002

 私は、カツサンドにかぶりつく。

「あやかの真似して、私もママにサンドイッチにしてもらったんだ。」

 美沙はラップにくるまれた具のないサンドイッチをランチバッグから取り出す。どうして一つ結びではなく、お下げなのだろう。毎日二つに結ぶのは大変だろうに。

「ん?ふぉれ、ぐあふの?(それ、具あるの?)。」

「なんて言ってんの?」

 私はカツサンドを丸吞みした。

「具、入ってなくない?それ。」

 息が詰まりそうになった。お茶で流し込む。

 窒息死……。好きな食べ物を頬張って死ねるのならこの上なく幸せだろう。

「大丈夫?苦しそうだけど。」

「あぁ……うん、大丈夫。」

「具はね。いちごジャムだよ。」

「ああね、いちごジャムね。」

 いちごジャムは嫌いだ。食べたことは一度しかないけど。小さい頃に食べて、あの酸っぱさが不味かった。吐いて、それきり。

 「ん?さっきからずっと見て、食べたいの?」

 「美味しい?」

 「うん。食べる?」

 いつもなら食べる気が起きないんだけど、なんとなく今日は食べてみたいって思った。

 いつも購買のカツサンドだし、甘いものが食べたかった。

 一口食べると、あの時食べたいちごジャムと全然違った。

 酸味はなく、ただ甘かった。砂糖のくどい甘さではなく、果物本来の甘さっていうか。

「おいしいでしょ。このジャムね、ママの手作りなの。変なの入ってないから、市販のより美味しいんだよ。隠し味にね、ワイン入ってるの。ちょっと、二口目は……。」

「あっ、ごめん。」

 思わず二口目にいってしまっていた。

「手作りだとこんなに美味しいんだ……。」

「うん。市販のより私は好きかな。」

「ねえ、作り方教えてよ。」

「え?そんなの検索したらいくらでも出るよ。ほら。」

 美沙はスマホをスクロールして、いちごジャムのレシピサイトを見せてくる。

 でも、いっぱいありすぎてどれを参考にすればいいのか分からない。というか、このいちごジャムがいいのだ。

「んー……、美沙ママのがいい。」

「じゃあ、ママに聞いとくわ。」

「ありがと。もう一口ちょうだいよ。」

「ええ!」

「冗談じゃーん。」

 私はショート動画で流行っているやつの物まねをした。

 二人で大爆笑してたら、山崎が隣の椅子に背もたれを前にして座った。

「いちごジャム?俺にもちょうだいよ。」

「裕也君にはあげませーん。」

 美沙はそういいながらも嬉しそうにしている。そう、美沙は山崎のことが好きなのだ。

 山崎は、こっちを見て目じりにしわを寄せた。私も微笑み返す。

 スポーツも勉強もできるしモテると思う。私と山崎は幼馴染で、腐れ縁という感じ。

 この二人をくっつけるのも悪くはないけれど、山崎が美沙のこと好きとは限らないし無理にくっつけようとして変な感じになるのも嫌だから、そっとしている。美沙もそれがいいみたい。  

