恨みの首 一
率直に言って、尽時は検非違使という仕事が嫌いだ。
主上からじきじきに拝命する名誉な職ではないかと親戚に宥め賺されたこともあるが、下っ端検非違使なんてこき使われるだけの便利屋だ。
まず主上の威光を穢さぬよう、身なりを立派に整えて積極的に施しなさいというのが懐を寒くする。
ボーナスも出ないのに折に触れて貧民に施米(せまい)しなくてはいけないし、手下として雇い入れる放免たちにも給料を支払わなくてはいけない。
だからといってなんで検非違使の俺が元囚人の手下を養わなくちゃなんねーんだと憤って額をケチると大変なことになる。
給料が不当に安いという理由で、訴えられるのである。
なんで検非違使の俺が元囚人に訴訟を起こされてるんだと世の理不尽を呪っても無駄だ。
訴えられた上に放免に逃げられ、犯人逮捕には人手の確保が欠かせないのにまともに新しい放免を雇えなくなった先人がいる。
尽時とて、あんな生き恥は晒したくない。
検非違使はカネが出て行くだけでなく、危険な重労働まで仕事に含まれる。
凶悪犯も収監されている獄舎の管理や大路の清掃などはその最たるものだ。
特に後者は路傍の腐乱死体や牛馬の死体、糞などを綺麗に片付けるため、日雇いの人夫を大勢雇わねばならない。庶民は貴人のように常日頃穢れを意識して暮らしてはいないが、汚れ仕事はとうぜん嫌がる。思うように人が集まらなかったり、額をケチるなもっとコメを寄越せと抗議されたりもする。
だいいち、夜の京を駆けて犯罪者を逮捕するのだって命がけだ。装備の充実した強盗団などと互いに矢を射かけ合うのは、もはや逮捕劇というより殺し合いである。
主上との結びつきがどうこう言ったって、検非違使とは経仲のような一部の者を除けば、カネがかかる、危険、汚いの三拍子が揃った損な役回りでしかないと尽時は思う。
そんな検非違使は宮城の警備を担う衛門府(えもんふ)の役人から任命される決まりなので、全員が二足のわらじを履いている。
つくづく過酷な仕事である。
検非違使庁にも、そう毎日顔を出せるわけではない。
法師陰陽師の斬首から二日後、使庁を訪れた尽時は着いて早々嫌なモノを目撃した。
「……何ですかその最低な絵は?」
「うむ? 尽時か」
応えたのは経仲である。
経仲は熊のような巨躯のためにできるだけ開放的な空間にいたがる男で、狭い事務室ではなく庭に面した回廊に敷いた畳の上に座っていた。
その手には一枚の艶やかな高級紙があり、信じがたいことに、生首が描かれている。
雪は降らないまでも風はまだまだ冷たい。
寒風にあおられる生首の絵のすぐ先を、忙しそうに弓を携えた同僚たちがばたばたと駆けていく。追っている犯人がいるのだろう。
経仲は紙をこちらに見せ、
「穢れが障るので主上や左大臣さまは現物を見ることは叶わぬからな。こうして絵師に描き取らせて献上するのだ」
自分は主上や左大臣に近しいのだと言わんばかりだが、今の尽時は妬んでいられる精神状態ではなかった。
「主上や左大臣さまが首を見たがってるってんですか? 処刑された法師陰陽師の首を?」
「恐ろしいものほど見たくなるものだ。ほれ、下々の民とて首は大好きだろうが。みな獄門に首を見に集まっている」
いったん使庁で預かったあと、首は左獄の門に晒された。
首の管理もまた、検非違使の仕事のひとつである。
検非違使は主上の意志を代行する者であり、穢れを管理し処分する者としての側面も持つ。祭の前の大路の掃除が検非違使の担当なのもそのためである。
(生首なんかちっとも面白くねえっての……)
尽時はこめかみを押さえる。
あの河原で斬り落とされた首と遺骸を、野次馬を制して下っ端検非違使どうしで協力しながら運び出したあのおぞましさ、あの苦労が思い出されてどっと疲れた。
獄門に晒すにあたって首を清めねばならず、放免たちに指図するのさえ億劫だったというのに、それを面白がるとは。
「うむ、絵の出来映えは問題ないようだな」
