第24話 緊張のお茶会
ある晴れた日の午後。アイリスは、とあるお茶会に招待されていた。
上質な調度品や清楚な花々、有名画家の絵画で彩られた客間の椅子に腰かけ、香りの良い紅茶を頂く。
そして目の前で優美な表情を浮かべている侯爵令嬢セシリアに、品よく笑いかけた。
「とても美味しい紅茶ですね。私が好きなお菓子にも合いそうです」
「気に入っていただけたようで嬉しいですわ。イーサン殿下がお好きな紅茶ですのよ」
「あ……なるほど……」
また軽く牽制されているのを感じ、アイリスの笑顔が強張る。
(……こうして二人きりのお茶会に招待されたのは、やっぱりイーサン皇太子に近づくなっていう警告よね……?)
皇都に戻ってきたのは、彼に掛かっている短命の呪いを解くためであるから、近づかないという訳にはいかない。
ならば、自分はイーサンとセシリアの仲を邪魔するつもりはないのだと宣言したほうがいいのかもしれない。
そう思って口を開きかけたとき、セシリアが問いかけてきた。
「公爵領でお暮らしになっていた間は、どんなことをなさっていたのですか?」
出鼻をくじかれてしまったが、こうやって雑談を交わすことで、距離が縮まって話を受け入れてもらいやすくなるかもしれない。
「そうですね、乗馬やダンスなどいろいろやっていたのですが、一番熱中したのは魔法学の研究でしょうか」
「まあ、魔法にご興味がおありですの?」
「ええ、少し……」
実際は少しどころか、エヴァン以外の人たちに見つからないよう地下室や無人の草原などで思いきり魔法を放っていた。
でも、自分が魔法使いであることは内緒にしているし、セシリアにもこれ以上警戒されたくはないので、魔法の勉強はちょっとした趣味程度なのだと思わせておく。
セシリアもさして興味はないだろうから、刺繍の話題でも出してみようか。そう考えていたアイリスだったが、意外にもセシリアは魔法の話に食いついた。
「実は、我が侯爵家は魔法使いの末裔らしいのです」
「えっ、そうなのですか!?」
驚きに目を見開くと、セシリアは少し誇らしげに口角を上げた。
「ええ、なんでも千年近く昔に古代竜を封じた二人の魔法使いの子孫だとか」
「……っ」
セシリアの言葉に思わず噴き出しそうになるが、なんとか堪える。
千年前に古代竜を封じた二人の魔法使いと言ったら、間違いなくアリアとクリフではないか。そしてセシリアがその子孫?
(残念ながら完全な作り話ね……。私たちは古代竜を封じてすぐに死んだし、子孫なんて残した覚えもないもの)
落ちぶれた魔法使いが、どこかでホラでも吹いていたのかもしれない。
訂正したい気持ちになったが、アイリスがそれは嘘だと言うのもおかしな話だし、セシリアも自慢に思っているようなので、とりあえず目を瞑って黙っておくことにする。
すると、セシリアがまた別の質問を投げかけた。
「アイリス様には縁談などはないのですか?」
「ああ……お話をいただくことはあるのですが、兄が勝手に断ってしまうのです」
苦笑いで事実を答えると、セシリアはどこか意味深に微笑んだ。
「ふふ、愛されていらっしゃるのですね。こんなことを言うのはなんですが……先日のデビュタントでアイリス様とエヴァン様をご覧になった方々が、そのうちお二人が結婚されるのではと噂されているんですよ」
「えっ!? それはあり得ませんよ……!」
「でも、そうなってもおかしくないほどの溺愛ぶりでしたわ。そもそもお二人は血が繋がっていらっしゃいませんし……」
「いやいやいや……」
たしかに、デビュタントでのエヴァンの行動は行き過ぎていると思っていたが、まさかそんなおかしな噂が立つとは思わなかった。
どうしたら誤解を払拭できるだろうかと考えていると、セシリアが「結婚といえば……」とまた新たな話題に移った。
「私のことなのですが、イーサン殿下ともうすぐ結婚の運びになるかもしれませんわ」
「そ、そうなのですね……! おめでとうございます」
少し驚いてしまったが、二人が結婚するというのは喜ばしいことだ。祝福の言葉を伝えると、セシリアは満足そうに目を細め、口もとに綺麗な弧を描いた。
「ありがとうございます。私は5歳の頃から殿下のことが好きでしたの。15年間、あの方だけを想い続けているのです」
だから、邪魔する者は許さないとでも言うように、セシリアが真っ直ぐにアイリスを見据える。
(……それを言ったら、私は15年どころか900年想い続けていたんだけど──って、こんなことで張り合っても仕方ないわね)
アイリスが笑って受け流し、セシリアを安心させるように付け加える。
「セシリア様はイーサン殿下のことが心からお好きなんですね。お二人の邪魔をしようだなんて誰も思いませんのでご安心ください」
これでもう敵視されることはなくなるだろう。
そう安堵して、紅茶に口をつけたアイリスには、セシリアの呟きが聞こえることはなかった。
「──貴女にそのつもりがなくても、殿下が貴女を気にしてしまうことが問題なのよ」
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