第4話
「えっと、嫌いなものとかアレルギーは……」
「揚げ物全般。揚げ麺も。アレルギーはないかな」
「……分かりました。炒め物に使うくらいの油なら大丈夫ですよね」
「ん、」と頷き返される。
高校生(厳密には19歳だが似たようなものだろう)にしては珍しい嗜好だ。高校生なんて揚げ物山盛り、部活とかしてたら食前食後にラーメン食べる子まで居るのに。
しかし、自炊能力ゼロ、外食の選択肢も観光客向けの割高店だけ、それもかなり早く閉まる環境で、一人暮らしの若者ならば真っ先に選ぶであろうカップラーメンを選択肢から除外していた理由はそれか、と納得。
どんな時間でもスーパーで買える冷食には揚げ物系が多いし、どんな時間でも売られているインスタント食品を除外すると食べられるものは確かにだいぶ少なくなるであろう。本当にこんな田舎に来て良い子じゃないな。
「野菜、好きなん?」
見切り品のコーナーからぽいぽい野菜をカゴに放り込んでいると、怪訝な顔をした神流崎さんが聞いてくる。
「え、いや別に……? 安くなってたので」
「何作んの?」
「何にしましょうね」
「考えずに買ってんの!?」
「えっ、……ま、まぁ、そうですね。帰るまでには考えるので……」
「……普段からそんな風に買い物してんの?」
「はい、」と頷いた。一食分だけ作ることは滅多になく一度作ったものは大抵翌日まで持ち越すし、お弁当のおかずは大量に作って小分けして冷凍庫に入れたり――、何を作りたいか考えながら買うことは滅多にない。
しかしそんな買い物スタイルがよほど意外だったのか、私の後ろを歩く神流崎さんは「へぇー……」と声を漏らしている。
「豚ひき肉……、マーボーナス……肉みそ……でんがく……」
ぶつぶつ呟きながら精肉コーナーを眺めていると、神流崎さんから「マーボーナス!」とリクエスト。
あんまりお弁当向きじゃないから明日の夕飯用にと考えていたけど、別に今作って私は明日食べればいっか、と他の料理にも使いまわせそうな大きめの挽肉パック(期限間近で30%引き)を手にする。
(……お父さん以外にご飯作るなんて、いつぶりだろ)
ちょっと心配になってきた。自分の味覚がおかしくなってて実は全然美味しくない可能性もあるし、お休みの日はお父さんにも作ってあげてるけどお父さんは何食べても大げさに「美味しい!」って言うからあんま参考にならないし、都会で舌が肥えた神流崎さんが微妙そうな顔してたら普通にすごいショック受けそうだし――
「マーボーナスっつったら、主食はチャーハン?」
「あ、良いですね。冷凍ご飯はいっぱいあるんで、そうしましょうか」
「助かるー。あ、油は少な目でよろしく。中華屋のチャーハンとかパラパラにするために油めっちゃ使ってるの多くて外で食えないんだよねー」
「分かりました。……焼き豚安いんで入れましょうか」
「やりー」
加工肉コーナーに並んでいた焼き豚が半額まで下がっていたので、それも籠に放り込む。
いつもは特に何も考えずに安いものを買うだけだったが、ちょいちょい横から食べたいものを口にしてくれるので助かる。葉とスーパー来てもあの子お菓子コーナー直行してずっと帰ってこないからね。
「結構買ったなー」
レジを通す。お会計は3000円くらい。財布を取りだそうとしたら、横から神流崎さんの手が伸び、クレジットカードを店員さんに渡した。
「あっ、あの、私の分も買ってるので……」
というかそっちの割合のが多いつもりだったんだけど――
「いーよいーよ。どうせ余ってるし」
「余ってる……!?」
お金が!? どういうこと!? 実はお嬢様ってこと……!?
ちょっと世界観が違いすぎて言葉の意味が分からない。お金って余るものじゃないよね? あったらあっただけ使うものじゃ……?
まぁ普段の食費はお父さんが出してくれてるから別に自分のお金を使ってるつもりもなかったんだけど。
私の手からひょいとビニール袋を奪った神流崎さんが先導するようスーパーを出――、空を見上げた。
釣られて顔を上に上げると、空には星が煌めていた。
昔はもっとよく見えたけど、ゲームばかりしていたから目が悪くなって乱視になって――、それきり、あまり空を見上げることはなくなった。
それでも、乱視のお陰で万華鏡のように見える星は、ずいぶんと幻想的に見えて。
それは、隣を歩いている人が、私なんかじゃ話しかけることも出来ないほど高みに居る存在だからだろうか。
隣を歩く神流崎さんの横顔を見る。何を考えているか分からないけれど、どこか楽しそうに笑っていた。
いまから私は、この人にご飯を振舞うのだ。ワンミスで高校生活が終わる可能性まである。既にそうだろってツッコミは置いといて。
神流崎眸は手が早い 衣太 @knm
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