ゲーム的な設定を現実に持ってくるためのやつ
さて。そもそも、魔獣とは何であるのか。
人間を襲う獣?それは違う。魔獣の中には、人間と共存しているものもいる。
魔力を持つ生物?それならそこには人間も当てはまる。俺たち狩人は、魔力によって肉体を強化したり、魔法を放つなどの方法で魔力を使っている。
では、魔獣とは何なのか。姿も生態も種類によって全く違っており、ほとんど共通点などないように見える。しかし、この世界において、それには明確な定義がある。
「危ねっ!」
振り下ろされた爪を寸前でかわす。一匹ずつならわけないんだが、7匹もまとめてかかってくるとなると若干余裕がなくなってくる。
そろそろ一匹ぐらいは倒したいんだが……
「フッ!」
腕に嚙み付こうとする取り巻きを避け、刀を振るう。その刃は、正確に取り巻きの首を切断した……はずだった。
「グルルルル」
しかし、奴はピンピンしている。それどころか、確かに刀が通ったはずの場所に、傷の一つもついていない。
魔獣は、何らかの攻撃によって傷を負った瞬間、その場所を再生させるのだ。そのため、どんな攻撃を受けようと外傷が残ることはない。
自己の魔力により身体を治癒できる生物。それが、この世界における魔獣の定義だ。
では、そんな存在をどう狩るのか。これは簡単な話で、再生のための魔力を枯渇させればいい。小さな攻撃で少しずつ削ってもいいし、多くの魔力を込めた一撃で仕留めてもいい。魔獣にとっての魔力とは、HPのようなものなのだ。
これが、この世界を狩りゲーだと判断した理由の一つである。
アクションゲームでは、一つ一つの攻撃で敵が傷つくことは基本的にはない。少なくとも前世では、そんな処理のできるゲームは開発されていなかったと思う。そのあたりを現実のものとするために、こういう設定、もとい生態が用意されているのかもしれない。
「しかし、鈍ってんな」
サイアの研修もあり、最近はまともに討伐に出ていなかったせいだろうか。魔力の扱いや体の動かし方がかなり衰えてる。
前までなら、さっきの一太刀で再生のための魔力を枯渇させ、殺しきれていたはずだ。
「それに、こいつら――」
連携が上手い。ずいぶん長いこと群れとしてやって来てるみたいだ。女王の攻撃に合わせて他の奴らが跳びかかってくるせいで、反撃の隙があまりない。
クソッ、この程度の相手に数分もかかるとは。まずい、任せろなんて言っておいてこっちの方が倒すの遅かったら先達としての威厳が……。そんなもん元からないか。
「ふっ!」
「ギャウ!?」
さっき斬った取り巻きの顔面を蹴り飛ばす。
かなりの力を込めたせいで体勢を崩したが、問題ない。
そのまま杖を後ろに突き出す。刃が突き刺さる感触がしたと同時に、回転するようにして2匹を纏めてたたっ斬る。少し苦しむ様子を見せた後、3匹は動かなくなった。
こいつらの弱点。それは連携が完璧すぎることだ。AがこうしたらBはこうする、そうしたらCはこうといった感じで、役割に合わせてしか動かないため、動きが読みやすい。
「よし、少しはカンが戻ってきたかな」
そのままの勢いでさらに2体を切り伏せる。魔力の使い方を思い出してきた。取り巻きなら一度切ればそれで殺せる。
「ガウ!」
「おっと!」
のしかかろうとした巨体をスライディングでよけつつ、追撃してきた取り巻きに刃をふるう。これで残るは雌の個体のみ。
ただ、サイズを考えても、動きが遅い。何かをかばっているようだ。こいつが雌であることを考えると、多分そういうことだろう。
同情する気持ちがないわけではないが、こっちも命懸けだ。
「悪いが、狩らせてもらう」
決着はすぐに着いた。こいつらが厄介だったのは群れでの連携だ。一対一であれば、苦戦する要素はない。
亡骸を見る。初めて魔獣を倒してからずいぶん経つが、やっぱりまだ違和感があるな。残った死体が綺麗すぎるんだ。まるで、眠っているようにも見える。
「さて、サイアのほうは……」
弓を構え、魔力で矢を構成して、放つ。何度も繰り返してきたことだけど、やっぱり単独での討伐は勝手が違うなあ。
エルス先輩の方は……。早い。もう全ての敵を倒し終わって、こっちを観察している。
「ガウッ!」
「わっ!?」
気がそれた瞬間、白く光る牙が襲ってくる。
ヴォルプスは本来、シルバーからゴールドあたりのパーティが討伐する相手だ。私も結構ダメージを与えてるはずなんだけど、なかなか削り切れない。
……賭けに出てみようか。
「ガル……?」
ヴォルプスがいぶかしげな鳴き声を上げる。今まで動き回りながら攻撃していた私が、急に立ち止まったからだろう。
けど、その動揺も一瞬だ。
「グオァアア!」
鋭い牙を私に突き立てようと、口を大きく開けて迫ってきた。
まだ引き付けなきゃ、まだ、まだ、
「今!」
「グ、ギャウ!?」
私が狙ったのは、喉の奥。回復できるとはいえ、喉の奥に異物が侵入したら反射的にせき込み、隙ができる。
後ろに跳んで、距離を稼ぐ。さっきまでは攻撃を避けるのに神経を使っていたけど、今ならこっちの攻撃に集中できる!
