裸の勇者さま!

堂場鬼院

第1話 勇者の旅立ちと悲劇

 鳥たちの鳴き声が聞こえたあと、浅い夢の中からゆっくりと揺り起こされた。リオーナが目を開くと、目の前にメイドのエミリアの顔があった。

「お嬢さま。朝早くお眠いこととは存じますが、まもなくご出立のお時間でございます。朝食とお着替えをよろしくお願いいたします」

「おはよう。でも、眠くはないよ。ありがとう、エミリア」

 ベッドから起き、朝の支度を始めたリオーナ。テーブルにはすでにエミリア手作りの朝食が待っている。

「お嬢さまが好きなパンとスープ、それから、リンゴとチーズもご用意いたしました」

「すまないね。それじゃあ、いただくとしよう」

 いつものように起床し、いつものように朝食を食べ始めた。

 だが、リオーナの見えない場所で、エミリアはひそかに泣いていた。

「……お嬢さま。お着替えのご用意ができております」

 食後、部屋を移動し、リオーナは服を着替えた。その日、着替えた服装は、リオーナが初めて着るものだった。王宮御用達の仕立屋と防具屋がこしらえた特注品であり、寸法はリオーナにぴったりだった。

「まあ……よくお似合いで……素晴らしいですわ……!」

 エミリアは感激のあまり、リオーナの前で涙を流した。

「泣かないと約束したはずだよ? エミリア」

「は、はい……申し訳ございません……」

「よし。では、いこう」

「はい。いってらっしゃいませ」


 着替え終わったリオーナは、玉座の間に向かうべく廊下を一人歩いた。広い庭園から鳥の鳴き声に加え、風が青い匂いを運んでくる。まもなく、夜明けを迎えようとしていた。

 玉座の間に通じる扉の前までいくと、衛士が二人、槍を持って扉の左右に立っている。

「おはよう、ガイウス。おはよう、ロデリック」

「おはようございます。リオーナさま」

 リオーナが挨拶すると、二人は微笑んで挨拶を返した。

「今日はよい天気になるとのことです」

「素晴らしいご出立となりましょう」

「ありがとう、二人とも」

 扉が開かれ、リオーナは玉座の間に足を踏み入れた。紅い絨毯の上を歩いていき、玉座で待つ、父レオナルド王の前でひざまずいた。

「……おはよう、リオーナ」

「おはようございます。お父さま」

「気分はどうだ。体調は」

「はい。問題ございません」

「ヴィクター」

 レオナルドが執政の名を呼ぶと、側に控えていたヴィクターがリオーナの前に歩み寄り、剣と盾を渡した。

「リオーナ。これからお前は旅に出る。長旅のお供は、剣と盾と、知識と仲間と、そして……何だと思う?」

 玉座からレオナルドが問うた。

「……勇気、でしょうか」

「いや、金だ」

 笑っていうと、レオナルドはヴィクターに再び命じ、金貨の入った袋をリオーナに受け取らせた。

「必要なときに、必要なだけ使えばいい。お前は自分でものを買ったりしたことがなかったな。わからないことがあれば仲間に訊け。仲間なら、正しく答えてくれるだろう」

「はい」

「リオーナ。お前には魔物と戦えるだけの剣術は仕込んできた。学術も、体術も。あとは実践だ。心してゆくといい。そして、魔王を討ち果たせ。それがお前に課せられた使命なのだから」

「かしこまりました」

「うむ。では、健闘を祈る」

 リオーナは立ち上がると、父レオナルド王の顔を見て頷き、玉座の間から退出した。扉の左右で控えていた二人の衛士、ガイウスとロデリックは、リオーナに頭を下げて送り出した。


「……お嬢さま!」

 城の正門から旅立とうとしたとき、背後から、エミリアが息を切らして走ってきた。

「はぁ、はあ、はぁ……こ、これをお持ちください……」

 エミリアが手渡したものは、美しい耳飾りだった。

「これは、わたくしの母がつけていた、魔よけの効果がある装飾品です。どうかこれを」

「そんな……これは受け取れないよ、エミリア。母親の形見なんだろう? こんな大事なものを……」

「いいえ、お嬢さま。わたくしが持っていても意味がありませんし、ぜひ、お嬢さまに使っていただきたいのです」

「……わかったよ」

 リオーナはエミリアから耳飾りを受け取り、その場で耳につけた。

「まあ……よくお似合いです……」

「ありがとう。では、いってくる。エミリアも体に気をつけて」

 最後の別れをして、リオーナは旅立った。

 けっして振り返らず、下り坂をどんどん下っていき、森の入口までくると、ようやく、リオーナは息を吐いた。

「…………」

 一度だけ振り返り、城を見ると、あとはもう森の中へと入っていった。


「……っ!?」

 ガサガサっと音がして、リオーナは音の出どころである草むらに向け、剣と盾を構えた。

 すると、ぴょんと飛び出したのは一匹のウサギだった。ウサギはリオーナを一瞥もせず小径を横断し、反対側の草むらに消えた。

 ほっとしたのもつかの間、ウサギが飛び出した草むらが再び動き出し、ぴょんと飛び出したのはスライムという魔物だった。

「おお。これがスライムか」

 幾度となく本で読んでいた魔物の知識が、リオーナの記憶に甦る。スライムは、魔物の中では下級に属し、戦闘力も知力も低い。

「魔物スライム。お前はわたしと初めて戦う相手だ。遠慮せず、いかせてもらうぞ……!」

 リオーナはスライムへ向けて突進し、剣を振り上げた。

「でやあああっっっ!!!」

 裂ぱくの気合いとともに振り下ろされた剣は、スライムの体を見事に真っ二つにした。

 ところが、二つにわかれたスライムは、先ほどよりも素早い動きでリオーナに向けて飛びかかった。

「わあっ!!??」

 二匹となったスライムのうち、一匹がリオーナの顔に張りつき、もう一匹は服に張りついた。

 シュウウウッと、いやな音がする。急いでリオーナは剣と盾を捨て、顔面に張りついたスライムを両手で引き剥がした。

「……うわああああっ!!??」

 スライムを顔から引き離した瞬間、リオーナは大声を上げた。服が、みるみるうちに溶けていくではないか。あわてて服に張りついていたスライムを蹴り飛ばしたものの、溶ける範囲は徐々に広がっていき、リオーナは地面にしゃがみ込んだ。

 スライムはどこへか消え失せたが、あとに残ったのは、寒々としたリオーナの姿だった。

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