ワロス・ザ・シークレット ~冴えないギルド職員は、ギルドマスター直属の凄腕エージェントでした。〜

ヤマタケ

FILE1 ギルド受付嬢横領事件

冒険者ギルド職員ワロス

「――――――うへぇ、寒い!」


 独り言はみっともないと思う俺だが、玄関を開けて思わず声が出てしまった。季節はそろそろ、冬を迎えようとしている。

 ただでさえ曇り空ばっかりで辛気臭い、我が街【グランディア】。なのに、こう気温まで寒くなられては本当にかなわない。俺はマフラーに顔を半分埋めて、嫌々ながらも外に出た。


「あら、ワロスさん、おはよう」

「あ、おはようございます、大家さん」

「今日は寒いわねえ。こんな朝早く、ご苦労なことね、全く」

「ホントですよ。こんなに寒いんだから、ギルドも休みにしてくれればいいのに」

「そしたらアンタはどうやって家賃を稼ぐって言うんだい」

「ははははは。……行ってきます……」


 住んでいるアパートの大家さんにたしなめられて、俺は急いで歩き出す。待ちゆく人たちも皆寒そうで、白い息を吐いていた。


(……この時期になると、みんなやっぱり厚着になるよなあ)


 そう思いながら、俺はちょっとがっかりする。夏の時期はジメジメと暑くなるこの街の気候も相まって、薄着の人が多い。それはつまり、美人さんの素肌を見る機会も、自然と増えるわけで。


 ところが今は町のどこを見ても、あったかそうなコートにマフラーやマントと言った防寒具に身をやつした人しかいないもんな。


(はぁー……)


 とぼとぼと、しかし止まるわけにもいかず。


 俺は重い足取りで、自分の職場を目指す。


 ――――――このダンジョン都市【グランディア】の心臓部、へ。



*****


「ワ――――――ロ――――――スゥゥゥゥゥゥゥ!」


 冒険者ギルド内、俺の所属している部署「総務部総務課アイテム管理係」に入った途端、俺はいきなり上司のタイラー課長に詰められた。


「な、な、な、何すか!? 課長、僕、遅刻してないっすよ」

「そんなの当たり前なんだよ! ……まず、おはよう」

「お、おはようございます」

「昨日の引継ぎ。なんだ、この引継ぎメモは! 何書いてるか全然読めんじゃないかぁ!」


 頭がバーコードになっているタイラー課長がそう怒鳴りながら、俺に皺くちゃの紙切れを突き付けて来る。それは、昨日遅番だった俺が早番の課長宛てに残した、朝やってほしい業務をメモしたものだった。皺くちゃなのは、多分課長が怒りで握り潰したからだろう。


「……え、いや。これ、別に、読めるじゃないすか」

「だったらお前、このメモ読んでみろ!」

「えーと……これは、その、あれですよ。あれ……ちょっと待ってください? なんて書いたかな、これ……」

「自分ですらわからんものを引継ぎで残すんじゃな――――――いっ! 大体お前はいつもそうだ! この間も備品倉庫の鍵を無断で持って帰ったり……」

「いや、あれは事故じゃないっすか。その後気付いて朝一でギルドに返しに来たでしょ?」

「朝一も何も、ギルドが開く前に入って警備員が飛んでくる羽目になったろうがぁっ!! あちこちに謝ったの、誰だと思っとるんだ!?」


 思い出したように怒り出すタイラー課長に、俺は頭が上がらない。ぺこぺこと頭を下げていると、同じくアイテム管理係の女の子たちの声が聞こえてきた。


「……ワロス主任、まーた怒られてるよ……」

「あんなミス、普通新人でも1回やったらもうやんないよねぇ」

「主任になってもう3年目でしょ? まだ、あんなミスするんだね」


 聞こえてるよ、君たち。仮にも俺の部下でしょ……。と俺は彼女らを睨むが、それが課長には視線をそらすように見えたらしい。


「ちゃんと聞いてるのか、ワロスっ!」

「き、聞いてます。聞いてますよ」

「とにかく! ……何とか朝の引継ぎは終わってるから。しっかりしてくれよ、全く」


 ……あ、結局読めたんだ、あのメモ。課長、すげえな。


 そう思いつつ、俺は自分のデスクに座り、朝の出勤時間を勤怠表に記入する。


 これから楽しい楽しい(笑)、ギルド職員としてのお仕事の始まりだ。

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