と、満足げに経仲は立ち上がり、尽時に向き直る。
「わしはこれを主上と左大臣さまにお届けせねばならん。尽時よ、おまえはみなと仕事に励むように」
「……ええ、はい。おっしゃるとーりに」
まともに取り合うのも馬鹿馬鹿しく、尽時は適当に受け答えして経仲を見送った。
その直後である。
ばたばたと回廊の向こうからひとりの看督長が駆けてきて、「あっ、尽時さま! 今お手すきですか!?」と縋るように呼んでくる。
なんだかとてつもなく嫌な予感がした尽時は、気乗りしないのを隠しもせず、
「なんだ、忙しねえ。どうかしたのかよ」
「いやもう大変なんですっ」
尽時の目の前までやってきた看督長は青ざめた顔で言う。
「使者が先ほど使庁に来まして、今朝とつぜん、蔵人頭さまのご息女が亡くなったそうで!」
「……なに?」
尽時は思わず聞き返す。
蔵人頭といえば、あの法師陰陽師が呪詛をしかけた相手だ。しかしその企みは死刑によって阻止できたはず。
「死因は?」
「目立った傷などはありませんし、毒にやられた様子でもありません。昨夜まではぴんぴんしていた健康な若い娘が突然死んだんです。誰も原因に心当たりがなく、家の者たちは総員で邸内に呪詛がしかけられていないか捜索しております」
「蔵人頭は別の誰かがまた自分を呪ってると思ってんのか?」
「神祇官(じんぎかん)なり陰陽師なり、専門家の意見を仰がねば断定はできませんが……そう思われるのも無理はないかと。蔵人頭さまご自身も今朝からなぜか体調が優れないそうで、また病床に逆戻りです」
年頃の娘を持つ有力貴族なら誰しも入内させて自分の権勢を強めようとするものだから、政争から呪詛に発展した場合、娘まで標的にされることはよくある。
(にしても、あの法師陰陽師を雇った貴族の女はとっくに自殺してるしな。呪詛っつったって次から次へとそう狙われるもんか?)
関白左大臣ならまだしも蔵人頭ごときを狙う貴族がそんなにいるものだろうか。
呪詛を請け負ってくれる実力が確かな法師陰陽師を捜す手間だってある。
呪詛というものは一度しかければ勝ちというわけではなく、相手も陰陽師の守護を得た場合、彼我の実力差によっては呪いを打ち返されることもあると聞く。
実力の保証された官人陰陽師を動員できる上級貴族に呪詛をしかけるには、法師陰陽師側も度胸を要するし、仮に成功したとしても露見すれば死罪だ。
貴族が呪詛を企んでも、ちょうどいい人材はそう簡単には見繕えはしない。
(それに蔵人頭はあの安先生(あんせんじょう)に守護されてたはずなのに……)
陰陽の道に精通したあの安倍氏の現当主にして、天文博士。
当代一の陰陽師と畏敬の念を込めて「安先生」と呼ばれ、関白左大臣に重用されている彼が、蔵人頭を呪詛していた犯人を占いで見事突き止めたのだ。
一連の呪詛騒ぎで名をあげたのは経仲と安先生の二名だと言える。
ところが、死穢を生む死刑を執行してまで蔵人頭へかけられた呪詛を断ち切ったはずが、今朝になって娘が突然死し、蔵人頭本人も再び病床に伏した。別の呪詛ではないのかと検非違使庁が騒ぎ立てれば、安先生のアフターケアに抜け穴があったから蔵人頭を守り切れなかったのだと喧伝するも同然だ。
しかし……。
(仮に呪詛だとして、今度の犯人は当代一と言われる安先生の守護をものともしてねえってのか? いや、そもそも安先生の占いが外れてたら? あの法師陰陽師は罪を認めちゃいたが、拷訊のすえに聞き出した自白がどれほど信用できる? 最初っから真犯人は別にいて、あの法師陰陽師を死刑にしたのはまるっきり無意味だったとなったら、ちょっとまずいぞ)
あの法師陰陽師の死刑を許可した主上、処刑人を務めた経仲、犯人を突き止め蔵人頭の守護を担った安先生。それぞれが一転名を落とし、世を乱した元凶と見なされるか否かの瀬戸際にある。
もちろん、真っ先に手抜かりがなかったか疑われるのは犯人を占った安先生だろうが、処刑を担当した検非違使庁としても対応を間違えられない。
