第18話 アイリスの誕生日
シンクレア侯爵令嬢セシリアは、イーサンへと宛てた手紙をしたためていた。
しかし、途中でペンを置いて溜め息をつく。
イーサン殿下が公爵邸を訪問なさったと耳にしました。
アイリス公爵令嬢とお会いになったそうですね。
殿下からそのようなことはお聞きしていなかったので驚きました。
アイリス嬢は今は公爵令嬢でいらっしゃいますが、元は平民の孤児です。あまり親しくされると、殿下の評判に傷がつかないかと心配です──
「……だめだわ。こうして手紙を書いても、逆に煩わしがられてしまうかもしれない……」
セシリアが書き途中の手紙をくしゃりと握る。
先日、皇宮にいる親しい者から、イーサンが公爵家を訪れたようだと教えてもらった。
あの日は貴族令息の集まりがあり、エヴァン公子も参加していたはずだから、彼に会いに行ったのでないことは確実だ。では、公爵に用があったのかと考えたが、イーサンは皇室専属の菓子店で綺麗な砂糖菓子を注文したのだという。
となれば、誰に会いに行ったのかは明白だった。
(なぜ公女に会いに……? しかもプレゼントまで持って……)
セシリアは、イーサンから贈り物などもらったことはない。
婚約者になる前はそれも当然と思ったが、いざ婚約者となってからも、会いたいと願ったり花を贈ったりするのは自分ばかりだ。
それなのに、特に面識もなさそうな公女には自ら会いに行って贈り物をするなんて、動揺せずにはいられなかった。
(たしか、私と殿下より2歳年下と聞いたわ。黒髪の美しい少女だって──)
それ以外のことは分からない。
一体どんな少女なのだろうか。
身分では負けているが、元平民で年下なら、ある程度御することができるかもしれない。
これ以上、セシリアとイーサンの邪魔をしないように。
「……そういえば、今度ちょうどいい機会があったわね」
セシリアは、上品な飾りのついた招待状を手に取り、くすりと微笑んだ。
◇◇◇
「どう、エヴァン? 可愛く見える?」
「もちろん、すごく可愛いよ。こんな天使みたいな子、他に見たことない」
「もう、エヴァンは大袈裟なんだから」
白を基調にしたドレスに身を包み、くるりと回って裾をひるがえすアイリスの可憐な姿を、エヴァンが幸せそうに目を細めて見つめる。
今日はアイリスの11歳の誕生日だ。
晴れ渡った空から窓越しに差し込む陽光がアイリスをまばゆく輝かせ、この明るく可憐な少女の成長を祝福しているようだった。
「ねえ、アイリス。11歳の誕生日プレゼント、今渡してもいい? 誰よりも先に渡したくて」
「まあ、もちろんよ。ありがとう!」
アイリスがにこにこと嬉しそうな表情を浮かべると、エヴァンは綺麗な紫色のリボンが掛けられた小箱を差し出した。
「これだよ。開けてみて」
わくわくしながら箱を開けたアイリスが、「わあ……」と呟いて、きらきらした瞳でエヴァンを見上げる。
「これはブローチ? とっても綺麗!」
銀製の台座には繊細な細工が施され、その中央で大きなアメジストが美しい輝きを放っている。アイリスのための特注品であることは明らかだった。
「すごく気に入ったわ。ありがとう、エヴァン!」
「アイリスに喜んでもらえて嬉しいよ」
「せっかくだから、早速つけちゃうわ」
首元のリボンの中央につけようと、手をもぞもぞさせていると、エヴァンが「僕がつけてあげる」と言い、アイリスの手を覆うようにしてブローチに触れる。
くすぐったいなと思っていると、「はい、できた」という声が聞こえて、アイリスのすぐ目の前でエヴァンの整った顔が柔らかく綻んだ。
「やっぱり、とても似合ってるよ。本当に可愛い。どうしてこんなに可愛いんだろうな」
「そ、そんな、褒めすぎよ……」
過剰なべた褒めに照れていると、エヴァンがアイリスの手を握って優しく引き寄せた。
「それじゃあ行こうか。僕がエスコートするよ」
「そうね、お願いするわ」
広間に到着すると、今日の招待客たちが笑顔でアイリスを迎えてくれた。
ちなみに、公爵夫妻は盛大なパーティーを開こうとしてくれたのだが、アイリスは知らない人と話すのは面倒だと思い、同年代の貴族の子供たちを10人程度招待するだけの小規模なパーティーにしてもらった。
人選については、アイリスにはよく分からなかったので、夫妻とエヴァンにすべて任せたのだが……。
「あら、女の子ばかりで男の子はいないのね」
広間を見回すと、色とりどりのお洒落なドレスを着た令嬢ばかりで、令息は一人もいなかった。
「……女の子の友達が増えたほうがいいと思って。アイリスは男の子もいたほうがよかった?」
「ううん。ただ、エヴァンのお誕生会のときは男の子も女の子もいたから、今日もそうなのかなと思っただけよ」
「そっか。たぶん令息たちとは話も合わないだろうし、今日は女の子たちだけで楽しめばいいと思うよ」
エヴァンが爽やかな笑顔で言い切るので、アイリスもそうかもしれないと納得する。
「そうね、そうするわ」
「うん。あ、でも……」
「でも?」
何か言いたげなエヴァンに向かって小首を傾げていると、一人の令嬢がやって来て、優雅な礼で挨拶した。
「フィンドレイ公女様、本日はお誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。えっと、あなたはたしか……」
明らかに初対面でまったく名前が分からなかったが、本当は知っているような雰囲気を醸しながら返事する。
(……でも、なんとなく知っているような気もするのよね。ホワイトブロンドの髪に、銀色の瞳──あっ……)
目の前の令嬢が誰なのか分かった瞬間、彼女が穏やかな声で名を名乗った。
「シンクレア侯爵家のセシリアと申します。どうぞお見知りおきくださいませ、公女様」
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