悪党の街【グランディア】

(あー、いってぇ。マスターめ、あんな大声で叫ばなくてもいいじゃないか)


 くらくらする頭を押さえながら、俺はギルド1階のバックヤードに向かう。目的地は、先ほどアイテムを納品したおっちゃんのところだ。


「おう、ワロス。どうした?」

「……ちょっと、休憩に」

「……ほほう、そうかそうか」


 含みを入れた俺の言葉に、おっちゃんはニヤリと笑った。


 この御仁、実はギルドでも指折りのスケベである。物販ブースに来る冒険者の女の子はもちろん、ギルドの女性職員……いや、それすらも超越し、この街【グランディア】の女の事なら、ほぼ誰でもとんでもなく詳しい。

 

 ギルドの男職員の中では、「女を口説くならまずはこの男に聞け」と言われるほど神格化されており、逆に女性職員からは、蛇蝎のごとく嫌われている。


 ――――――セシルの事を知るなら、まずはこの人だ。


「で、誰のことが知りたいんじゃ?」

「受付嬢のセシルさん」

「ほうほう、セシルちゃんか。お前も隅に置けんなぁ。なにが知りたい? 彼氏情報か? 趣味か? それとも……何をプレゼントしたら抱けるか、か?」


 ……逆に、そんなもんあんの? と思わなくもないが、俺のこれは仕事。そういうのはプライベートで聞くものだから、今は聞かない。……正直、めっちゃ気になるけど。


「……男関係。今、彼氏っているのかな?」

「ふんふん、男関係な。……シエルちゃんは、今まで男と付き合った経験はないな。なんでも昔、好きな男がいたとは聞いたことあるとは聞いたことがあるが」

「なるほど……」


 ……ということは、自分の男関係の事件ではない、か。


 受付嬢が横領したという事件は、過去に何度もある。それ自体は驚くことじゃなく、今回はあくまでシエルということで問題になっている。


 過去の横領の例は、新人の受付嬢が彼氏の冒険者に唆されて、という理由がほとんど。顔採用である受付嬢はそのあたりの品も悪い上に、報酬の受け渡しなどで金に触れることも多い。残念ながら、そう言ったモラルがない女も、採用されてしまうのだ。このギルドでは。


「おっちゃん、それなら、職場の人間関係はどう? 特に最近、変わったこととか」

「なんじゃい、お前さん、まるで探偵みたいじゃのう? ……さすがは中堅といったところか、新人の指導に大忙しじゃよ。今年の春に入った子たちが、まー覚えが悪くてな。ミスばっかりするんで、オツボネもカンカンじゃ」

「そっか……」


 ……バックヤードでわかる情報と言ったら、そんなところか。俺はふんふんと頷いて、おっちゃんに「ありがとう」とお礼を言う。


「別に構わんが、結構長居したんじゃないのか? おまえのところの課長、こんな長い休憩許してくれるのか?」

「あ……っ」


 そう言えば、すっかり忘れてた。しかもギルドマスターからの呼びだしからこっちにまっすぐ来たから、結構な時間、総務課に戻ってない。


「……ワ――――――ロ――――――スゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」


 案の定、戻ったら課長からとんでもない雷をもらった。


*****


 秘書ミラさんに確認取ったら随分前に出てったって聞いたぞ、と、カンカンなタイラー課長のお説教をくらい、昼過ぎ。

 サボった(という扱いの)せいで昼休憩を減らされた俺は、こっそり1階の冒険者ギルド、冒険者用のエントランスへと訪れていた。


 その理由は、1つ。


(……おい、おい! !)

「……うん?」


 冒険者スペースの飲食スペースの端っこでサンドウィッチを食べている少年に、こっそり声をかけた。

 そいつは腰まで伸びる長い髪を一本に束ねており、身軽そうな格好に短剣という、いかにも斥候と言える装備で、誰ともつるまずに黙々と食べている。


 少年の名は、コタロー。若手の冒険者であり、何より、【シークレット・ナイト】としての俺の仕事を知っている、マスター以外で唯一のギルドの人物だ。


 俺の姿に気づいた彼は、目を丸く見開いて驚いた。


「……うわぁ! センパ……」

(静かに。……裏で話そう)

(り、了解っす)


 口を塞ぎ、サンドウィッチの残りを飲み込んだコタローは、そそくさとギルドを出る。そして、ギルド裏の広場の一角の、ベンチに2人で座った。


「悪いな。食事中に」

「い、いえ! ……密命ッすね?」

「お前、受付嬢のシエルは知ってるな?」

「もちろん。今日は生理で休みって、担当の子から聞きましたけど」

「ちょっと今、彼女はトラブルに巻き込まれてる。受付嬢の間で何か話題がないか、聞いてみてくれないか」

「了解っす! それにしても、ずいぶん久しぶりの密命っすね」

「そうだな。2ヵ月ぶりくらいか」


 この【グランディア】の冒険者ギルドでここまで密命がないのは、極めて珍しい。


 何せ、この街は他の都市と比べても、圧倒的に悪党が多いからだ。


*****


【王国】には、現在5つの主要ダンジョン都市が存在している。その5つと王都が、いわゆる大都市と呼ばれるものだ。


 ダンジョンとは自然発生した迷宮で、概ね地上から地下に向かって発生する。中には地上とは比べ物にならないほどの資源があるが、同時に地上にはいないような獰猛な魔物も多数生息していた。


 そんな危険なところに、国は正規の軍隊を投じるわけにもいかない。圧倒的な人手不足を解消するために、ダンジョンを調査する有志を募った。それが冒険者の始まりだ。


 今では冒険者たちはダンジョンの発生とともに栄えた街を拠点とし、ダンジョンではなく付近の、魔物たちを討伐したり薬草を採取したりと言った日雇い労働のような仕事をする者たちとして認識されている。


 ダンジョンそのものに入るのは、ギルドでもトップクラスの、一握りの冒険者ばかり。下層に当たる者たちは、ダンジョンに入ることもできず日銭で生きながらえているのが現状だ。


 俺の暮らす【グランディア】も例に洩れず下層冒険者の多いダンジョン都市。だが、その民度が他の都市と比べても、ろくでなしが多い。


 一日中曇り空のこの街は、どんよりとして空気が重い。そんなところに、まっとうな奴は住みたくないんだろう。その気持ちは良ーくわかる。だが逆に、こういうところの方が生きやすい連中にはもってこいの街だったりする。


 何が言いたいかと言えば。結局は、そんな街の冒険者ギルドなんだから、問題なんか起こらないわけがないのだ。


「……それなのに2ヵ月も平和なんて、奇跡みたいだよ」

「でもそれも、今日でおしまいっすね?」

「うるせえ。それより、受付嬢の誰でもいい。話、頼んだぞ」

「お任せっす!」


 コタローは親指を立てると、そのまますたこらとギルドへと戻っていく。


 あの少年、人懐っこい性格のせいか、癖の強い受付嬢たちとも非常に仲が良い。クエストはからっきしだけど。


 詳しい報告は仕事が終わってからもらおう。とにかく今は――――――。


(……昼飯、さっさと食わないと昼休みが終わるっ!!)


 課長に時間を減らされたせいか、もうどこかの店で飯を食う余裕すら、俺には残されていなかった――――――。

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