08

 開けた先にあるリビングは、記憶の中にある、二十年前のものと、たいして変わりがなかった。


 庭にもつながる大開口窓がある右奥の方には、大きなL字のソファとテレビ。空間を区切るように置かれている、低い本棚。扉を開けてすぐ、四人掛けのテーブル。テーブルの右側にあるのは、カウンターキッチン。

 多少、ものが増えたような気もするけれど、それは僕がここに訪れなかった間に増えたものなのか、それとも、ただ忘れただけなのか、判断が付かない。


 ただ――埃まみれなのは、ここも変わらなかった。


 リビングの床も、廊下と変わらないくらい埃が積もっていて、テーブルや本棚の上に指を滑らせると、指先が酷く汚れる。

 ここで生活が送られていないのは、明白だ。


「か、母さん? ……父さん?」


 返事はない。

 せめて、足跡の一つでも見つけられないだろうか、と、リビングをうろついてみたが、そんなもの、どこにもありはしなかった。

 僕が歩き回って舞った埃が、大開口窓から入ってくる日光に照らされて、きらきらと光っている。


「……は、――」


 何かないか、とあたりを見回して、目に入ったカレンダーを見て、僕の頭は真っ白になった。リビングに入る扉の真横に、固定電話を置く棚があり、その上部分に、壁掛けのカレンダーが取り付けられているので、入ったばかりの時は死角になって気が付かなかったらしい。


 そして、その、カレンダーは――約、十年前のものだった。


「まっ……、て、待ってくれ……」


 誰への懇願か分からないその言葉は、ひりついた喉にこびりつくように、うまく出てこない。


 母さんがカレンダーを変えないなんて、考えられない。

 この日焼けて汚れたカレンダーが使われていた頃、母さんたちがこの家を出て行ったと仮定したとして――。


 ――いままで、僕の世話をしていたのは、誰、だ。


 あの日、階段を駆け上ってきたのは――なんだ。


 食事が用意されなくなって、両親を探しに来て、もぬけの殻になっていた、なんて話はネットで読んだことはある。

 僕自身、いつかやられるかもなあ、なんて他人事のように感じた記憶もある。


 でも――でも。

 そんなものとは、話が違う。今朝だって、普通に、料理が用意されていて。


 僕が引きこもるようになって二十年弱。一度だって、料理や掃除が滞ったことは、なかった。


「ぉう、ぇえ、ッ」


 母さんの料理だと思っていたものは、得体のしれない誰かが用意したものだと気が付いてから、猛烈な吐き気に襲われ、僕は思わず、えずいてしまった。

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怪族 ゴルゴンゾーラ三国 @gollzolaing

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