神流崎眸は手が早い

衣太

第1話

神流崎かんなざきひとみ。これからよろしく」


 こんな田舎にはそう居ない金髪の転校生は、黒板に自分の名を書くとそう言った。

 人よりも野生動物の方が多い田舎に突然やってきたその子は、どう見ても都会で暮らしてきたであろうギャルだった。


 声は、少し低めのハスキーボイス。

 ブレザーのボタンを留めず、シャツもだらりと顔を出す。

 スカートなんて、膝下という校則があるはずなのに、膝上どころの話じゃない。パンツが見えないスレスレの高さ。

 げんに前の席の男子は少しかがんでパンツを見ようとしている。あまりの民度の低さに、女子からは溜息が漏れた。


 ホームルームが終わると、神流崎さんはあっという間に囲まれる。


「なぁたいらー」

「なに?」

「あっち、いかんのー?」

「……私なんかが近づける雰囲気じゃないでしょ」


 声を掛けてきたのは、親友の小比類巻こひるいまきよう

 名前より名字の方が4倍長いという定番ネタを持ってる彼女は、身長140cmくらいの小柄な子。

 幼稚園生だった2歳の頃からの腐れ縁で、小学校も、中学校も、高校まで、ずっと一緒だった。というか家もすぐ隣。

 コミュニケーション能力がかなり高い葉は友達が多い方だけど、私の友達といえる友達は葉くらいのものだ。それもこれも、私が高校デビューに失敗したのが原因である。


 入学する高校に頭髪に関する規定がないことを知った私は、高校こそはイケてるグループに入ろうと決意した。

 その結果、まぁ何をしたかというと――


「髪、また染めんのん? ほら派手髪仲間増えたしさー」

「…………もう二度とやらないわよ」

「水色、よかったじゃん。なんかオバケみたいで」

「忘れてっ!!」

「無理無理、一生擦るよー」

「本当にやめて……っ!!」

 そう、私が選んだ髪色は、何を血迷ったかだ。


 中学の頃に好きだったアニメに、髪が水色のヒロインが居たのだ。

 二次元だと違和感がない色でも、現実だと最悪だった。純日本人の、どう見ても田舎暮らしな地味顔の女に水色髪は、伝説的なミスマッチ。

 しかも染めたのがよりにもよって入学前日の夜。黒染めしようにも、そんなものは近くに売ってない。


 諦めてそのまま入学式を迎えたが――、まぁ案の定、ドン引きされました。

 たいして高校の選択肢がないこともあって、中学からおんなじ子が半分以上居るしね。地味な女子が高校入学を機に突然水色髪になったら誰でも引くわ。

 中学まで仲良く話してくれた子もスッ……と私を避けてくるし、そんなこんなで2年生になった頃には話してくれる子は幼馴染の葉だけになっていた。高校デビュー失敗しすぎてぼっちになったわ。


「あっそうだ、たいら、今日明日あたり暇だったら髪切ってくんね?」

「別に良いけど……、前切ったばっかじゃない?」

「ちと短めにしようかなーって。河邊のじーちゃんよりたいらのが上手いし」

「……それはそうね。じゃあ別に今日で良いけど、バイトは大丈夫なの?」

「この時期は暇なんじゃよー」


 気の抜けた返事をする葉は、私と違ってアルバイトをしている。観光客しか来ないような店で、トップシーズン以外はかなり暇と以前言ってたっけ。

 こんな田舎だと、バイト先の選択肢はかなり少ない。飲食店と、飲食店と、……あとは飲食店くらいだろうか。

 市民の100倍以上は観光客が訪れる有名な観光地なのもあって、観光客をターゲットにした飲食店の数はそれなりに多い。逆に言うと飲食店くらいしかないので私も例に漏れず1年の頃にアルバイトを始めたが、あまりの適性のなさに1カ月で辞めた。

 あと同じタイミングで入った他校の女子に「あの子、水色の……」と噂されていたのがキツかった。どこまで悪評広まってるのよ。


「ひと……、ひとみ……とみ……ひと……、ひとちんだな」

 ウンウンと納得したように頷く葉を見て、溜息を漏らす。

「……本人には言わないでよ、それ」


 「えー」と不満げに頬を膨らませた葉は、他人に変なあだ名をつける性質がある。私を「たいら」と呼ぶのだってそう。誰が平氏へいしよ。私は平国ひらくによ。


「あんなギャルギャルした子にとっちゃ、こんなクソ田舎つまんないだろうなー」

「……そう、ね」


 みんなに囲まれる神流崎さんを見て、はぁ、と溜息が漏れた。

 私もあぁなるはずだったんだけど、なんで水色なんて選んじゃったかなぁ。せめて金髪だったら――


 そんな後悔を、ここ1年ほど繰り返してきた。もっとも、化粧のレベルも服の着崩し方も、一朝一夕に身に付くものでもあるまい。大方、髪が金色の田舎娘になっただけ。

 あんな可愛い子、ディスプレイ越しにしか見たことがない。ほとんどのクラスメイトはそうだろう。

 なんというか、がないのだ。田舎からも可愛い子が生まれることはあるんだけど、化粧とか着崩し方とか――、都会を知らずに生きてきた私たちとは、明らかに違う。


 ――派手なんだ。あんな可愛い子、男子が放っておかないんだろうな。

 たいした娯楽施設もなく、生まれた地に骨をうずめる人も多い閉鎖的な世界に、都会からホンモノのギャルが飛び込んできた。


 そんな派手な子とは、きっと、ずっと関わらずに生きていくと思っていたのに。

 どうして、私たちの関係はあぁなってしまったんだろう。

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