勇者エミルが世界を救う裏で 〜ゲーム世界の村人Aになった俺は人知れず世界を改変する〜

神田義一

プロローグ

『総てをアエテルヌム抱擁・アモーせし永劫のレ=オムニア・エ寵愛』ンブレース


 その神威しんいは――いただきに立つ者のみが至ることのできる位階。

 『女神の剣』の放つ光が、大地を、海を、空を、世界を――未来永劫続く愛で抱きしめ、満たしてゆく。

 世界中に蔓延はびこる魔の瘴気も女神の力によって浄化され――人々に再び平和が訪れるだろう。

 そして、大魔王オルドシェセルは勇者エミルのその一撃に討たれ――



---



「フンハーーーーハッハッハッハハハァ!!!」


 暗い部屋に、狂った悪魔のような雄たけびが響き渡る。

 ぼんやりと光るモニターの前で、振り上げる片手にはコントローラーを握りしめながらも歓喜する男。

 ゲームクリアに打ち震えている28歳無職童貞メガネガイが、そこにはいた――。


 っていうか、俺だった。


 ドンドンドンドン!


 壁の向こう側から「やかましい!」と怒りの合図のように壁ドンをしてくる父親。

 うるせえな…わかってらい。


「ふぅ…」


 達成感の余韻に浸りながら椅子にもたれかかる。

 時刻は既に午前三時。

 そりゃこんな時間に騒げば怒るのも無理はない。


 引きこもりベテランの俺の唯一の友はネットとゲーム。

 今プレイしている「アルティア・クロニクル」もその一つだ。

 ――王道ファンタジーRPG。通称「アルクロ」

 今の俺にとっての現実逃避だ。


 製作者は不明。

 ネットで面白そうなゲームをインストールしまくってたらフォルダに入っていた一つ。

 今となってはどこに落ちてたなんてのはわからない。

 最近のゲームにしては珍しくドット絵だが、まぁ、ヒマだしレトロゲーすらもこよなく愛せる俺は気軽にプレイ。


 どういう物語かって?


 主人公である少年エミルは、とある目的で作中最強の兄・ベルギスと共に世界中を旅していた。

 しかし魔族によってその兄は殺され、エミルも囚われるが、囚われた先で出会った母親であるセシリアに出会う。

 母――セシリアは大魔王の復活に必要な力を持っており、エミルはセシリアを脅す道具に使われたが、5年後、エミルは逃亡に成功するも、その2年後に大魔王オルドジェセル復活。

 2年の間でエミルは当初の10歳から17歳に成長し、女神アルティアの力を持つ剣に選ばれ、最後には勇者として覚醒。

 仲間と共に大魔王に立ち向かう――!


 とまぁ、王道だ。

 ドラ○エとか、テ○ルズとか、そんな感じ。

 だが、それがいい。


 そして俺は今、ついにそのラスボスに勝利し――


「縺ィ縺??ょ窮閠也阜縺ッ謨代oまえのぉ繧後∪縺励◆縲た!」


「――は?」


 意味不明だった。

 勇者の最後の一撃が、大魔王を討つシーンなのだが、その際に出てきた勇者のセリフが謎の言語――というか文字化けしている。


「鬲皮視縺ッ謇薙■貊?⊂縺輔l縺セ縺励◆縲ゅ%′謌サァ縺励g縺」


 ザザッ……! ザー…。


 その謎の言葉を言われた大魔王も、お返しと言わんばかりに謎の言語で対応する。

 異常なノイズが走り、液晶画面が不気味に色を変え、明滅し始める。


「ちょ、は!? 嘘だろ!?」


 おいおい、ここまできてバグか? ふざけんなよ。

 こちとらラスボス倒すのにどれだけ苦労したと――


 《ERROR: 無効な仮初かりそめの未来》

 《ERROR: 潜在的な矛盾が発生しています》

 《ERROR: 不整合な運命を検出》


 突如、画面いっぱいにエラーメッセージが次々に表示される。

 メッセージはどんどん増え続けて画面を埋め尽くし、警告音のような響きも混じり始める。


「――え?」


 《ERROR: 次元的矛盾を検出》《ERROR: 因果律の破損を確認》《ERROR: ����のファイルにアクセスできません》《ERROR: 化ãが欠損しています》《ERROR: システムパスが断絶しています》《MALFUNCTION: 残留��が未解決のままです》《DEGRADATION: 空間軸の安定性が低下しています》《INCONSISTENCY:���̃の改変が必要です》《CRITICAL ERROR: 時空間因果律崩壊が発生》《WARNING: 因果が崩壊しました》《FAILURE: 世界の構築に失敗しました》《FAILURE: 世界の構築に失敗しました》《FAILURE: 世界の構築に失敗しました》《FAILURE: 世界の構築に失敗しました》


 俺はその画面を見つめたまま動けなくなっていた。

 えこわいこわいこわいこわいナニコレ!?


