第2話 いい歳してまだカードゲームやってるの?

「私、将来はアイドルになる!」


 まだ俺が学生の頃、八つ歳が離れた妹の舞花が目を輝かせながらそう言ったのを今でも覚えている。

 あれから十年が過ぎた。今でも妹の夢は変わっていない。ただ変わったことがひとつある、それは……


「じゃま、どいて」


 自宅の玄関で開口一番に妹に言われたセリフである。

 時刻は朝七時三十分。朝まで延びた残業を終えて家に戻った俺は登校する直前の妹と鉢合わせた。


「あー、悪い」


 兄の俺は申し訳なさそうに横にずれて扉を譲る。舞花は何も言わずにそのまま家の外に出ようとする。

 変わったのは俺と妹の関係だった。昔は何かあれば「助けてお兄ちゃん」と頼ってきた妹の姿は今や見る影もなく、俺を見るその目はまるで生ごみをみるかのような目つきだった。


「そういえば、この前のオーディションどうだったんだ?」


 俺の問いに扉を開けようとした手がピタッと止まる。すこしの間が生まれた後、舞花は体を少し震わせると、こちら側を向い……


「いだぁ!?」


 向いたと思ったらそのまま持っていた学生カバンを俺の顔面に直撃させた。その衝撃で俺は軽く吹き飛ばされる。


「いってきまーす」


 妹はそんな俺を見向きもせず学校へと向かっていった。


「あら、演二帰ってきてたの?」


 玄関前で大きな音を立てたせいか、母親がリビングのドアを開けて倒れた俺を眺めてくる。


「いま丁度帰ってきたところ」

「おかえりなさい。 ご飯はどうする?」

「いらない。 疲れたからシャワー浴びてそのまま寝るわ、ありがとう」

「そ、りょーかい」


 母親は俺の返事を聞くとリビングに戻ろうとする。


「……なぁ、お袋、なんで俺こんなにあいつに嫌われてるんだ?」


 扉を閉めようとした母親を呼び止めて今起きたことの疑問をぶつける。

 妹の舞花と関係が悪くなったのはここ数カ月の出来事だ。実家を離れる大学生活の前までは少なくともこんなに関係は悪くなかった……はずだ。半年前、社会人になり再び実家暮らしに戻って以降、どうも妹との距離に壁を感じていた。


「原因は二つね」


 靴箱に靴を入れようとしている俺の横に母親は来るとピースサイン、ではなく二本指を立てて説明を始める。


「まず一つ目はあの子自身がそういう年頃だってことよ」

「思春期ってやつか? にしてもあんな凶暴にならなくてもいいだろ……」


 教材が入ったカバンを兄の顔面目掛けて振り回すなどクレイジーにもほどがある。


「あなたも相当やっかいだったわよ」

「俺はあんなに暴力的だった記憶はない」

「あなたはどちらかというと厨二病をこじらせた感じだったものね」

「うっ」


 実の母親に厨二と言われて言葉に詰まってしまう。過去を振り返ってみると俺は確かに相当恥ずかしい事をしていたような気がする。


「あの頃の演二は俺には特殊な能力があるんだーとか、鼓動がはやくなるとかよく独り言いってたものね」

「やめてくれお袋、それ以上はオーバーキルだ……」


 自分で思い出す以上に他人から言われると精神的にくるものがある。仕事の疲れで弱ったいまの俺には想像以上に効果抜群だった。


「あの子も今そういう年頃ってことよ」


 母親は丁寧に俺の疑問に答えてくれる。それと、と日本目の指に焦点を当てて話を続ける。


「二つ目はあなたのせいよ」

「俺のせい?」

「演二さっきいきなりオーディションの事きいたでしょ?」

「……あー」


 母親の言わんとしていることがわかった。どうやら舞花はまたオーディションに落ちたらしい。


「あなたは昔っから家族に対しては特にデリカシーが足りてなかったからね」


 もう少しあの子の気持ちを考えなさい、と茶化すように叱られる。小さいころから父親と母親にはよく外面はちゃんとしているのに家ではだらしないと言われていたが、どうやら思春期の妹に対しての接し方も間違っているらしい。


「そんなんだから彼女の一人もできないのよ」


 母親はよよとわざとらしく泣くしぐさをする。俺ははいはい、と適当に言葉を聞き流すとそのまま自室のある二階へと向かう。


「母さんもこの後仕事に出かけるから、昼は適当にすましてちょうだい」

「りょーかい」

「……厨二病とは、また違うけどあなたまだあれやっているのね?」


 二階に上がろうとしていた俺の背後から母親の一言によって階段を上る俺の足が止まる。冷や汗をかいてゆっくりと後ろを振り返る。


「……まさか俺の部屋勝手に入った?」

「そりゃ家族の部屋ですもの。 入るに決まっているじゃない」


 母親は当然でしょと答える。実家に戻ってきてからこの半年、そのようなそぶりが一切見られていなかったので油断しきっていた俺は母親の発言に対して全身から脂汗のようなものが出ていることを感じた。


「で、デリカシーがないのはどっちだよ」

「でも、あなたの趣味は昔に比べてずいぶんと大衆に普及されたわよねー」


 俺の言葉を無視して母親は話を続ける。


「今ではその道のプロとかいるんでしょ」


 すごい時代よねーと、母親は感心したような態度を見せる。

 てっきり俺はいい歳してまだそんなことしているの……的なことを言われるのではないかと思ったが、どうやら違ったらしい。お袋の言う通り、近年ではこの道でたべて生活している人たちも出てきている。これも時代の変化という物だろうか?


「舞花が好きなアイドルもそういえばそのゲームやってたわね」

「あー、そういえばそうだな」


 現在この文化が世間に普及した理由の一つとして、舞花の好きなアイドルグループが貢献しているといっても過言ではなかった。丁度そのグループがテレビに出始めたころからテレビや動画などで取り扱われることが増えていったのである。


「なんていうんだっけ、えーっと?」

「シズドル?」


 母親の疑問に俺は答える。アイドルユニットシズドルは今から八年前にメジャーデビューしたアイドルグループ名だ。舞花がアイドルを目指すと言い始めたきっかけはこのグループでもある。


「違う違う、シズドルは私でもわかるわよ」


 母親はそう言うとあなたの部屋にあったやつの名前は……と思い出すしぐさをする。


「いや、シズドルが出たらわかるだろ……」

「えっと、しずどるかーど?」


 母親がピーンときたようなそぶりを見せて答える。いや、間違っているんだけどね。


「シーズンカードな」

「そうそう、それそれ」


 母親は思い出したことに対してすっきりしたのか満足そうにうなずく。シズドルは出てきてもシーズンカードは出てこなかったらしい。

 もともとはカードゲームを普及する為の一つの手段としてシズドルというアイドルグループを結成したらしいが、いつしか目的と手段が入れ替わり、カードゲームよりも彼女たちの方が世間で話題になった。

 シーズンカード以外の場面でもアイドルとして知名度を高めていき、特にユニットのリーダーを中心に爆発的な人気を生みだし、今では名前を知らない人はほとんどいない超大人気アイドルグループとなった。


「それじゃ、俺は着替えるから上いくよ」


 部屋に戻ろうとすると最後に「演二」と声を掛け呼び止められる。今度はなんだと振り返ると母親はこほんと軽く咳払いしてから一言


「いい歳してまだカードゲームやってるの?」

「結局それ言うのかよ!」


 恥ずかしさよりも先につっこみが出た。そんな朝の八時五分だった。

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