第二話 『受付嬢のシャーロット』

 

 やっとの思いで歩いてきたアッシュの目の前には探索者ギルドの建物があった。


 ギルドの建物は簡易的な作りのもので、この建物が迷宮攻略のために急造された事がよくわかる。


 今いる町は迷宮への動線を確保された小さな街であり、その名を緑の街と呼ぶ。


 なぜそんな名前がつけられているかと言うと、近くにある迷宮の内部が、どこを見渡しても植物で溢れているからだ。


 ギルドの扉を開けると、鈴の音と共に中にいた人間がアッシュを見る。無粋な視線の他に、中には笑っている人間もいてアッシュは苛立ちながら足早にカウンターに向かう。


「随分と手酷くやられましたねー。一体どうしたんですか?」


 馴染みの受付嬢が待つカウンターの前に行くと、彼女は肩口で切り揃えられた髪を弄りながら素っ気なく言った。


「……どうしたもこうしたもねえよ。いきなりジークに難癖つけられてやられた。パーティの件はどうなってる?」


 受付嬢のシャーロットは書類の束をめくる。


「あー。アッシュさん。ジークさんのパーティから強制除隊されてますね。どうします? 納得していないならギルドが仲介に入って抗議できますけど?」


 シャーロットは面倒そうな表情のまま尋ねる。それに対してアッシュは即座に首を横に振った。


「構わないんですか? ギルドとしては面倒ごとが少なくていいですけどねー」


「はっ。この傷を見ろよ。もうあいつらに関わりたくもない……」


 自らの腫れた顔を指さし、苦虫を噛み潰した様な表情で言うアッシュに、シャーロットはカウンターに頬杖をつく。


「ジークさんにやられたんですか? 一体何があったんです? 前までは仲良くやれていたじゃないですか」


「……俺もそう思ってたよ。今思えば馬鹿みたいな勘違いだ。それより、雑用でも荷運びでもいいから募集してるパーティっていないのか?」


 アッシュのなりふり構わない様子に、シャーロットは肩をすくめて大袈裟にため息を吐いた。


「追い出されてすぐに別のパーティって。そんなに迷宮が好きなんですか? その怪我ではどちらにせよすぐには働けないでしょうし、少し療養したらどうですか? ジークさんと違ってアッシュさんは蓄えも多少はあるでしょ?」


「そんな事してる暇はない。俺はすぐにでもこの迷宮の最深部に行きたいんだよっ」


 シャーロットが気を遣って提言してくれたのは理解していたが、アッシュはそれを却下する。


 思わず声が上擦ってしまう程鬼気迫る様子に、シャーロットはため息混じりに提案してくる。


「はあ……わかりました。一応欠員が出たパーティもあるにはありますよ。ついこの前、迷宮の第6層まで到達したパーティです。知ってますか?」


「……ああ。一人亡くなった所か」


 ジークとの問答でも出てきたパーティだ。


 迷宮探索のための情報を仕入れにギルドに来たら、受付のカウンターの前で、物静かに受け答えをするパーティがいた。


 普段ならば騒がしいギルドのメインホールも、その時は妙に静けさが漂っていたのを覚えている。


 過酷な探索の果てに、高価な魔道具を入手し、そしてその莫大な買取金額を伝えられても、喜ぶ素振りなど一切見せなかった三人組。


 その時は魔道具を手に入れたのに、どうして浮かない様子なのかと不思議に思っていたアッシュだったが、その理由が分かったのは翌日の事だった。


 ギルドの建物内にある円机にて他人の噂話に興じる探索者の声に、アッシュはそのパーティが一人の命と引き換えにその成果を手に入れた事を知った。


(本当に……クソみたいな世界だなっ)


 この世界において人の命が軽いのは重々理解していたが、だからといってやるせない気持ちが無くなるわけではない。


「どうしますかー? もしよろしければ打診しときますよ? とは言っても雑用を欲しがっている雰囲気ではなかったですが」


「……そりゃそうだろうな。まあ、一応声かけといてくれ」


 未だ冒険の傷が癒えないパーティに加入させて欲しいと頼むのは倫理から外れた行動だろう。


 だが、どれだけ後ろ指をさされようと、アッシュには引けない理由があった。


 自己嫌悪に陥りながら踵を返すアッシュだったが、シャーロットに背後から呼び止められる。


「あ、待ってくださいアッシュさん」


「どうした? まだなんかあるのか?」


「あー……いえ。ええと、明日の夜って空いてますか? よかったら何か食べに行きませんか?」


 髪の毛の先を弄びながら視線を外して言うシャーロットにアッシュは怪訝な表情を浮かべる。


 今まで彼女からこのように食事に誘われたことなど一度たりとも無かったからだ。


「別に構わないけど……そんなにジークと何があったのか知りたいのか?」


「いえ、まあ。けど、アッシュさんが嫌だって言うなら無理強いはしませんよ?」


 シャーロットの言葉にアッシュは少し躊躇した様に視線を伏せたが、すぐにため息を吐いて顔を上げた。


「わかったよ。とは言っても面白い話じゃないからな。それにしても、お前って意外と真面目だよな」


 ギルド職員としては所属する探索者に何があったのかは把握したいと思うのは当然だ。


 この地域の探索者は他と比べて駆け出しが多い。そのため、ギルドの人間も探索者のケアに力を入れているのは分かる。


 だが普段からあまり仕事に精力的ではないシャーロットがこんな事を言うとは思わなかった。


「私はいつだって真面目ですよ。それじゃ、明日、夕刻の鐘がなったら噴水広場で会いましょう」


「広場? 別にギルドまで迎えに来てもいいんだけど?」


 純粋な厚意からそう告げたのだが、シャーロットは残念な物を見る様に目を細める。


「はぁ。女性には準備があるんですよ。いいから黙って広場に来てください。それまでにその腫れた顔を少しでも治してきて下さいね」


 シャーロットから何かを投げられる。


 それをキャッチして確認すると、どうやらポーションの様だった。自然回復力を高める強力な薬剤で、駆け出しの身であるアッシュとしては決して安いものではない。


「……ありがとう」


「はいはい。それじゃまた明日」


 シャーロットの厚意に素直に礼をすると、彼女は顔を背けてぶっきらぼうに言った。


 耳が赤くなっていたのを見るに、お礼を言われ慣れてない様子だ。


 アッシュは苦笑いしながらポーションを手に探索者ギルドの建物を出た。

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