第29話 物色

 森の中をうろうろとさまよい、良さそうな貴族男性を物色する。


(いろんなタイプの人がいて助かるわね。夜会のときみたいに変に気取った感じがないのもいいわ)


 皆、人より少しでも大きな獲物を仕留めようと、気合いの入った顔をしている。


 こういう表情は、テントで待っているだけでは見ることができないため、やはり狩りに参加してみて正解だった。


 これは、と思える男性がいないか、注意深く観察して回る。


(できれば、家を継がなくていい次男とか三男がいいわね。公爵領に来てってお願いしやすいもの)


 もしいい男性に出会えたら、すぐには皇都を発たずに、しばらくゆっくり滞在してもいいかもしれない。知り合ったばかりで離れ離れになってはお互いのことをよく知ることができないし、浮気される可能性もないとは言えない。


(あと、過保護な兄に寛容な人じゃないと厳しいかもしれないわよね……)


 アイリスに恋人ができたとなれば、エヴァンの機嫌が最悪になることは想像に難くない。きっと、恋人に難癖をつけたり、冷たく当たったり、失礼なことばかりするに決まっている。普通の神経では耐えられないかもしれない。


(待って、私の恋人探しってかなり難易度高いんじゃ……)


 エヴァンのことを考慮に入れるだけで、かなり対象者が絞られてしまいそうだ。


(いや、エヴァンのことは私がちゃんと説得することにして、まずはときめく人を探すのよ……!)


 自分の好みにぴったりな人はいないか、さらにうろうろと探し回る。


(いやでも、私の好みってどんな人……?)


 ずっとクリフのことばかり追いかけていたから、自分の好みがよく分からない。


 真面目な人? 優しい人? 強い人?


 でも、内面のことなんて外から見ただけでは判別できない。

 アイリスは額に手を当てながら「うーん」と唸った。


(……よし、顔で探しましょう! 顔がいい人を見つけるのよ!)


 単純明確な条件を設定し直して、アイリスは恋人探しを続行した。



◇◇◇



「……え、待って、全然いないんだけど……?」


 狩りもせずに狩り場をずっとうろついていたアイリスが、困ったように呟く。


 もう数十人の貴族男性を物色しているのに、まったくピンとくる人がいないのだ。


 皆、顔が整っていない訳ではない。

 なのに、誰を見ても胸がキュンともドキッともしないのだ。


(これはあれだわ。ずっとエヴァンと一緒にいるから、目が肥えてしまったのかもしれない……)


 何せエヴァンはとにかく端正な顔立ちをしているのだ。

 彼を見たあとは、絵画や彫刻さえもどこか物足りないように思える。


(それに加えて、直前までイーサン殿下と喋っていたから、そのせいもあるわよきっと……)


 彼もまた恐ろしいほどに美しい外見だ。

 本当は人間ではなく精霊だと言われても、なるほどと信じて納得してしまいそうだった。実際、惑いの森に棲む精霊たちを思い出してみても遜色のない美貌だ。


 そんな二人を目にしていたら、その辺の少し格好いい人くらいでは目が満足しないのかもしれない。


「完全に二人のせいだわ! まったく、私の恋人探しの邪魔をしないでくれるかしら!」


 アイリスが言いがかりとも言える悪態を漏らしたとき、目の前を流れる谷川の向こうで、何かが動くのが見えた。


「……獲物がいるのかしら」


 低木の茂みが、がさりと揺れる。

 よく目を凝らすと、その奥に鹿の角のようなものが見えた。


「あれって鹿よね。ここから狙えそうだわ」


 幸い、周囲に他の参加者はいない。

 アイリスが背中に掛けていた弓を取り、矢をつがえる。


(恋人探しは望み薄だし、今日はもう狩りに集中しよう)


 川の音がアイリスの気配をかき消してくれているのか、鹿はこちらに気づいている様子はない。


 仕留めたあと、吊り橋で向こう側へ行かないといけないのが面倒だが、このあとまた獲物に出会えるとも限らない。狙えるときに狙うのが最善だろう。

 

(一発で仕留められるかしら)


 なるべく距離を縮められるよう崖の少し手前まで移動し、よく狙いを定めてぎりぎりと弓を引き絞る。


(今だわ!)


 鹿の首元めがけて矢を放ったと同時に、ヒュンッと矢が飛んでいく音が聞こえ、背中にドンッと強い衝撃を感じた。


「えっ……?」


 足元に地面がなくなり、眼下に激流が見える。


(嘘でしょ……?)


 誰かに突き落とされたのだと理解した瞬間、アイリスの体は激しい川の流れに飲み込まれていった。

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