第27話 また意識が乗り移っていた

 目を開けたらそこは見知らぬ会場だった。


(な、なんで急に兄貴が!)


 声が脳内に響き渡ると同時に俺は何が起きたのか理解する。どうやらまた俺は妹の体に乗り移ってしまったらしい。しかも今回は突然体のほうまで乗っ取ってしまったようだ。


「パーキングエリアで仮眠をとったつもりだったが……なるほど、やっぱり日曜日に俺が目を覚ますのがトリガーになってたのか」


 そうなると俺の体の本体は今頃駐車場の車の中というわけだ。エアコンは効いてるので死ぬことはないと思うがそれでも家よりかは不安だな……


「いやいや、俺のことよりも舞花だ。 今ってどういう状況なんだ?」

(三次試験シーズンカードの予選スイスドロー形式が終わって今スタッフさんが集計をとっている所)


 こう何度も妹の体に乗り移ってしまうと舞花もすぐに落ち着きを取り戻して俺の質問に答えてくれる。予選が全部で六試合あったこと、初戦負けてしまったがそれから五連勝したこと、決勝トーナメントには勝率の高い十六人が選ばれることを教えてもらった。


「それならトーナメントには残っているだろうな」

(ほんとに? よかった)


 俺の言葉……舞花の口から告げられた言葉を聞いて精神状態になっている舞花は安心したような声を漏らした。参加人数的にあと一回でも負けていたら残っているかは怪しかったが五勝なら問題ないはずだ。


(兄貴、初戦の試合の流れを言うからもしも改善点があったら教えてくれ)

「もちろんだ」


 それからこの休憩時間の間に舞花から初戦の内容を聞いた。負けた悔しさからなのかそれとも記憶力が良いからなのか鮮明かつ詳細に聞くことができた。


「…………なるほどな」


 すべての話を聞き終えたとき、俺が最初に抱いたのは疑念だった。

(きっと、あの子はシズドルに相応しい人なんだろうね)

「どういう意味だ?」

(予選が始まる前にね、京子ちゃんが言ったの。 本物のアイドルならこの舞台で全勝するのはもちろん、最高のパフォーマンスを披露するって)

「…………」

(対戦相手の私から見ていても初戦の人はその……なんていうか)

「あまりにも動きが理想的すぎるか?」

(…………うん)


 相手が使ったデッキは舞花が今日使用しているデッキとは対極的な終盤に強力なキャラクターをフィールドに並べて相手を圧倒するデッキである。相性で考えるなら序盤にガンガン攻める舞花のデッキは有利のはずである。しかし、妹の説明通りなら相手は序盤の舞花の攻撃に対してあまりにも完璧な対応をしていた。その結果、舞花の猛攻を耐え忍び、逆転負けをしたらしい。


 舞花のプレイングは話を聞く限りでは何も問題はなかった。俺が対戦していても同じような選択をしていただろう。


(全勝したのはその子ともう一人があの夢咲有栖だって)

「夢咲有栖?」

(兄貴……まさか今大人気の読モの有栖を知らないの?)


 誰だそれはと俺は疑問の声をあげると妹は心の中でドン引きしていた。読モとは読者モデルという言葉の略称すら知らなかった。シーズンカードの『毒蜘蛛』のことかと思ったぐらいだ。


「……もしかしてあの子か?」

(うん、一目でわかるよね)


 有栖という名前だからかと考えたがそうではなく、明らかにこの場にいる子達の中で一人だけ群を抜いて存在感を放っていた。綺麗な長い金髪の髪と抜群のプロポーション、そして周りの人々が声を潜めて彼女に視線を送っている。モデルというのも納得の容姿だった。


「おぉ……あのデッキケースは三年前の大型大会の大会上位景品じゃないか……ってことは少なくとも三年前からシズカをやっていて、しかも実力者なんだな」

 

遠くからでもわかるド派手な色のデッキケースは毎年行われる大型大会で上位成績を残した人だけに配布されるものであり、赤色は三年前に開催された時に貰えたものである。


(まさか有栖まで参加していたなんて……しかも予選全勝だなんて)

「なんだ、もしかして怖気づいたのか?」

(そうじゃないって言いたいけど……本音を言うと少し落ち込んでいるかな)

「…………」


 全勝していればまだ言い返す気力もあったかもしれないが、当の本人は応えているようだった。この後の本戦で彼女と戦う可能性は十分にあるというのにこのままでは戦う前から戦意が消失しかねない。


「一つ、昔話をしてもいいか?」

(突然何よ?)


 下手な言葉をかけてもよくはないと判断した俺は慎重に言葉を選んだ。


「お兄ちゃんは大学生のころ、シーズンカードの大会によく出ていた」

(……そうなんだ)

「その中で一度だけ、参加者三千人を超える大会で決勝トーナメントまで上がったんだ」

(さ、三千人!)


 人数を聞いて妹は驚いた反応を示した。この場にいる人数でも十分多い。それでも俺が以前出た大型大会と比べるとまだまだ少ないほうだった。


「結果はトーナメントの初戦で負けてベスト八で終わったんだけどな……で、何が言いたかったかというとお前はこの二週間、そんなプレイヤーを相手に練習していたんだ」

(…………)

「有栖って人が具体的にどれぐらいの強さなのかはわからない、それでも舞花は今日までお兄ちゃんと戦っていたんだ、気後れする事なんて何一つないからな」

(…………もしかして兄貴、私を励ましてくれてるの?)

「……まぁ、そんなところだ」


 自分の過去について妹に語るつもりは一切なかった。それでも舞花が元気になってくれるのなら、兄である俺はいくらでも自分の身を捧げる覚悟だった。


(あーあ……兄貴がその大型大会で優勝していたならもっと自信が持てたのになー)

「それを言われると何も言えないな……」


 ベスト八程度では今の舞花の気力を取り戻すには足りなかったかもしれない。他に出来ることはないかと俺は舞花の体であたふたとしてしまう。


(嘘だよ、ありがとう兄貴。 おかげで吹っ切れた気がする)


 妹の声には覇気が戻っていた。どうやら闘志は取り戻したようだった。


(ていうか、いつまで私の体を乗っ取っているつもりよ、はやく変わって!)

「そう言われてもなぁ……」


 舞花の体に移り込む条件はわかったが、精神状態と体を動かす優先権を入れ替える方法は解明されていない。このままでは俺が大会に出る形になってしまう。


「集計が終わりました。 こちらのスクリーンに決勝トーナメント表を掲示しますのでご確認ください」


 どうしたものかと悩んでいると会場内にアナウンスが流された。大型スクリーンに目を向ける。表示された名前を見て会場内はざわめき始めた。

 そこに天音舞花という名前ははっきりと記載されていた。妹は見事に決勝トーナメントに入り込んでいた。

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