「あれ?あんたいつも食堂で先輩と食べてたじゃん。」

「なんか今日、先輩休みだって。だから購買のおにぎりで済ませたんだよ。」

「へえ。あっ、いっけない。次、家庭科じゃん。くるみんに怒られる。」

「あっ、ほんとだ。今エプロン作ってるから移動教室だよね。」

「ああ、今日家庭科じゃなくて自習だよ。」

「えっ、そうなの?」

 廊下の窓が開いた。

「俺とまた一時間一緒で嫌か?」

 ガッツマンが窓枠に肘を置いてにこにこしていた。

「いいえ~、とっても。」

「なんだ、その言い方は。」

 教科書で私の頭をベシベシと叩く。

「あああ、わかりましたよ。集中しますから!」

「次、またぼーっとしてたらお前だけ課題三倍な。」 

「ひいっ。」

 そう言い残し、ガッツマンは教室へ入る。

「んもう、どうして私だけ……。」

 私は山崎のほうを横目に髪を整える。

「ははっ、悪いな。」

「おーいみんな席に着け。今日の四限目は自習になった。」

 みんながぞろぞろと教室に入ってくる。

「えー!くるみんは?」

 一人の生徒がガッツマンに質問する。

「くるみん?ああ、相武あいぶ先生か。急遽体調が優れないということで帰ったみたいだ。」

 クラス中がざわつきだす。

「ん?なんだお前ら山崎から聞いてないのか。山崎お前、聞きに来ただろう俺に。」

「あっ、忘れてました……。」

「おいおい、しっかりしてくれよ……。」

 そういや家庭科係だったっけ、あいつ。

「チャイムなるまで、ロッカーに教材取り行けよー。期末も近いからな。」

 ご自慢のハイスペックな腕時計を見せびらかしながら、黒板に「自習中 私語厳禁!」と書く。

 私はロッカーに教材を取りに行った。美沙も取りに来たようだ。

「ねえ、あやか。」

「どうしたの?」

 美沙は小声で続ける。

「裕也君ってさ、なんでくるみんのこと聞きに行ったりなんかしたのかな?」

「え、だって家庭科係なんでしょあいつ。」

「そうだとしてもさ、先生がいるかどうかなんて聞く必要なくない?」

「うーん。移動教室だから、家庭科室の鍵を職員室に取り行ってたとか?」

「いや、くるみんは一番初めに家庭科室来て準備してるもん。」

「あー……、忘れ物を言いに……。」

「ないよ! だって裕也君数学終わったら家庭科の教材出してたもん。」

「おい! 早く教室戻らんか!ってまたお前らか……。」

 ガッツマンは腕を組んでこちらを監視している。

「ま、とりま山崎に聞いてみれば!」

「ええ~、そんなあ。」

 私たちは最後に教室へ入り席に着いた。

「おし、号令はしなくていいよ。数Ⅱでも数Bでも質問してくれ。頑張れよ。」

 数学は大嫌いだ。かといって欠点をとるわけにはいかない。ガッツマンと居残り補修なんて死んでもごめんだ。

 私はワークを開く。ええと、範囲は……。

 

 十分経った。

 まだ十分……。

 教卓を見る。ガッツマンはパソコンで作業してた。

 多分期末考査のテスト作ってるんだろうな。

 山崎はめずらしく起きてた。もくもくと勉強している。

 確かに、どうして山崎は聞きに行ったんだろう。昼休みの半分以上は私たちと会話してたし、となると三限が終わってすぐ確認しに行ったということになる。

 うーん……。そんなことどうでもいいような。

 課題のワークは終わらせたので、ノートと教科書で復習することにした。

 落書きだらけの教科書とノート。ノートは提出があるから、落書きを消しておかないといけない。そう思い、今日の授業範囲を開く。

 “人は死んだらどうなるのか?”

 と、書かれてある。矢印で引っ張って、その先には“夢”の文字。

 そういえばそんなこと考えてたな。死ぬ方法なんていくらでもある。

 でも、最後くらいは好きなものに殺されたい。好きな人、好きな匂い、好きな食べ物……そう、食べ物!

 好きな人は今はいない。いたとしても、無理心中とかになるし同意してくれないと思う。さっきの昼食の時、カツサンドを丸呑みして窒息しかけた。実際におにぎりを一口で食べて死んじゃった人もいるんだし。でも、なんか味気ない。カツサンドが最後の晩餐って、女らしくない。

 美沙にもらった、いちごじゃむのサンドイッチ……。

 いや、いちごじゃむだ!

 ―――パンッ!

「いったあ。」

「お前またぼーっとしてたぞ!課題追加な。放課後職員室来い。」

 見回りに来たガッツマンが勢いよく教科書で私の頭を叩く。

 クラスのみんなは私を見てどっと笑っている。

「はあ……。」

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