 エラーに満ちた画面はフラッシュを起こし、「仮初の未来」とやらのビジョンが崩れながら映し出される。


 《因果を再構築中…完了》


 エラーメッセージが消え、再びドット絵の世界が展開される。

 しかし、そこに映っていたのは、先ほどまでの『勇者の最後の一撃!』な場面ではなく、草原の風景に、のどかな家々がぽつぽつとあるだけの村。

 勇者エミルも存在せず、画面中央にはどこかで見覚えのある金髪のキャラクターだけが立っていた。

 というか川に向かって釣りをしていた。


 この村も見覚えがある。エミルがゲーム開始時にいる最初の村『プレーリー』だ。

 一瞬わからなかったが、それはエミルが青年になってから訪れると、霧と墓と荒れた家々のみという廃墟になるからだ。

 メインストーリーには絡んでこないが、そういう描写はプレイヤーにとって衝撃的だ。

 そういう細部を凝るゲーム、キライじゃないぜ。


 っていうかそうだ、コイツは確か最初、エミルの家の前にいた村人だ。

 チュートリアル後、とりあえず目の前にいたから話しかけてみたヤツだ。

「よぉ、今日は天気がいいな」とかいう背景らしいセリフしか返ってこなかったが。


「いやいやいやいや」


 ていうか、そんなのどうだっていい。

 エンディングは!? 俺のレベルアップとかスキルアップに費やした時間は!?

 なぁにが因果再構築だ! こんな中世ファンタジーにそんな概念いらねーよ!


 そんなことを考えていると、その村人の隣にある家から少年が出てきて、ぴょんぴょんとジャンプするようなアクションを挟むと、新たに出てきた男と一緒に家に戻っていく。

 この場面も見た覚えがある。


 主人公エミルがその兄・ベルギスを呼んで、一緒に家に入るシーンだ。

 どの場面かというと――このゲームの最初のチュートリアルだ。


「――はえ?」


 思わず変な声が出る。

 え? もしかしてセーブデータ消えた?

 エラーでてきたからまさかとは思ったけど、『さいしょからはじめる』になっちゃった!?


 思わず「うぉおおおおおおい!!!!」と叫んでしまいそうになるその瞬間、ゲーム画面がフリーズし、直後にコマンドプロンプトのような画面に移り変わった。

 再び謎の文字列を形成していく。


 《改変適合者の存在を認識しました》

 《要改変者の座標を確認...完了》

 《次元間連結開始……》


 またか。

 もういいよ。

 ガン萎えだ。

 ため息が出る。


「…んなメタだらけのファンタジー望んでねぇよ。実はSFでしたとでも――」


 俺の言葉はモニターの一層激しい明滅によって遮られる。

 光は先ほどのものとは段違いで、俺の中で何かが「ヤバイ」と認識した。

 反射的に顔を覆い、PCの電源を切ろうと手を伸ばした――が、何故か手が震えて思うように動かない。


 《コントローラーの接続を遮断しました……》

 《記憶とのリンクを開始……》

 《感覚器官との接続を確認……》


「…はっ!?…うっ、おぉぉえ…!」


 俺は唐突に眩暈と吐き気に襲われる。

 モニターには次々と流れていく謎のメッセージ。

 足元には、俺を包むように光の網のようなものが形成されていた。

 やばい。なにが起きてるか全くわからない。


 《認識系統への接続を確認中……》

 《意思を再構築中……》


「痛っ…!? …ぁあぁああああ!!」


 続け様に今度は耳が静かに切り取られるような音に思わず耳を塞ぐ。

 同時に意識が遠のいていく。


 ドンドンドンドン!


 俺の声がやかましかったのか、隣の部屋から壁ドンの嵐。

 いやいや、違うんだって! それどころじゃないから!!


 そんな心の叫びも意味はなく、無情にも俺の意識は何かに吸い込まれるかの如く遠のいていく。

 嘘だろ? 俺にはまだやりたいことが…。


 しかし、その思いも儚く、俺の視界は白い世界に染まっていくばかりだ。


<連結リンク>


 遠ざかる意識の中で最後に見えたのは、そんな文字だった。


 謎の現象の連鎖に為すすべもなく、

 俺の意識は光と共に消えていった。

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