まがりなりにも法師の装いをしている人間を、死穢が生じるのにも構わず冤罪で斬首してしまいました、なんて、ことによれば統治者の不徳に数えられるかもしれない。
そして、統治者の不徳は蓄積されると天災を招く。
「我々も邸内の捜索に加わったほうがよろしいでしょうか?」
看督長が訊く。
呪詛をかけたなんらかの厭物(おぶつ)を標的の職場や家のどこかに埋めたり、井戸に潜ませること標的を害するという手法が用いられたのであれば、特別な力のない人間にも発見と除去ができるので、人海戦術が有効なのだ。
前回、蔵人頭にしかけられたのはその厭物による呪詛だったから、まずその可能性を考えるのは正しい。
とはいえ、と尽時は考え込む。
(捜索か……けど経仲もいねーし、独断で動いたら全部俺の責任じゃねえか。真偽はどうあれそんな厄い家に関わったって得はねえ。死にかけの蔵人頭に恩を売っても無意味。まぁ……こうなったら……よそに投げるか。別部署の管轄ってことで話を進めてひとまず逃げる、コレだな)
尽時は素早くそんなようなことを計算し、いかにも真剣そうな顔を作って看督長の肩を叩く。
「分かった、呪詛かどうかは分からねーが、対応を間違えると主上にも安先生にも、ついでに経仲にも恨まれかねねえ。経仲がいない以上、俺から内々に陰陽寮に協力を仰ごう。さっそく行ってくる」
「は、ハイッ。私は何かすべきですか?」
壮年の看督長は、経仲はともかく主上と安先生に恨まれるというあたりに肝を冷やした様子で、必死に訊いてくる。
「おまえはみんなに至急この話をして意見を乞え。ただし他言無用って念押ししてな。使者は適当に宥めて追い返して、経仲が戻るまでは使庁として公式に手出しするのはやめとけ。騒ぎ立てて大事にするなよ。いいな?」
「ハイッ」
◆
看督長に同僚たちを巻き込ませ、うまいこと臨時責任者の席から逃れた尽時は、検非違使庁を出て大内裏の陰陽寮に足を向けた。
看督長や放免を使いにやってもいいのだが、あのまま使庁に残っていたら面倒な仕事に捕まりそうだったので、自分で行くことにしたのだ。
きらびやかな八省百官が朝参する朝堂院へ続く応天門を、なかば観光気分で仰ぎ見つつ、忙しなく行き交う下働きの雑色(ぞうしき)たちを避けて歩いていると、ふといい香りが鼻をくすぐる。
陰陽寮の東に位置する、宮中の台所にあたる大膳職から漂ってくる匂いだ。
それを辿っていけば、西院の手前で陰陽寮に行き着く。
ふだん陰陽寮になど縁の無い尽時は門の前で立ち止まり、敷地の様子を観察する。
(陰陽師サマの本拠地でも予算が下りねえのかよ。世知辛いねぇ)
陰陽寮は一昨年火災に遭い、一部の建物が焼亡してしまった。
陰陽寮の官人がその屋上で日々星の動きを注視し、時刻を知らせたりする外階段つきの鐘楼の向こうには、学生が寝泊まりする宿泊棟と学舎がある。それらは焼亡を免れたが、煤や焦げ跡があちこちに残っている。
その宿泊棟と学舎を結ぶ吹き放しの渡り廊下を奥へ進めば、官人陰陽師や博士などの事務棟があり、さらに秘奥の儀式場まであったと聞くが、焼け落ちたきり再建できずにいるという。
主上も上級貴族たちも、功徳を積むために神仏を祀る堂ばかり新築するのに忙しい。
一時拘留した容疑者があまりに凄惨な環境のせいで死んでしまったり、凶悪犯に力ずくで脱獄されてしまったりと、おんぼろのまま改築の予算が下りないのは検非違使庁が管理している獄舎も同じだ。ついつい同情してしまう。
尽時は門をくぐり、書物を抱えて渡り廊下を歩いていた学生らしき若者に「ああ、君」と声をかける。
彼は振り返り、尽時が着ている赤の布衫(ふさん)を見て、頬に丸みの残る顔に驚きを浮かべた。
「検非違使さまですか? どういったご用件で陰陽寮に?」
「ちょっと事件があってな、内々に陰陽師の知恵を借りたいんだが」
すると彼は眉を下げ、
「すみません。安先生は不在なんです」
「いや、安先生の耳に入れる話じゃねえんだ」
