第27話 狩猟祭の参加者たち

 抜けるような青空に、眩しい陽光、爽やかなそよ風。

 今日は狩猟祭にもってこいの気候だった。


 ちなみに、狩猟祭というのは皇都で毎年開催される伝統行事だ。男性貴族たちが一日かけて狩りを行い、その日一番の獲物を意中の女性に捧げるのが習わしだった。


 今年はアイリスとエヴァンも参加を申し込み、会場となる皇宮近くの森へとやって来ていた。


「うーん、新鮮な香り! 公爵領の森を思い出すわね」


 生き生きと楽しそうなアイリスとは対照的に、エヴァンは微妙な表情をしている。


「その格好、本当に本気なの? 僕はアイリスに獲物を捧げようと思っていたのに……」


 エヴァンが恨めしそうにじろじろとアイリスの服装を見回す。


 てっきり他の令嬢たちに混じって、テントの中で男たちの帰りを待つのかと思っていたのに、遅れて馬車にやって来たアイリスは狩猟服をしっかりと着込み、自分用の弓矢を携えていたのだ。


 いまだに文句を言っているエヴァンに、アイリスが不思議そうに首を傾げる。


「え? だって、私も参加するって言ったじゃない」

「まさか狩る側だとは思わないだろう。そもそも、令嬢が狩りに参加するなんて前代未聞じゃない?」

「大丈夫よ。ちゃんと要項を確認したけど、狩猟参加者は男性に限定されている訳じゃなかったから」

「いや、それはもう暗黙の了解というか……」

「私の弓の腕前はエヴァンも知ってるでしょう? しっかり獲物を狩ってくるから安心してちょうだい」

「弓が上手いのは知ってるけど、僕が心配してるのはそういうことじゃなくて──」


 わいわい言い合っていると、背後からアイリスとエヴァンを呼ぶ声が聞こえ、二人は同時に振り返った。


「……イーサン殿下」


 明るい日差しを浴びて、黄金色の髪がきらきらと輝いている。その眩しさに思わず目をすがめると、イーサンが真っ直ぐにアイリスのほうへと歩み寄ってきた。


「アイリス嬢、先日はすまな──」

「で、殿下! ちょっとお話が……!」


 図書館でのことを謝ろうとしたイーサンの手を、アイリスが咄嗟に引いて連れ出す。


(図書館で二人で会ったって知られたら、エヴァンがまた機嫌を悪くしちゃう……)


 エヴァンはやきもち焼きだから、目の前でうっかり話されては堪らない。しかもまた泣いたと知られれば、かなり面倒なことになりそうだった。


(ちょうど惑いの森の件も話したいと思っていたし、別の場所で話をしよう)


 アイリスに腕を掴まれて頬を赤くしているイーサンのことも、遠ざかっていく二人を暗い目で見つめるエヴァンのこともまったく気づかないまま、アイリスはひと気のなさそうな場所を目指してずんずんと進んでいった。



◇◇◇



(……やっぱり、アイリスはクリフのことを忘れられていないのかもしれない)


 アイリスとイーサンの後ろ姿を見つめながら、エヴァンが苦しげに顔を歪める。


(きっと呪いを解くための話をしに行ったんだろうけど、二人が一緒にいる光景は見たくない)


 クリフに関する心残りを完全になくしてほしいから、呪いを解くことを邪魔するつもりはない。むしろ一刻も早く呪いを解いてやってほしい。


 しかし、だからといってアイリスがイーサンに接触することを不快に思わないでいられる訳ではない。


(クリフというのは、そんなにアイリスから愛されるのに値する奴なのか──?)


 見たことも会ったこともないのに、憎くて堪らない。

 一体どんな奴なんだろう。

 やはり皇太子とそっくりな見た目なのだろうか。


 アイリスに聞こうと思ったが、そうするとクリフに似た男を見るたびに最悪な気分になりそうだったから、聞くのをやめてしまった。


(早く、クリフのことなんて忘れてしまえばいいのに……)


 苦々しい思いで立ち尽くしていると、背後から「エヴァン公子」と呼びかけられた。その聞き覚えのある声音にエヴァンは怒りの感情を隠しもせずに振り返る。


「何の用だ、セシリア嬢」

「まあ、そんなにお怒りにならないでください」

「黙れ。僕たちに近づくな」


 エヴァンの怒りを気にする素振りも見せずに、セシリアが優雅に微笑む。


「伝言はお聞きになりましたか? 喜んでいただけるといいのですが」

「ふざけるな! この腹黒女が……!」


 エヴァンがさらに激昂する。

 セシリアは「まあ、こわい」とたおやかに口元を押さえる仕草をしたあと、美しい角度で細い首を傾げた。


「私はただ、誰も使っていない空き屋敷がありますから、アイリス様とお二人で使って楽しまれてはと提案しただけですわ。せっかく公子に喜んでいただけると思いましたのに……」


 儚げな表情で眉を寄せて悲しがってみせるセシリアに、エヴァンが吐き捨てるように言い放つ。


「お前のような薄汚い女の手に乗るつもりはない」


 エヴァンがセシリアに背を向けて歩き去る。

 その逞しく美しい後ろ姿を見つめながら、セシリアは手で隠した口元を密かに綻ばせた。


「……ごめんなさいね、エヴァン公子」

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