第一話 幼い君のその傍に(2)
私と朔は小学生になった。私が五年生で、彼は四年生。
朔は昔よりも少しだけしっかり者になった。
去年と比べて背丈も全然違うのだから、子どもの一年というのは恐ろしい。
いや、私も十分子どもなんだけどね。
この時期は個人差はあれど、大抵の男の子よりも女の子の方が成長は早い。
その中でも、小学校に上がってからは自分が周りの子たちより大分大人びていると実感した。
「鹿野ちゃん、次音楽だから一緒に行こー」
「うん」
まあ、どうして私がそうなったのかは大体察しがつくんだけど……。
音楽室に向かう途中、【4―3】という室名札が見えた。四年三組、朔のいる教室だ。
「ん、あれ、鹿野ちゃんの弟?」
隣の友人が指差した窓の先を見れば、自分の席で独り黙々と自由帳に絵を描く朔が見えた。
「そうだよ」
「えー、鹿野ちゃんと全然雰囲気違うじゃん~」
「まあ、姉弟と言っても似てない所はあるよ」
「そっか、そっか――って、あれ……」
見ていると、朔の周りに数人の男の子が集まってきた。
そこで自由帳を乱暴に取り上げるなり、馬鹿にしたような笑いが教室内に響いた。
「ごめん、先行ってて。私、ちょっと遅れるから」
そう友達に言い残して、私は教室のドアを開けるとそのまま彼らの所へ向かう。
「ごめんね、私の弟が何かしたかな」
「えー? なんですか~、聞こえなか……ったん――」
今まで賑やかだった彼らは、私を見てすぐに静かになった。
「お、お姉ちゃん……」
すると、ヤンチャそうな男の子が笑っちゃうくらいの素っ頓狂な声を出した。
「あ、青葉の姉貴⁉」
「う、うそだろ……」
宇宙人でも見たかのような驚愕な目で私を見るもんだから、私は人差し指で頬を掻きながらおずおずと答える。
「そうだけど、どうして?」
「い、いや……なんでもありません!」
「おい青葉~、こんなに可愛いお姉さんがいるなら早く教えてくれたらよかったのに~」
「え、あ、あの、ぼくは……」
凄い綺麗な掌返しだね……なんて思いながら、困惑する朔と目が合った。
「それでさ、君の持ってるそれ、弟のなんだけど」
「あ、ご、ごめんなさい! これは、その……戯れてただけで――」
「そ、そう! 独りでいる青葉が可哀そうで……」
まったく、あれだけ大きな声で嗤っておきながら凄い言い訳だなぁ。
そう胸中で呟きながら、自由帳を返してもらう。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう……お姉ちゃん」
「それで? 朔は何描いてたの?」
「あはは、ちょっと紙がぐしゃってなっちゃったんだけど……」
寄れた紙を一生懸命伸ばしながら、朔は言う。
ああ、だめだな……こんな素敵な絵を描いてくれたらお姉ちゃん泣いちゃうよ。
「これって――」
言いかけたところで、ヤンチャな子が割って入った。
「それ、ヤマンバの結婚式だろ? 上手く描けてるよな~って話をしてて!」
絵の中央には、紺色の長い髪をした女性が一人。彼女は真っ白なドレスを着ていて、その横には少し背の高い男の子。彼はかっこいい黒のタキシードで、立派でどこか守ってくれそうな。そんな立ち姿だった。そして沢山の人たちに囲まれて、ふたりはすごく幸せそうに笑っている。
「朔、これお姉ちゃんと朔だよね」
周りの子たちの顔が次第に青くなっていく。
「うん……でも、上手く描けなかったし捨ててまた新しいの描くよ」
「そんなこと言わないで。お姉ちゃんにはちゃんと伝わってるし、こんな素敵な気持ちにさせてくれてありがとね」
家に帰ったら絶対部屋に飾ろう。これは額縁に入れなきゃね。
「お姉ちゃんが良いならいいんだ、僕はただそれだけが気になってたから」
分かってる、あまり甘やかすと良くないっていうのは。だけど、私の弟はずるいんだ。
こうやって私がされて一番嬉しいことを、言葉を、平気な顔をしてくれるから。
そんなの、こっちがどれだけ我慢しても無理じゃんか。
ずるいよ、朔は……優しすぎて、ずるい。
「あー、もう朔!」
「うわっ!」
両腕いっぱいに広げて、朔を抱きしめる。長い私の髪は、後から私たちを包み込むようにして拡がった。こんなの、抱きしめるだけじゃ足りないよ……。
ああ、好きだな……私、朔のこと。すごい好き、大好き。
いつからだっけ、朔と一緒にいてこんな気持ちになるようになったの。
もしかしてこれが私の初恋? ふふっ、まさかね。
でも、今まで同級生の男の子を好きになったことないなー。
周りの女の子たちは好きな人の話題で盛り上がってても、私にはイマイチしっくりこないし。
でも世間一般、ブラコンの姉ってどうなのかな。
ん? そもそも私、もしかしてそこに分類されるのでは……?
でもこの気持ちに嘘はないし……これが恋愛感情なのかも分かんないし。
そもそも、弟を異性として認識するはずないよね。うん、私家族みんなのこと大好きだし。
色々考えた結果、私は家族想いで特に弟想いの理想の姉という結論に辿り着いた。
私って頭良いのかも。
「お、お姉ちゃん、苦しい苦しい……!」
「ご、ごめん痛かったよね」
そこで時計の針を見ると、後二分で五時間目が始まるようだった。
「あ、私もういかないと」
教室から出る際に、男の子たちにあまり弟を虐めないであげてと軽く注意した。
すると、大きな声で「すいませんでした!」と言うもんだからきっと大丈夫だろう。
でもあれだな、きっとこういうことばかりやってるから変に大人びるんだろうな、私。
そんなことを思いながら、教科書とリコーダーを胸に抱えて廊下を駆けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます