第3話 寝落ちとカレーと生放送
「さてと」
シャワーを浴び終えて再び自室に戻る。時計を見ると時刻は午前9時になっていた。
父親と母親は仕事、妹は学校で家の中には現在俺を除いてだれもいない。
「さすがに眠いが、寝る前にやれるところまでやるか」
ぼそっと独り言を言うと俺はパソコンの電源を付けた。そのまま黙々と作業に入り始める。仕事ではなく、ただの俺個人の趣味である動画投稿だ。この趣味も大学生から始めて気が付けば4年目になっていた。
〇
「……んあ?」
どうやら作業中に寝落ちしていたらしい。目の前には編集途中の画面が光ったままで、時計の針は20時を指している。大きく伸びをするとお腹から大きな音が鳴った。
「……お腹すいたな」
最後にご飯を食べたのが昨日の夜だったので丸一日何も食べていない。自分の部屋の扉を開けると下から聴きなれた二人の女性の声が聞こえてきた。
階段を下りてリビングの扉を開けるとこちら側に気づいた母親はおはようと声をかけてくる。妹のほうは……冷たい視線でこちらをにらんできた。どうやら今朝の怒りはまだ収まっていなかったらしい。
「夕飯カレーだけど食べる?」
「ありがとう、いただくわー」
俺が席に着くとつい先ほどまで反対側に座っていた妹は無言で席を立ち、テレビのあるソファに腰を掛ける。見て分かる明らかな拒絶反応……そんなに兄の事が嫌か。
それでも自分の部屋に戻らないだけましかとポジティブに考えることにする。舞花は時計をちらっと見るとついていたテレビの番組を変え始めた。
「何か見たい番組があるのか……?」
「…………」
完全に無視された。お兄ちゃん泣きそう。
「ほら、舞花が好きなアイドルの緊急特番が今日あるみたいよ?」
お袋がカレーを渡してくれながらフォローを入れてくれる。
「話しかけてきたら殺すから」
妹はそう言いながらテレビにくぎ付け状態になる。触らぬ神になんとやら、俺はおとなしくいただきますの手合わせをしたのちにカレーを食べ始める。
「さぁ、はじまりましたシズドル緊急特番、司会を務めさせていただくのは……」
アナウンサーの自己紹介から番組が始まる。妹はテレビの目の前のソファーに座りながら視聴、母親は妹が食べ終えたカレーの皿を洗いながらテレビを見る。二人につられて俺も食べながら見ることにした。
「えー、まずは重大発表の前に一つスポンサーから大きな告知がございます」
「そんなのいらないでしょ」
アナウンサーの進行に対して妹がブーブー文句を言っている。いやね、この番組にもスポンサーなどの多くの協力があって成り立っているから多少は仕方ないよと、社会人になった俺から妹に言おうと思ったが、殺されそうなので黙っておく。
「えー、それではどうぞ」
アナウンサーが手を差し出した先へと視線が誘導される。しかし、そこには誰もいなかった。
「……あれ、えーっと」
アナウンサーが焦っていることがテレビの画面越しからも伝わってきた。
「なによ、ぐだぐだじゃない」
妹がぶつぶつ重ねて文句を言う。生放送なんて事故がつきものだからなぁと動画配信者の俺はしみじみと共感する。
うんうんとカレーをほおばりながらうなづいていたその時だった
スタジオで突然爆発音のような音と同時に白い煙があふれだした。
「きゃー、わーきゃー!」
想定外の事が連続で起こったのか画面の向こう側ではアナウンサーやそのまわりのカメラマンたちの悲鳴が聞こえてくる。
「え、なにどういうこと、火事?」
「year―!!」
突然画面からは女性の大きな声が響き渡ると同時に煙が二手に大きく分かれた。
視界が晴れたカメラの先にはびしっと決めポーズをとった女性が一人立っていた。
「ミナサン、コンバンハー!」
彼女の周りではテレビ関係者たちが慌てている声が聞こえてくるが、その声たちを押しつぶすように女性は手に持っていたマイクを口元に近づけるとカタコトでそう叫んだ。
「ワタクシ、スポンサーノビビです!」
長髪の金髪を大きく揺らしながら女性が自己紹介をする。それからすぐに画面が消えたかと思うとしばらくお待ちくださいのテロップが映し出された。
「あら、シズドルに外国人の女性なんていたかしら?」
「いないわよ、でも綺麗な人ね」
お袋と妹が画面を注視しながら会話をする。兄とは会話しないが母親なら大丈夫らしい。というのはいったん置いといて……
「ビビ?!」
俺が大きな声でその名前を呼ぶ。その反応に驚いたのか家族二人はこちらを見てきた。
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