冒険者(バカ)でもわかる! 受付嬢の横領の仕組み。

 定時を迎えて冒険者ギルドを出ると、冬が近いからか外は真っ暗。


 道しるべとなる街灯を頼りに歩きだそうとした瞬間、コタローの童顔が突如としてぬっと、俺の眼前に現れた。


「うわぁ、びっくりした!」

「センパイ、センパイ! 待ってたっすよ!」


 満面の笑みを浮かべるコタローは、受付嬢からの話を持ってきたようだ。気配を感じないのは、流石斥候スカウトだ。


「さぁセンパイ、行きましょう! 行きましょう!」

「あ、ああ……」


 コタローはやけに上機嫌だった。その理由は、これから情報共有をするのに、俺がコイツの晩飯を奢るのが通例になっているから。まさに、飯を目の前に差し出された犬のよう。ないはずの尻尾を、ぶんぶん振り回しているように見える。


 コタローとともに歩きながら、俺達はギルドの繁華街へと赴く。数多く立ち並ぶ飲み屋をひやかし、「お兄さん、うちで遊んでかない?」という呼び込みの女の子を視界に入れないように躱しながら、行きつけの店へと向かっていた。


「……いらっしゃい」


 カランカランとベルを鳴らして入ったのは、小さい鉄板がテーブルの上に置かれた、小さな焼き肉屋。その名は【シチィリン】という、寡黙な店長が一人で切り盛りしている隠れ家的な焼き肉屋だ。全席が個室になっており、俺たちの様なこっそり話をしたい連中には、ぴったりの店だ。ついでに食べ放題が安い。


「いやぁ、いくらセンパイの奢りとはいえ、中々来れないっすからねえ、こういうところは。特に1人だと」

「別に俺と一緒に来る必要はないだろ。彼女とでも来ればいい」

「俺にそんなのいないの、センパイなら知ってるでしょ?」


 コタローはジト目で俺を見ると、さっさと自分用の肉を焼き始める。そして傍らには酒。この少年……というのも失礼か。超童顔なんだけど20歳超えてるんだよな。見た目完全にショタなのに。


 このコタローという男、女の子とは気さくに話せるし人気もあるのだが、だからと言ってプレイボーイというわけではない。

 本人から聞いた話だと、受付嬢や女の子の冒険者とは、手を繋いだこともないしキスもしたことないらしい。いざそういう行為に及ぼうとすると、「そういう対象には見えない」「そんなことするとは思わなかった」と言われて、フラれてしまうんだそうだ。


「……俺が聞いた話では、シエルさん、新人さんの中でも特に気にかけてる子がいたんですって」

「新人の子?」

「ミリナちゃんって子です。まぁ~ミスやら不備が多いらしくて」

「へぇ、そんなにか……」


 年齢は16歳。顔立ちは言うまでもなく美人の部類に入る。出るところは出て引き締まっているところは引き締まっている、新人の中でも特に目を引く子なんだとか。


「……で、問題は、そのミリナちゃんなんすよねえ」

「何かヤバいのか?」

「ギルドに入る前はかなりヤンチャだったみたいっす」

「あー、そういうパターンかぁ……」


 顔採用である受付嬢の、最悪のパターンだ。そのせいで、顔だけ良い悪女がバンバン入って来る。そんな連中を黙らせるために、マスターが思いっきりビビらせるらしいんだけど。それが効かない奴も、やっぱ一定数入って来るんだよなぁ。


「シエルさんとは、しょっちゅう揉めてたみたいっすよ。生意気な後輩、みたいな感じで。怒られたら逆ギレして、さらに喧嘩をヒートアップさせるみたいな」

「なるほどなぁ……」

「でも、書類でもうシエルさんの横領が発覚したんすよね? だったら、わざわざ調べるのも変じゃないすか?」

「いや。そうとも言えない。シエルは十中八九、誰かを庇っている」

「ええ?」


 首を傾げるコタローだが、俺はそう確信している……いや、それはギルドマスターも、オツボネもわかっていることだろう。


「仮にシエルが本当に横領するなら、書類に残るなんてわかりやすいミスはありえないんだよ」

「はい?」

「例えばだ。ここにあるサラダで例えると……」


 サラダは葉っぱ8枚に、ポテトサラダがついている。これが、依頼人が冒険者ギルドに持ってきたクエストの報酬全部だとしよう。


 冒険者ギルドはこの依頼を受理して冒険者にクエストを卸す。要するに冒険者と依頼人との仲介人だ。


 冒険者ギルドの取り分は、このサラダだと葉っぱ4枚に相当する。残りの葉っぱ4枚と、ポテトサラダが、冒険者の取り分。前払いと後払いで2等分される仕組みだ。


「……この時、一番最初に、葉っぱ1枚抜いたら、どうなると思う?」

「へ?」


 最初の葉っぱが7枚になる。そうなると、冒険者ギルドの取り分は……葉っぱ4枚。冒険者に払われる報酬は、ポテトサラダと葉っぱ3枚になる。


「え、つまり、俺達冒険者側が横領の割を食ってるってことっすか!?」

「そうだよ。だからぶっちゃけ、ギルドが適正でもらえれば、割とそこまで大事にはならないんだよ。最初から抜いた分で帳簿に載せれば、まずバレないしな」


 それでも信用を損なう行為ではあるし、何よりあまりにも抜いた額が大きすぎると、難易度と報酬の乖離が起こる。そういう欲を出すと、横領はバレるのだ。


「じゃあ、帳簿に横領の証拠が残ってるってことは……」

「ああ、あり得ん。それこそ新人なんて、これの研修をオツボネから受けてるはずだしな」


 俺も、新人時代に受けたしな、この研修。そう言った時、肉を食うコタローの目が細くなった。


「……え、センパイ。ちょっと、いいっすか?」

「何だよ」

「俺バカだからよくわかんないんすけど……そういう研修内容って、大抵は秘密にしておくもんじゃないんですかね?」

「えっ」


 コタローの言葉に、俺の脳裏に、9年前の新入職員研修で講師をしていた、オツボネの言葉が蘇って来た――――――。


「……いいですか、皆さん? この研修で学んだ内容は、特に冒険者の方には絶対に言わないように! ギルドの職員と結託して、今の話を真に受けた悪事をしないとも限りませんからね! そういう悪い誘いにも、一切乗らないこと! いいですね!?」


「……あっ!」


 オツボネのきつい口調を思い出した俺は、青ざめた。そんな様子を見たコタローは、苦笑いを浮かべる。


「……センパイ、意外とそーいうところ、ツメ甘いっすよね」

「やかましい!」


 恥ずかしながらそれ以上何も言い返せなかったので、もう酒を飲んで誤魔化すしかなかった。

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ワロス・ザ・シークレット ~冴えないギルド職員は、ギルドマスター直属の凄腕エージェントでした。〜 ヤマタケ @yamadakeitaro

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