第一話 幼い君のその傍に(4)



「よし、それじゃあ次は図書室かな」

「しゃー! お前ら、次は図書室だぞ!」

「わー! お兄ちゃん待ってよー」

「おいてかないでー」

「おっしゃ、このハイパーウルトラスーパーかっちょいい俺様に着いて来い!」

 給食室に行き、次のスタンプを目指して私たちの班は図書室へ向かっていた。

「男子って、よくスーパーだのハイパーだの言ってて恥ずかしくないのかしら」

「まあまあ、カッコ悪くてもいいじゃん。現に一年生たち、彼のおかげでみんな笑顔だし」

 彼のおかげですごくこの班の雰囲気は良い。みんなとても楽しそう。

 だけど、水瀬さんの表情は終始変わらない。自分は蚊帳の外って感じでつまんなそう。

 そんな私たちは、班の後ろの方で話していた。

「水瀬さんってさ、男の子は嫌い?」

「男子に限らず、私は幼稚な人間が嫌いなの」

「小学生なんて皆あれくらいが普通だと思うけどな」

「そういう貴方だって、自分より周りを下に見た言い方だと思うけど?」

「これは仕方ないの。私、お姉ちゃんだから」

「何それ、意味分からないわ」

 なりたくてなったわけでも、わざとそんな言い方で話してるわけじゃないんだよ。

「子どもになれなかった、哀れな子どもってこと」

「何それ、もっと意味分かんない」

「分からなくても良いよ、別に分かって欲しくて言ったわけじゃないし」

「なんか大変そうね」

「うーん、まあ、たまには誰かに甘えたくなるよね」

 長女だからって元からしっかりしてるわけじゃないし、耐えられるわけじゃない。

 ただ、長女だから強くならないといけなかった。大好きな家族を守るために。

 空気を読んで、ちょっとでも良い雰囲気にしようと明るく平気なふりをしたり。

 その積み重ねが、今の変に大人びてしまった私を創った。

 そんな私は今日みたいに誰かに頼られることもよくあるし、先生から何か任されることも少なくない。別にそれが苦って程でもないんだけど、結局家でも外でもそんな風だとさすがにね。

 キャパオーバー、しちゃうかな。

「なんだか私と貴方、少し似てる気がするわ」

「そうかな」

「ええ、そんな気がするわ」

私さ、そう彼女は続ける。その声音はどこか切なげだった。

「いつも独りなの。よく話すような友達はいないし、貴方みたいな姉弟もいない。登下校も一緒の子はいないし、それは学校でも変わらない。家に帰っても誰もいなくて、お母さんたちはいつも夜遅くに帰ってくる」

「それだと私と水瀬さんは全然違うと思うな」

 隣を歩く彼女に目を遣ると、彼女は首を左右に振った。

「貴方には温かい家族がいるし、学校でも人気者。そりゃあ私だってこの見た目だし? そこそこ男子にはモテるんだけど?」

 なんだか急にマウントを取られる私。

「だから、どこも似てないよ。私、水瀬さんみたいに冷たくないし独りじゃない」

 そこで彼女は呆れたように溜息をついた。

「貴方、対等に話し合える人っていないでしょ」

「………………」

 水瀬さん、痛いと突くなぁ……。

「だったらなに」

「それって本質的には孤独以外の何者でもないでしょ」

 私と一緒、そう彼女は言う。

「一緒なんかじゃ……」

「甘えられる人、いないんでしょ?」

「それは、そうだけどさ……」

 だからって水瀬さんと私は違うでしょ。

「私は……家族が大切なの、大好きなの」

 だから皆に笑って欲しくて、幸せな空間にしたくて。いつでも、どこでも、頑張ってきた。

「私はしっかりしてるの、他の子たちとは違う! 大人なの!」

 私が大きな声を出したから、先を行く班の子たちが振り向いた。

「あ、ご、ごめん……なんでもないよ」

 隣の彼女は、廊下にある窓の先を見て言う。

「さっき自分で言ってたじゃない、『子どもになれなかった、哀れな子どもってこと』って。分かってるんでしょ。本当は子どもらしくありたいのに無理やり背伸びを強いられてさ、周りには頼られても自分から他の人には頼れない。貴方が周りよりも大人で子どもらしくないから」

