06

 いや、仮に、我が家の見た目が廃墟に近くなっていたところで、『お化け屋敷』とはならないだろう。

 父さんは仕事で、母さんは買い物で、最低限人の出入りはあるのだから。


 ――……あれ、父さんって、もう、定年か?

 僕は指折り数えてみる。

 僕が高校生の時点で、四十代後半だった。あれから二十年弱……父さんの会社の定年が何歳からかは知らないが、一般的に考えたら、もう定年になっているはず。


 朝食のおかずは大体、弁当の残り、というのが容易に分かるものばかりだったから、てっきりまだ父さんは仕事に就いているものだとばかり。

 この間の朝食だって……。


 そう考えて、その日は、母さんの足音の様子がおかしかったことを思い出す。

 なんとなく、気味が悪い。


 約二十年、意識を向けていなかったものが、急速に異物だと感じてしまう。

 自分が、長年何もしてこなかったことへの、現実への気づきとは、また違う。言いようのない、強い不安。


 僕は止めたままのゲームの続きをする気になれなくて、そのまま部屋を出る。


「…………」


 階段を見て、僕は唾を飲み込み、一段、また一段、と降りていく。もう長いこと降りていなかった階段は、僕が足を踏みしめるたび、ぎし、ぎし、と音を立てた。


 最初は、ささやかな違和感。

 しかし、半分くらいまで下りたところで、それは明確になった。


 ――……母さんが上り下りするときって、こんなにきしんだ音、したか?


 階段のきしみは、結構大きな音だ。歩くたびにきしむ音は、そのすべてが僕の部屋まで聞こえてくるとは思わないが、逆に、全く届かないのもおかしいくらいに、せわしなく階段は音を立てる。


 ――サリ。


 足の裏の感覚に、僕は階段の途中にもかかわらず、足を止めてしまった。

 裸足だからこそ分かる、この気持ち悪さ。


 ――埃が積もった床に、足を踏み入れてしまったときの感触。


「――……はっ」


 息を吸ったのか、吐いたのか、分からないような、声にもならない声が、僕の口から洩れる。

 あまりの不快さに足元を見れば――埃が積もっているのに、足跡がなかったのである。


 母さんが掃除をさぼることは、百歩譲ってありえたとしても、これだけ埃が積もっていて、足跡一つ残らない、というのは考えられない。

 だって、母さんは毎日、僕に食事を届け、そして、僕が使い終わった食器を下げている。最低でも、一日六回は階段を上り下りしているのだ。それに加えて、僕が使っている二階のトイレと風呂だって、掃除しているのだろうし、トイレットペーパーや石鹸、シャンプー等が切れたことは、この長い間の引きこもり生活のうち、一度もない。


 これだけの埃が積もっていながらも、それだけ階段を上り下りしてれば、ある種、『道』ができるというか、足跡が残るはずなのに。

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