尽時は慌てて顔の前で手を振る。むしろ安先生にお出ましいただいてはまずいのだ。
「手が空いてる陰陽師なら誰でも……、あ、いや。安先生と近しいやつは困るかな。誰かいるか?」
「ええと……なにか複雑な事情がおありと見えますが、それでしたら僕の師をお連れしましょう。安倍氏でも賀茂氏でもありませんし、安先生に近い遠いという以前に思いっきり嫌っておいでですから」
「え」
安倍氏が事実上世襲している天文博士の地位にいる安先生は、一般の官人陰陽師にしたら上司にあたるだろうに、思いっきり嫌っているとはどういうことなのか。尽時でさえ経仲には適当におもねっているのに。
尽時は愛想笑いを引きつらせながらも、
「あー……別の意味で不安にならなくもねえが、分かった。その君の師匠を連れてきてもらえる?」
「はい。少々お待ちくださいね」
学生は書物を抱えて足早に奥へ引っ込む。
やがて彼に負けず劣らずの速度で、狩衣姿の陰陽師が渡り廊下をこちらへ向かってきた。
尽時と同年代と思しき青年だ。肩で風を切るような早足から、すでに仕事に忙殺されているのだと分かる。
尽時はそれを見てしめたとほくそ笑んだ。
(なんか忙しいみたいだが、ついてるぜ。これで陰陽師側から忙しさと安先生の不在を理由に『いったん持ち帰らせていただきます』の一言を引き出せりゃ、俺は最低限の仕事はしたって言える)
期待に胸を膨らませているうちに、彼は尽時の目の前にやってきた。
思わず目を引かれるようなお綺麗な顔を歪ませ、開口一番、
「お忙しい検非違使どのが、朝からなんの用だ?」
(……めちゃくちゃ機嫌わりーなコイツ)
思わず心の中で腰を引かせてしまう尽時である。
見目こそいいが、天下の安先生を「思いっきり嫌い」と言う陰陽師だけあって遠慮会釈がない。
尽時は口元を引きつらせながら、
「……あーその……ちょっと安先生の耳を憚る事件があってよぉ。陰陽師の知恵を借りてえのよ」
「? 事件ってなんだ。はっきり言えよ、こっちも忙しいんだ」
促してくる陰陽師は訝しんでいるのを隠そうともしない。
これには尽時もご機嫌取りに腐心するのがバカらしくなり、とりあえず事の次第を説明した。
聞き終えた陰陽師は、またしても遠慮会釈なく鼻を鳴らす。
「人が死んでんじゃねえか。しかも呪詛? どこがちょっとした事件だよ」
つくづく、顔の作りの繊細さを全力で裏切るぞんざいな口調だ。
「下手に騒ぎ立てたらおまえんとこの看板陰陽師の沽券にも関わるし、おとなしめの表現にしてやったんだろ」
尽時も負けじと恩着せがましく言い返す。が、この陰陽師はそうなんですか恐れ入ります、などと縮こまる男ではなかった。
「沽券も何もあるか。蔵人頭は呪詛の可能性を危惧してるんだぞ、真っ先に安先生に助けを求めるに決まってんだろ。とっくに事件のことは耳に入ってるはずだ」
「……。そりゃそうか」
確かに、家人を総動員して厭物を捜索させているのだから、検非違使庁に連絡するより先に安先生のもとへ助けを求めていないわけがない。
尽時は、この抜き身の刀のような陰陽師にやり込められたことにほぞを噛みつつ、
「んじゃ、今度も安先生が出てきて幕切れか。めんどくせーなぁ、安先生は犯人を占ってハイ終わりでも、犯人の捜索・逮捕・拷訊って汚れ仕事は俺らがやんなきゃなんねえし」
最悪の場合、今度の犯人も斬首刑に処されるかもしれない。
生首の感触がまだ鮮明に残っている尽時は、憂鬱のあまりつい本音を漏らしてしまう。
陰陽師は呆れたように嘆息し、
「気が早い検非違使だな。結論を急がないで、考えてみろ。蔵人頭から真っ先に連絡を受けたはずなのに、いまだに安先生がお出ましになってないのはおかしいだろ」
「だったらおまえは何でもかんでも勘ぐる陰陽師かぁ? 単に行き違いになってるだけじゃねえの」
「違う。安先生が次にすることは検非違使庁への抗議だ。今ごろ怒髪衝天だろうからな」
そう言われて、尽時はぎょっと目を剥いた。
「な……なんで安先生がウチに抗議すんだよ? 理由がねえだろ?」
