07
ようやく一階にたどり着けても、僕は廊下を歩くことができなかった。
目に見えて、一階の廊下は埃が積もっていて――足跡は、一つもない。
試しにしゃがんで指を滑らせれば、綺麗に指の通り道がくっきりとできて、人差し指には、これでもか、というほど、埃が付着した。慌てて手を払うが、指先の感覚は気持ちが悪いままだ。
一体、何年、このままなのだろうか。おおよそ、人が住んでいる家の廊下とは思えない状況だった。
引きこもるようになってから、一階には降りなくなった僕には分からない。
元々二世帯住宅だった二階には、トイレや風呂、キッチンなど、一通りの設備が整っている。
二階は祖父母が使っていたのだが、僕が小学生の時に祖父が、中学生の時に保母が亡くなり、使われなくなったため、中学時代に、広い部屋の方がいい、と、移ったのだ。二階には一部屋しかないが、祖父母が二人で使っていた部屋なので、かなり広い。
料理ができないので、ほとんどキッチンを使うことはなく、母さんに食事を用意してもらっているが、トイレも風呂も、そのまま使っている。
病気や怪我でもしない限り、一階へと降りなくとも、全て完結しているのだ。そして、この引きこもり生活の中で、市販の薬でどうにもできないような状況になることはなかった僕は、本当に、二階だけで全てを済ませてしまっていたので――一階の有様に、気が付かなかったのである。
「――……っ、し」
気合を入れて、僕は立ち上がる。いつまでもここに突っ立っていたって、どうしようもない。今すぐにでも、全て見なかったことにして部屋に戻りたい気持ちを抑えて、僕はリビングへと向かう。
「か、母さん……、いる、か……?」
廊下を歩きながら自分でも驚くほど、声が震える。
もう何十年と会っていない母さんに対して声をかける緊張、というのもあるし、ぶつぶつと独りごとを言うことはあっても、誰かと話すための発声が久々だから、というのもある。
でも、一番の理由は――誰も住んでいないんじゃないか、という不安を否定しきれていないからだ。
僕の呼びかけに、返事はない。頭のどこかで、当たり前だ、と納得してしまうのが怖い。
リビングの扉にたどり着く。すりガラスの入った扉。すりガラス越しに誰かの姿が見える、なんてことはない。
ドアノブは、ひんやりと冷たく、しばらく誰も触っていないことが、一瞬で分かる。
「――だいじょうぶ、だいじょうぶ……」
自分を奮い立たせるように、わざと大き目な声でもって、つぶやく。
あまりにも静かな一階では、自分の心臓の鼓動が、一番大きな音として聞こえてくるようだった。
――僕は、意を決して、リビングの扉を開ける。
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