 そんなこと言われちゃったらさ、私の今までってなんだったのかな……そんな気持ちになる。

「だったら、だったら私はどうすればよかったの……朔は私が守ってあげないといけないし、周りの子が困ってたら手を貸す。お父さんたちに迷惑をかけないように我儘は言わない」

 ほんと、どうすればいいのか分かんないよ。目頭が段々と熱くなる。鼻の奥がジーンとする。

「私が我慢すれば、私が長女としてちゃんとしてれば皆幸せなの! これの何が駄目なの⁉」

 ――パチンッ。

 強くそう吐き捨てると同時に、左頬に衝撃が走った。

「へ……?」

思わず頬に手を添えてしまう。ジンジンしてて熱い。

「まずはその自己犠牲をやめなさいよ! 貴方、いったい何様のつもりなのよ!」

 私の目を真っ直ぐ見て、彼女は続ける。

「自分ひとりが我慢すれば周りはみんな幸せになる? なに甘ったれた思考回路してるのよ、脳内お花畑なの? そんなにも社会は単純じゃないのよ、一番良いのは面倒事には首を突っ込まない私みたいな孤独を貫くスタイルよ!」

 子どもは自分の事だけ考えてればそれでいいのよ、そう水瀬さんは言う。

 それに私はむすっとした顔で言う。

「いかにも正論そうな物言いだけど、自分の事だけって水瀬さんの方がよっぽど幼稚だと思う」

「なっ……⁉」

「自分は幼稚な人間が嫌いみたいだけど、一番幼稚なのは自分じゃない?」

 私は目元の涙を拭きながら言う。若干涙声だけど……。

「へ~? 貴方、この私に向かって中々良い根性してるじゃない」

「ふふっ、ペラッペラな根性だったら長女は務まらないの」

 あれ、なんだろうこの感じ……。

 なんだか、楽しい……のかな?

 いや、本音で話せる人がいて嬉しいんだ……私。

「ふーん、そこまで言われちゃったら降参かしら。貴方、名前は?」

「青葉鹿野、みんなには鹿野ちゃんって呼ばれてる」

「それじゃあ私は鹿野って呼ぶわ」

「だからどうして少しマウント気味なの」

 そんな私の言葉には気にも留めず、彼女は笑顔で手を差し出す。

「なに?」

「なにって、握手よ握手」

「えっ……」

 それって、なんだか……本当の友達みたいだね。

「え、ってなによ。嫌ならいい」

 むすっと頬を膨らましてリスみたいで可愛い。

「ごめんって、それじゃあよろしくね涼風」

「な、なに勝手に下の名前で呼んでるのよ……!」

「え~、だって涼風も私の名前下で呼んでるから」

「私が呼ぶのは良いの! けど、鹿野が呼ぶのはだめ!」

「なんでよ、呼ばせてよ涼風」

「あ~、だからやめてよ! ……ないのよ」

 ボソボソと言うので最後に何を言っているのか聞こえなかった。

「なに?」

「だ、か、ら、私は下の名前で呼ばれ慣れてないの! 分かった⁉」

 え、なにそれ……すごく、可愛い。

 見れば、雪のような肌も今ではすっかり紅潮していた。

「耳まで真っ赤じゃん、この……て、れ、や、さんっ」

「は、はああぁぁぁあ⁉」

耳元でそう言うと、廊下いっぱいに彼女の声が響いた。

彼女に思い切り叩かれた左頬は、未だ明確な熱を帯びている。

だけどこの熱は人の体温で、続く痛みは人の温情で、この腫れは人の言葉で口がいっぱいになったから。


 こうして私は人生で初めて、親友ができました。


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2024年11月30日 18:00
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姉との恋愛はここだけの話。 サンイヌ @Saninu117

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