法師陰陽師の処刑は本当に必要なことだったのか。
安先生の占いは的中していたのか。
どの疑問を精査するにせよ、一連の呪詛騒ぎで責任を問われるのはまず安先生だと思っていた尽時には、この陰陽師の言葉は青天の霹靂だった。
どういう理屈で、安先生が受けるべき責めが検非違使庁に向くというのか。
困惑する尽時に、陰陽師は冷たい一瞥をくれていきなり門のほうへ歩き出す。
尽時は慌ててそれを追いかけて隣に並び、
「おい、説明しろよっ。ウチに落ち度なんかねえぞ」
「……、おまえな」
陰陽師は歩き出したときと同じに、出し抜けに足をびたりと止め、露骨に侮蔑の目で尽時を見上げてくる。
「ほんっとーに、心底、ちっとも、人命を尊ぶ気持ちがないんだな、おまえ。さっきから聞いてりゃ、自分の立場しか気にしてない。娘を亡くした上に自分も死にかけてる人間を助けてやろうと思わないのか?」
(ウッ……)
痛いところを突かれた。
図星そのものだったが、それがかえってとさかに来た。
この陰陽師にこれ以上やり込められるのが腹立たしいというのもあって言い返さずにはいられない。
「しょ、初対面でずいぶんずけずけ言ってくれるじゃねえか……。俺ら検非違使はな、毎日そりゃあもうしんどい仕事してんの。カネも出てくし危険だし汚いし、陰陽師サマもいっぺん血まみれの生首を扱ってみりゃいいんだ、一日と持たずに寝込むに決まってるぜ。自分より出世してる他人の心配なんかしてられっかよ。このうえ陰陽寮の責任を理不尽になすりつけられたんじゃ勤労意欲のきの字も湧きようがねえんだよ、当たり前だろっ?」
一気にまくしたてて、尽時はどうだと陰陽師の反応を伺う。
ひ弱な文官ごときが、日頃恐ろしい穢れに触れている検非違使に食ってかかられて全く怯えないわけがない。
……と思ったのだが、陰陽師はふうん、という顔で冷めた目をくれるだけだった。
尽時は拍子抜けして、今度はなにかしら彼の反応を引き出そうとする。
「……ちょっとは反応しろよおまえ」
「初対面で全力の仕事の愚痴をまくし立てられて、どう返せば正解なんだよ。まさか赤ん坊みたいにあやされたいのか?」
いたたまれなくなって日和ってしまった尽時に、陰陽師はどこまでも正論で返してくる。
旗色が悪い、というか、純粋に言い負かされている。
(……なんであの学生にコイツを呼ばせちまったんだ、俺は……)
いまさら頭を抱えても遅い。
検非違使という職はなまじ主上との繋がりが強いせいで悪評が主上に届きやすいから、ふだんは誰にも漏らさずため込んでいる愚痴まで盛大に披露してしまった。尽時に時間を巻き戻す霊能力でもあれば今すぐ実行していただろう。
すると陰陽師が「おい、魂飛ばしてないでちゃんとしろよ」と声をとがらせ、尽時を現実に引き戻す。
彼は門を指さし、
「ったくおまえといい、安先生といい……気にする順序が違うだろ、今は蔵人頭を助ける糸口を探すべきだ。ひとまず法師の首の様子を確認したい。左獄だったか? 行くぞ、おまえには訊きたいことがいくつかある」
いかにも真面目な、反論やゴネを許さないきびきびしたテンポに、尽時はすっかり嫌気が差した。
こういう仕事熱心なやつとは気が合わないのだ。
深い溜め息とともに頭を掻き、
「はぁ……おまえみたくしゃきしゃきしたヤツといると疲れんだよぉ」
「ふざけんな。おまえの相手させられて疲れてんのはこっちなんだよ」
尽時の泣き言を無視して陰陽師がさっさと歩き出す。
仕方なく、本当に仕方なく尽時はそれに従った。一歩目を踏み出して、あっと遅ればせながら気づく。
「待てよ。なんで俺ら、お互いの名前も知らずにこんだけ言い合いしてるんだ?」
順序が違うというならなにもかも違うじゃないかと頭を掻く尽時に、今度は陰陽師もきょとんと目を丸くした。
「……あぁ……、確かに」
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