第30話 全勝者

 対戦卓に向かうと次の対戦相手は席に座り、すでにデッキをシャッフルしていた。


「よろしくお願いします」

「……よろしく」


 挨拶をすると目を合わせずに言葉だけ返してきた。なんとも愛想のない人だなという印象だった。


「この子に負けたのか」

「……?」

(うん……でも今度は負けない)


 妹の戦闘準備は万端だった。予選で戦った者同士……つまりはお互いのデッキがばれている状態での試合となる。予選では舞花が負けているが客観的に考えてもデッキの相性はこちらが有利だ。落ち着いてプレイすれば勝算は十分にある。


「それでは第二試合、始めてください!」

「よろしくお願いします!」


 勢いよく俺は前衛に裏側にして設置していたカードを表に返した。相手も同様に前衛カードを公開する。事前のじゃんけんで後攻を取り、手札も悪くない……これなら勝機は十分だとそう思っていた。しかし……


(……な?)


 最初に相手が前衛に出したカードを見て舞花は驚愕の声をあげる。俺も声には出さなかったが同じ感情を抱いた。シーズンカードをプレイしている人間なら誰もが似たような反応をすると断言しても言い。


 それほどまでに最初に目の前の相手が出したカードは舞花のデッキにとって最悪だった。

 相手が出したカードは「冬の番兵」というカード。このカードは現環境で採用されるケースはそこまで多くないカードである。

 その理由は至ってシンプル。このカードはピンポイントメタカードだからである。日本語に訳すとある特定の相手に対してのみ有効に働く効果を持ったカードである。そしてその対象が今舞花の使っている夏型速攻だった。


 シーズンカードには大きく分けて4つの属性が存在している。シーズンという名前の通りに春と夏と秋と冬である。この属性というものは決して統一しなければいけないものではない。しかし、統一することによって強力なコモンカードを使えるなど、様々な恩恵を受けられる。舞花が使用しているデッキは夏のカードでキャラクターが統一されている。対して今相手が前衛に出したカードの効果は至って単純。夏の属性を持つキャラクターに戦闘で破壊されない。ただそれだけである。


 もしも舞花が使用しているデッキが流行っているなら冬の番兵を採用する理由もわからなくはない。しかし、決して今の環境ではこの夏型速攻デッキは流行の中心というわけではない。最初の手札七枚でピンポイントにこちら側のメタカードを引き当ててくるその事実に俺と舞花は驚いてしまう。


「私の番……後衛に『火喰い鳥』を出してTRカード『リシャッフル』を使う。 効果によってお互いに手札を山に戻してシャッフル。その後、残りライフの枚数分ドローする」


 舞花に心の中で言われた通りに俺はプレイを進める。いくらメタカードといえどこちら側に倒す方法がないわけではない。先ほどの手札では相手の冬の番兵を倒すための手段がなかったので舞花のこの選択は間違っていない。


「……五枚ドロー」

(よし、コモンカード『着火葬』を引けたわ)


 着火葬の効果はこの番攻撃宣言ができない代わりにこちらの前衛よりも攻撃力の低い相手のキャラクターを一枚トラッシュするカード。冬の番兵の攻撃力は0、対してこちらの赤の騎士の攻撃力は二千。条件は満たしている。


「着火葬を使う。効果で冬の番兵をトラッシュに送ってもらう」

「…………」

「これで番終了よ」


 後攻一ターン目に相手のライフを削ることは出来なかったが、それでもメタカードに早い段階で処理できたのは幸いだろう。舞花のデッキ的には試合が長引けば長引くほど不利になる。次のターンからはガンガンライフを削っていかなければいけない。


 そう、思った直後だった。


「私の番、ドロー。 私は後衛に『冬の番兵』を一匹出す。そして前衛にいる『空の守護者』と後衛の『冬の番兵』を入れ替える」

(なっ……)

「更にTRカード『ボイコット』を発動。 効果によって次の相手の番、前の番に使用したコモンカードは使えない。これで番を終了する」

「…………!」


 今のTRカードによって次の番、舞花は前衛の冬の番兵を突破する手段がなくなってしまった。


(…………く、まだよ!)

「ドロー! TRカード『バックコール』を発動。 効果によって後衛にいる『空の守護者』を前衛に出してもらう」

「…………」

「赤の騎士で攻撃! 空の守護者を倒した事によってライフを一削る」

「私の番、ドロー……私はTRカード『エフェクトブロック』を使う。 効果によって次の私の番まで私とキャラクターは相手のコモンカードの効果を受けない。 私はこれでターンを終了する」

「…………!」


 これで事実上次の舞花のターンで相手の冬の番兵を倒す手段はなくなってしまう。相手のフィールドにはキャラクターが一枚だけという勝利は目の前のはずなのにそのチャンスが酷く遠くなっていく。


「私のターン、ドロー……」

(だめ、この手札では何も出来ない)

「フィールドに『熱砂の竜』を出して番を返すわ」

「私の番、ドロー」


 いよいよ四ターン目になった。ここまで進むと出てくるキャラクターは今までよりも数段強力な効果を持ったカードが増えてくる。


「『天空騎士エデン』を出す。 そしてアペンドターンを宣言。 手札のキャラクター一枚をエデンにアペンドし、効果発動。次の自分のターンまでフィールドに存在するキャラクターカード一枚の効果を付与する」

(それってつまり……)

「エデンに冬の番兵の効果を付与し、前衛に出す。そして攻撃。 赤の騎士を破壊」


 これでお互いのライフは同じになった。しかし、盤面は誰が見ても舞花が不利な状況に陥っていた。


(まだよ……私は諦めないわ!)

「私のターン、ドロー…………!」


 舞花の意志が届いたのか、引いたカードは冬の番兵を倒すことができる着火葬だった。


「コモンカード着火葬を使い、後衛にいる冬の番兵を破壊する!」

「…………!」

「これで私は番を終えるわ」

「私のターン、ドロー」

(これで厄介なキャラクターは処理することができた……ここからなんとか……)


 舞花は自らの発言で鼓舞していた。五ターン目を迎えた時点で相手の残りライフは四。ターンが過ぎれば過ぎるほどデッキの相性は逆転し始め、勝ちからは遠ざかっていく事実に妹も薄々気が付いてはいるのだろう。


「……あの、着火葬って今何枚使いましたか?」


 相手の選手が舞花のトラッシュを見ながら声をかけてくる。


(二枚使ったはずだわ……でもどうしてそんな事を聞くの? 冬の番兵を倒した回数でわかるじゃない)

「…………!」


 妹が心の中でそう言った直後だった。俺は自分のトラッシュから手を放して即座に相手選手の右手を掴んだ。


「…………な」

(ちょっと、兄貴いきなり何しているの!)


 舞花は驚きの声を脳内であげた。そうだよな、突然体を動かしている兄が女性の腕を掴んだらそんな反応をするのは当然だ。でも、こうしないといけなかったんだ。


「……ずいぶんと古典的な方法だな」

(え? 兄貴一体何を言って……)

「審判! カードの確認をお願いします」


 脳内の妹の声を遮るように俺は近くにいた審判の人を呼び出した。

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