弓を目いっぱい引き絞り、魔力を限界まで込める。
相手も復帰したみたいだけど、もう遅い。
「これで、倒れて!」
最大まで魔力を込められた矢が、敵の体を貫いた。
「お、やったか」
誰にでも出来そうに見えるが、口の中に正確に当てるにはギリギリまで引きつける必要があるし、その後の一撃はかなりの魔力制御がなければ成立しない。
度胸と実力、両方が必要な倒し方だった。あれができるなら問題はないだろう。
ま、それは後にするとして、なんでこいつらがここを襲ったかだ。
魔獣が村などを直接襲うことはまれだ。というより、人間が住むところは魔獣の生息域と被らないようにしているというべきか。
こういう事態が起こった場合には、理由を調べて報告書を書かなければならない。……まあ、今回はもうわかっているんだが。
「サイア、これ」
「あれ、こっちの成体……」
サイアも違和感に気づいたようだ。寝転がるようにして横たわっているため、雄との違いは分かりやすい。
「お腹が大きい……、妊娠、してたんですかね」
「多分な。戦闘中もやけに動きが鈍かったし。多分、子を産むための体力が足りなくなってあの村を襲いに来たんだと思う」
理由はあったし、仕方なかったんだろう。
だが、人間に危害を加えた時点で討伐する以外の選択肢はない。人里を襲った個体を見逃せば、味を占めて再び襲ってくることが多いからだ。
「……難しい仕事ですよね」
「……そうだな」
感傷に浸ってばかりもいられない。
こいつらの亡骸は後から専門の職員が運んでくれるため、いったん後に回すとして。
「とりあえず、実地試験は合格だ。後で本部のほうにも書類送っておくよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
一対一であれができるんなら、職員としては問題ない。よっぽどのことがなければ、どんな魔獣が相手でも生き延びるぐらいはできるはずだ。
文句なしの合格である。
「これで研修も終わりだなー、2ヶ月ぐらいだっけ?」
「そうですね。長かったような短かったような……」
研修が終わると、ギルド本部でどこに配属されるかが決められる。
研修先とは別のところになることが多いため、サイアと一緒に働くのは多分今回が最後になる。
そんなこんなで、数日後。サイアの配属先が決まった。
「頑張れよー、もう仕事のフォローしてくれる上司はいないからな」
「……討伐はともかく、事務関係だと私の方が先輩の書類直したりしてましたよね」
「……」
こういうやり取りもできなくなるな。
まあ、自分の時間が増えるからそれはそれでいいんだけども。
「今までありがとうございました、先輩」
「おう、じゃあな」
ペコリと礼をして、彼女は部屋から出て行った。
研修のための業務が減ってホッとしたような、少し寂しいような気持ちだ。
「エルスさーん、暇なら受付手伝ってくださいよー!」
「はいはい、今行くよ」
下の階から呼ぶ声がした。依頼の受付担当の職員さんだ。どうも受付が詰まっているらしいし、行ってやらなきゃな。
そして、また数日後。
「というわけで、本日よりここに配属されましたサイアです!」
……センチになった気分を返してほしい。
どうも、ここに配属されるにあたって実家の方で引っ越しの準備をするために帰っただけだったようだ。
「ここに配属されたんならさっさと言ってくれればよかったのに……」
「えーっと、ここに配属された理由が、ちょっと言いづらくて……」
何だ?サイアに配属先が言いづらくなるような事情があるとは思えないんだが。
「私がいた時の方が、明らかに書類とかが分かりやすかったらしくて……。場所が場所だし面倒な案件も多いから、そのままここで働いてほしいって……」
……本部からそんな評価だったのか、俺。
もう少し真面目にやっておけばよかった。そうすればこんないたたまれない空気にならず済んだものを。
「ま、まあそういうわけなので、これからもよろしくお願いします」
「……ははっ。ああ、よろしく」
まあ、いいか。助かるのは事実だし。
業務報告
村に到着後、事前の報告通り、ヴォルプスの群れに遭遇。本来多くても4、5体程度の群れを作ることが多いが、今回の群れは成体を含め7体というかなり大きなものであった。
そこまでの群れになるにはかなりの時間がかかったと考えられ、そのためか他の群れと比べ連携面でもかなりのものが見られた。
雌は妊娠しており、出産のための栄養が足りずに村を襲撃したと考えられる。
脅威度はシルバー上位からゴールド中位と判断。似たような個体が現れた場合には、間違っても単独で活動している狩人には回さないように。
狩りゲー世界のギルド職員の日常 ソル @soul103
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