第2話
潮の香りのする風が、シャロンの頬をくすぐる。
欠けた月の頼りない光を頼りにシャロンは裸足で砂の上をあるいた。
月光はシャロンの古い傷が残る体がぼうっとうかばせる。
かつて白かった肌は、農作業のせいで小麦色に日焼けしている。
かつて銀色だった髪は、茶色に染められていた。
特徴的な黒に限りなく近い赤い瞳には、かつてはなかった陰りが見える。
全てがあの時と変わったと感じている。
でも、悪いことだけでない。得たものもある。
シャロンに家族と言えるような人たちができた。
シャロンが王都を去り、あてもなく放浪しているときだ。
人攫いに拉致されそうになっている女の子を助けた。
それがジーンという女の子で、それがきっかけでジーンの家に住まわせてもらうことになった。
その女の子、ジーンは今や17歳。隣町の豪農の家に嫁いだ。
平穏な日常を手に入れた。
最初は、村の人たちに警戒されていたが、ジーンの兄、フィンのおかげでこの村になじむことができた。
初めて恋をして、その人と両想いになれた。
フィンは、シャロンと同い年の青年だ。
病気で両親をはやくに亡くし、6歳下の妹のジーンと支えあって生きてきた。
笑ったときに見せる八重歯が印象的で、この村で女の子の人気は一番だ。
得たものもたくさんある。
なのに、昔の自分に戻ったような夢は、5年たった今でも未だにみる。
シャロンはあの音に生かされていたといっても過言でない。
選択を迫られたとき、危機が迫っているとき、いつもお告げのような鈴のような音。
最初は違和感だった。
いつも聞こえるような場面で、あの音が聞こえない。
それが確信に変わったとき、シャロンは王都を離れた。
頭から追い出すために、ベッドにフィンをおいて外に出た。
30分ほど歩いて、海にいく。
嫌な気持ちになると海がみたくなるのはどうしてだろう。
どれだけそこにいただろう。
海のむこうの山のふちの空がオレンジ色になってきた。
「もし。」
空の色に見とれていると、いきなり声がした。
「私・・ですか。」
シャロンはびっくりしながら聞いた。
落ち着いた声の主は、艶やかな金色の髪をひとつに束ね、上等の服を着こんだ長身で華奢な男だった。
ずっとうしろの方には馬車と、使用人が見える。
貴族だ。
動揺を悟られてはいけない。
頭も下げない。
わずかな意地だった。
「そうです。」
「何かようですか。」
貴族の男は、金色の瞳の目をわずかに細めてふふっと上品に笑った。
それが気に入らない。
いや、存在が気に入らない。
「嫌なことがあると、海を見たくなりますよね。」
貴族の男は、シャロンに語り掛ける。
が、シャロンは答えない。
「波の音が好きなんです。心が安らぐ、美しい音。」
貴族の男は海のむこうに目をうつした。
「きっと波の音は永遠なのです。この先もずっと消えることもないでしょう。」
シャロンは何も言わずに貴族をじっと観察していた。
「永遠だから美しいのか、美しいものは永遠なのか。」
貴族はゆっくり顔を動かして、シャロンを正面から見つめる。
金色の三白眼の瞳にびくっとした。
「あなたはどう思いますか?」
「知りません。」
シャロンの声は冷たかった。
「そうですか、私は両方だと思います。」
この貴族は何がいいたいのか。
それがわからず、不安になる。
この貴族は、自分の何かを見透かしているようなそんな目だ。
「あなたの目、すごく美しい色。一見黒く見えるのに、よく見ると赤い。でも、昔より陰りがある感じがするんです。」
貴族はそういうと、ゆっくり近づいてくる。
シャロンは、催眠術でもかけられたように、なぜか動けない。
心臓の鼓動がうるさい。
貴族は少しかがんで、シャロンの耳元でつぶやいた。
「知ってますよ。月の勇者、なんでしょう?」
シャロンは無表情をつらぬいた。
本当は、心臓は飛び出そうなくらい跳ね上がった。
でも、それを知られるわけにはいかない。
知られたら、今度こそ逃げきれない。
逆賊として処刑だ。
「何言ってるんですか?」
平然とした声だ。
焦りも驚きも感じさせない声。
レイ・グロシュラー侯爵は、馬車の窓から一人の女が砂浜の上を歩いているのを見た。
いつもついてくる過保護なファトゥという使用人をおいてきて、一人で砂浜に降りた。
少し小さく見える。
髪の色が違う。肌も少しやけている。
でも一度みたら忘れない、あの瞳。少し影があるように見えるのは、気のせいか。
貴方の正体を知っている。
侯爵である私が密告すれば、貴方のことを密告すれば命はないというのに。
何の感情も読み取れない声。
それで確信した。
彼女は、ずっと捜していた月の勇者だった。
あなたは私の月 けんじょうあすか @asuka_9701
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