冒険者ギルドの楽しい(笑)お仕事

「主任、ここに、サインお願いします」

「はいはい。……え、有給届? しかも、明日?」

「ええ。私、明日急に、彼氏とデートに行くことになっちゃって」

「え……でも、明日、君、遅番じゃなかったっけ?」

「はい。だから、それも主任に代わってもらいたいんですけど」

「ええ? 困るよ、急に……」


 部下の女の子の突然の申請に困惑していた俺だったが、いつの間にか後ろに来ていたタイラー課長が、その有給届を俺からひったくった。


「あ、ちょっと!」

「何が困るんだ。お前、万年趣味なしの暇人のくせに。……いいよ、私が受理する。これで人事に持って行きなさい」

「タイラー課長、ありがとうございまーす!」


 さらさらと課長がサインした有給届を受け取ると、女の子は一礼して去って行ってしまった。俺はその背中を見送り、がっくり肩を落とす。


「ひどいっすよ、課長! 俺の予定も聞かないで!」

「お前にそんな予定がないことは私が一番よく知ってるよ。……明後日は早番だからな。遅刻するなよ」


 課長は俺の肩にポン、と手を置くと、そのまま自分のデスクに戻って行ってしまう。ただでさえ寒くて、朝に出るのがしんどいというのに。困ったもんだ。


「……ワロス主任、大丈夫ですか?」

「え? ……あ、ああ、大丈夫大丈夫。ありがとうね、エリンちゃん」


 声をかけてきたのは、この部署で俺に唯一優しく接してくれる女の子、エリンちゃん。ギルドに入って2年目の、新人も新人ちゃんだ。……唯一、俺に呆れていない、とも言える。


「でも、朝もあんなに詰められてたのに……タイラー課長、ワロス主任の事、嫌いなんですかね?」

「嫌いだと思うよ? 僕、自分で言うのもなんだけど……無能だからね」

「ホントに、自分で言うのもどうかと思いますけど……」

「……あ、エリンちゃん。そろそろ、今日の荷物が届くころだから。台車用意して」

「は、はい!」


 俺の掛け声と同時に、エリンちゃんはパタパタと手押しの台車を用意し始めた。


*****


 冒険者ギルドと言っても、ひとえに様々な仕事がある。


 一番有名なのは、ギルドの花形である受付嬢。毎日たくさんの冒険者がやって来るこのギルドで、顔となる仕事だ。街でも選りすぐりの美人をスカウトしているともっぱらの噂で、主に冒険者やクエストの登録、報酬の受け渡しをしている。


 そして、陰に隠れてはいるものの、ギルドの大きな利益となっているもの。それは、である。


 冒険者ギルドには多数の冒険者が集まる。ならば冒険者の必要なものをそこで売ることができれば、冒険者はより多くの金をギルドに落としてくれる。

 そのため武器や防具、マジックアイテムなど、冒険やクエストで役に立つものは、大半がギルド内でも販売している。業物わざものの武器などは流石に仕入れられないが、一般的な普及品ならこのギルド内の買い物だけで十分だ。


「えー、銅の剣5ダース、棍棒7ダース、魔法の杖4本……はい、確認できました」

「毎度どうもぉ。今後ともごひいきに!」

「はーい、ご苦労様でーす」


 冒険者ギルド東側の搬入口で、俺とエリンちゃんは荷物を受け取る。事前に営業部門が仕入れ手続きをしたものを、俺達アイテム管理係が受け取り、一旦倉庫へ持っていく。そして要請を受けたら、ギルドの売り場に持っていくのだ。


「うぐぐ、重いぃ……!」

「ははは、いくら安物とはいっても、銅だからなぁ」


 手押しの台車に荷物を載せて、地下の倉庫に持っていくのはなかなかに骨が折れる。幸いなことに物品には専用の昇降機があるので、銅剣5ダースを担いで階段を降りろ、などという無茶は流石にない。エリンちゃんみたいな女の子だってこの仕事するしね。


 昇降機を降りて地下に行くと、大きな倉庫スペースになっている。部門ごとに置く物が違うので、そこがちょっと大変だ。


「えーと……上に持ってく物、何だっけ? エリンちゃん」

「マジックポーション1箱と、炎魔法の巻物スクロールですね」

「オッケー」


 箱と巻物を台車に乗せると、俺達は1階の物販エリアへと移動する。いわゆるバックヤードであり、冒険者たちは俺達の姿を見ることはない。だが、俺達からは冒険者たちの賑わいがよく聞こえていた。


「すいません、アイテム係でーす」

「おう、ワロス。ご苦労さん」


 アイテム物販のおっちゃんも、9年もこのギルドで働けばすっかり顔なじみ。特に俺はギルドで働き始めてからずっとこの荷物移動仕事をやっているので、各バックヤードの担当者とは、全員見知った仲になっている。


「しかし、マジックポーションと巻物とはねえ。発注は、魔法使いさん?」

「ああ。若い魔法使いの女の子だよ。大方、魔法転写の練習でもするんだろ。ほれ、受領書」

「はい、どーも。そんじゃあね~」


 おっちゃんからサイン入りの受領書を受け取ると、今度はギルドの3階に向かう。冒険者ギルドは一般には2階まで解放されていて、業務に携わる者のほとんどは3階以上にある。ちなみに、俺の所属する総務課も3階だ。


「すいませーん、総務課アイテム管理係ですー」

「ん? おーう、こっちだ、こっち!」


 俺たちがやって来たのは、冒険者ギルドの営業部。主に、物販する商品の仕入れだったり、何だったら店そのものにギルドのスペースを使ってもらう、いわゆるテナントの営業をかけるため、あちこち走り回っている部署。このギルドにおける、一番の稼ぎ頭だ。


「銅の剣と棍棒と、魔法の杖の発注をされた方は……」

「おう、俺だ、俺! ワロス!」

「……ああ、ベネットさんですか」

「ベネット課長代理様な。え? ワロス主任さんよ」


 オフィスの奥で手招きするすらっとしたノッポの男は、ベネット。俺と同じタイミングで冒険者ギルドに入った同期であり、俺を含む同期の中でも一番の出世頭。

 何せ、わずか9年で現場No2の課長代理にまで昇りつめているのだ。本人曰く、歴代最速の課長昇進を狙っているらしい。


「ほい、納品確認書」

「どうも……」


 書類を受け取ろうと書類を掴むと、ベネットはニヤリと笑って、その紙を掴んだままだ。引っ張っても、なかなか放してくれない。


「……あの……」

「んん? 聞こえないなぁ。「どうも」じゃねえよ。「ありがとうございます」だろ?」


 周りの営業の職員たちも、にやにやと笑っている。何だったら、営業課の課長すらも、書類で顔を隠してみないふりをしているが、肩が震えている。


「……ありがとう、ございます……うわっ!」


 渋々ご希望の言葉を言い、突然ベネットに手を放された俺は、そのままひっくり返ってしまった。


 俺がすっころぶと同時、営業部内にどっと笑いが巻き起こる。


「わ、ワロス主任! 大丈夫ですか!?」

「いてててて……。だ、大丈夫、大丈夫……」

「ダメだぜ? ワロス主任。目上の人物にはしっかりした言葉遣いをしないとな? これは、お前のとこの課長に報告しとかないとダメかぁ?」

「か、勘弁してください。そればっかりは……」

「冗談だよ。……ほら、とっとと失せろ!」


 手でしっしっとあしらわれ、俺は腰と台車を押さえながら営業課を出ていく。エリンちゃんはそんな俺の顔を見た後、営業部を睨みつけながら去っていった。

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