勇者様の無事を祈っております

くらげさん

黒曜石〜オブシディアン〜




 頭がない屍を踏みしめながら、一歩前へ。


 一歩前へ、一歩前へ。


 目の前にいたのは、人の形をした化け物。


 その名はオブシディアン。


 黒曜石に魅入られた人族ひとぞく


「俺はバカだ。……バカだ」


 ここまで何度も言ってきた後悔を口する。



 腰にかけている鞘から剣を引き抜く。


 綺麗な純白のドレスの気品さはどこにもなく。返り血で赤黒く変色し、所々破けている


 俺の存在に気づいたのか、グルッ? と言いながら化け物は振り返る。


 人だった化け物の顔が視界に映る。目は酷く吊り上がり、小さかった口は引き伸ばされて、人の頭ぐらいだったら口に入りそうだった。


「俺は勇者。まだ意識があったら動くな。今、楽にしてやる」


 いつも通りの口上を言う。


「お待ちしておりました勇者様」


 俺はフルフルと頭を左右に振る。チラッチラッと、懐かしい光景が目の前に広がって、握っている剣が震える。


 今日の俺はどこか可笑しい。視界がボヤける。



 魔王を倒し、世界が平和に!


 最初に誰が言ったのかも分からないホラ話。


 それは何とも、俺たち人族には都合が良すぎた。


 一つを滅ぼすことが、何で一つの平和に繋がると思っていたのか。


 今考えると、信じられない。



 魔王にトドメを刺した瞬間に、魔王の欠片は黒曜石になり、世界中に降り注いだ。


 魔王に勝利し俺は勝利に酔った。だが、すぐに酔いを覚ますことになる。


 人族が魔物という化け物に変身したと情報が入ったからだ。


 それが第二の厄災。



「ゆうしゃ、さま」


 俺はギリリと、歯を食いしばる。


 化け物が掠れた声で、勇者様と口にした。


 化け物は、化け物になる前に一番口にした言葉を繰り返す。


 剣を化け物に向けて、戦闘準備は完了した。




「あぁ、ただいま」


 お転婆なお嬢様が駆け寄ってくる。


 俺は迎えて、抱き止める、



「ゆうしゃ、さま」



 お嬢様の暖かな身体は、赤い血が垂れる度に、冷たくなっていく。



「勇者、さまの、無事を祈っております……」



 俺の抱き締める手に力が入り、結んだ口から、声が漏れる。





 絵本のようなハッピーエンドはない。


 現実の勇者の結末は、こんなもんだ。









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