姉との恋愛はここだけの話。

サンイヌ

プロローグ



「んっ……」

甘い吐息が耳元に溶け込む。

再度、彼女の桜の花弁に自分の唇を重ねる。

二階建ての我が家。その一室で俺、青葉朔あおばさくは生まれてからずっと一緒に過ごしてきた姉とキスをしていた。

下では父さんたちが夕飯を作っているところだろう。

白のカーテンから月明かりが差し込み、俺たちを淡く照らす。薄ピンクのベッドが少し軋む。

彼女の肩に手を置き、ゆっくり顔を離した。

月光を弾くそのきめ細やかな肌は、きっと母さん譲りのもの。

その大きな瞳も、きっとそうだろう。肩まで伸びた紺色の艶やかな髪も。

全部、そうなのだろう。

「朔……わたし、一回じゃ分かんないよ」

 物欲しげな表情でそう訴えかける彼女の瞳。その目元は、まだ仄かに赤みがかっている。

「うん、分かったよ」

再び、その瑞々しい唇に優しく口付けをする。

世間の姉弟はこんなことはしない。そんなことは、俺たちだって分かってる。

だけど、辛い時は一番に傍で支えてあげるのもまた姉弟だ。

「んっ、はぁ、んんっ……」

二度目のキスは、大人なものだった。姉さんは唇に隙間を開けて、俺を迎える準備をする。

そこに自分の舌先を当てる。すると彼女のぽってりとした柔らかな短い舌とが絡み合う。

彼女の小さな咥内をまさぐり、口を離すと皓々とした糸を引いた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

互いの吐息が混じり合い、震える彼女の身体を抱きしめる。

「姉さん……」

「あはは……こんなはずじゃ、なかったんだけどな」

「それはこっちの台詞だっての、俺が今までどんな気持ちで姉さんの攻撃を受けてきたかと」

「そんな言い方しなくていいじゃん……私、また泣いちゃうよ?」

「ごめんって」

「ふふっ、いいよ。もう気にしてない」

そこで下から夕飯ができたという旨の知らせが聞こえてきた。

ベッドから腰を上げ、部屋を出ようとドアノブに手を掛ける。

「姉さん、そろそろ下降りよっか。あれだけ泣いたんだし。お腹、空いてるでしょ」

「うん、もうぺこぺこ」

「今日は姉さんの好きな出汁巻き卵って言ってたな」

「えー、そっか、嬉しい」

外ではそんな仕草絶対しないのに、両手で口元を覆い頬を綻ばせて姉さんは言う。

「それじゃあ、その涙やら鼻水やらでぐしょぐしょになった顔はしっかり拭いて来いよ」

 彼女は一瞬、きょとんとするも状況を理解すると一気に顔を赤らめた。

「い、言われなくても分かってるし……」

「姉さん、いつも俺が言わないとすぐ忘れるだろ」

「う、うるさい! もういい、いつまで私の部屋にいるの⁉ さいてー、早く出てって!」

 はあ……、どうして外では完璧なのに家ではこんなにも馬鹿――じゃなかった、ポンコツなんだろう。でも、そんな所は昔から変わらないよな。

「分かったよ、それじゃあ下で待ってるから」

「うん……」

 ドアを開け、部屋を後にする。廊下に出たところで、姉さんが勢いよく俺に抱きついた。

「ちょ、姉さん⁉ ここじゃ、下に声も聞こえるしバレるって!」

「うるさい、朔が静かにしてたら大丈夫」

 俺は心の中で溜息をつくと同時に、下から母さんの呼ぶ声が聞こえた。

「ちょっと~? ふたりとも何やってるの?」

「あ、ああ……今行くよ」

 まったく、姉さんはどういうつもりなんだ……。

 そんなことを思っていると、彼女は背中でくぐもった声で言う。

「最後にさ、確認しておこうと思って」

「この期に及んで何を確認するんだよ」

 一拍置いて、彼女は言う。

「私たちのこの関係ってさ――」

 ああ、分かってるよ。

「ここだけの話、だろ?」

 それを聴いた姉さんは安心したかのように、背中から離れて言う。

「分かってるならいいの」

 そして、「たまご、たまご~」と、鼻歌を歌いながら階段を降りていく。

 結局、顔は拭いたのやら。

「はぁ……姉さんだしなぁ、どうせまた忘れてるんだろうな」

 あんなぐしょぐしょな顔、誰だって見られたくないだろうに。

 直後、下から姉さんの声にならない声が聞こえてきた。リリィが星になって、数日後の事だった。


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