂が出たら通いづらい」
二人は不服そうに頬を膨らませたが、言われた通り霊体化した。この状態では式神の契約者である頼人にしか見えない。
「手品みたい」
「そういう術なんだとさ」
頼人は家を出た。帰りには両親がいないので、鍵はもちろん持参。スマホと財布も問題なし。
外に出ると、一人の少女が不服そうな顔をして突っ立っていた。同じ高校のブレザーにスカート。
「
「……なんかあんたに、隠し事されてる気がするし」
「気のせいだよ」
頼人の後ろに隠し事筆頭の式神二人がいて、「ちっ、馴れ馴れしい小娘め」「なんで人間風情がご主人様にタメ口なんでしょう」と物騒なことを言っている。
虫でも払うような仕草で二人を叩くと、頼人は「遅れるぜ」と言って歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! やっぱなんか隠してんでしょ!」
「なんも隠してねえよ」
瓜生——
最強爆乳妖狐と従順爆乳人狼は肉チャーラーメン食って大ジョッキで優勝したい! 夢咲蕾花 @RaikaFox89
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